第055話 青光

『可能性の低さにやはり躊躇してしまう』


 覚悟を固めたとはいえ、魔王レヴィスターの話はほぼ希望がない厳しい内容で、行く先でいつ全滅してもおかしくなかった。これまで幾度となく死線を越え続けてきた密偵とりのヴェスは落ち着いていたが、聖女ヴィクトリアとティスタは無意識に震えていた。

それを感じ取った魔王レヴィスターは冷静な口調だった。

「やめておくか?」

純白王国フェイティーの2人は思わず身体がビクッと反応した。

「死ぬ可能性が高い方法みちをわざわざ選ぶ必要はないかもな。人間の寿命は短いし、生命を大切に思うのは恥ずかしい事じゃない」

魔王レヴィスターの台詞は普段と違って温かさを感じるものだった。聖女ヴィクトリアは戸惑いの表情でやや俯いていたが、唇を噛み締めるようにして顔を上げた。

「いえ。私は行きます。今は亡国の危機です。守りはエディにお願いしましたが、それは私達が援軍を連れて来る事を前提にしています。多くの市民を守るために逃げるわけにはいきません」

震えは止まり、彼女らしい凛とした表情に固い決意が上乗せされていた。

「それにレヴィスター様は私の能力ちからが必要だと仰られました。それならお役に立ちたいと思います」


 魔王レヴィスターは彼女の中に冒険王ジョージの面影を感じていた。自らの運命を受け入れて逃げずに立ち向かう姿勢はよく似ていた。第一王子エドワードも同じだったが、親友の血を色濃く受け継いでいるようだった。これが人間の魅力的な特性の1つだと実感していた。


 会話にヴェスが立ち入ってきた。

盗賊シーフ能力ちからも必要なんだろう⁉︎さっきの話だとドワーフのじょうを開けるんだよな?」

視線だけをヴェスに向けた魔王レヴィスターが無言で頷いた。

「たぶん世界でも指折りのヤツだ。ヴェスじゃないと無理だろう」

魔王(レヴィスター》が続けた。

「俺はお前以上に能力のある盗賊シーフを知らないが、それでもドワーフのじょうは手強いぞ。あのバグディが自慢していたからな」

「ニヤつくなって。ドワーフの緻密さなら充分に知ってるよ。さらにバグディがならかなりのレベルなのは想像つくよ」

ヴェスはやる気に満ちているように見えた。克服する課題が難しいほど燃えるタイプであるからかもしれなかった。

「私はどんな役割を果たせば良いのですか?」

魔王レヴィスターとヴェスの会話に追従するように聖女ヴィクトリアが割り込んだ。

「ヴィッキーにはヴェスが扉を開けた後に守護者ガーディアンを抑えてもらう」

魔王レヴィスターの台詞に驚愕した。

「えっ⁉︎ゴーレムを抑える?私が?」

先程までゴーレムの強さを伝えていた魔王レヴィスターから無理難題を押し付けられた気がしていた。

「さすがにそれは無理ではないですか⁉︎」

思わずティスタが話に噛んできた。魔王レヴィスターは冷静にそれを受け流して、少し笑って答えた。

「抑えるのであって、倒す訳じゃない。ドワーフ達もお前達と同じ聖白教エスナウの信者だ。だとしたら、そのトップのヴィッキーの立場と能力が役立つはずだ」

「私が教会に従事している事がどのように役立つのですか?」

「これはバグディから聞いた話だが、ドワーフ達は異教徒からの侵略を阻止するために守護者ガーディアンを配置している。だから同宗教徒に対しては打開する手立てを残しているらしいんだ」

「はぁ、そんなものでしょうか?」

聖女ヴィクトリアは摑みどころのない話をされているようで、実感が湧いていなかった。

「ああ、間違いない。本人から聞いた話だからな」

「それでどのようにすれば守護者ガーディアンの行動を無効化できるのでしょうか?」

聖女ヴィクトリアの質問に魔王レヴィスターは一瞬固まって天井を見上げた。

「すまんが、その方法までは分からない」

聖女ヴィクトリアの表情は曇ったが、決意が揺らぐことはなかった。

「そうですか。では、行ってみて考えるしかないということですね」

そう言って微笑んだ。


 聖女ヴィクトリアが祭壇に向かって祈りを捧げていた。その姿は神々しさを感じるものだった。ティスタはそれを見て思わず涙ぐんだ。

「我が主よ。敬虔な信者の為に我が願いを受け入れ、不動なる物を動かして給え」

祈りの言葉に石造りの祭壇が反応した。引きずりながら床を擦る音を立てて、祭壇は少しずつ横に滑りながら動いた。そして動きが止まると下り階段が現れた。その先は暗くてよく見えなかった。

「こんな仕掛けが…」

ティスタは絶句した。ヴェスは動揺した様子はなく、うっすらと笑っていた。

「へぇ、世の中にはこんな仕掛けがあるんだな」

どうやら初めて眼にする仕掛けのようだった。彼女程の盗賊シーフが見た事がない仕掛けであれば、かなり特殊な仕掛けと言えるだろう。

「すご〜い。石が動いたね〜」

少女クウィムは嬉しそうにはしゃいだ。喜びのあまりに踊り出しそうなほどで、その場で小さく足踏みした。

「へぇ、ヴィッキーもこれが許されるレベルになったんだな」

魔王レヴィスターが珍しく人間的な感想を述べた。彼は以前にこのルートを使った事があるのでこの仕掛けを知っているはずだ。

「以前に使われた時はお父様とエリス様とご一緒でしたか?」

聖女ヴィクトリアは事実を確認するような質問の仕方だった。

「ああ、あの時はエリスが祈りを捧げてくれたよ。その時はとても驚いた。流石に祭壇が動くなんて考えた事がなかったからな」

「これは教会内で許された者にのみ伝わる秘術の1つです。決められた通りに祈りを捧げなければ開きませんし、術者の修練も必要です」

「確かエリスもそんな事を言っていたな。そして、この事は他言無用だと念を押されたよ」

ヴェスは知らない話だった。

「それは私がお前と出会う前の話だな。こんな裏道があるなら教えてくれりゃ、は楽だったのになぁ」

魔王レヴィスターが微笑みながら答えた。

「エリスに怒られるのが怖いからな」

ヴェスはおどけて続けた。

「ああ、そりゃ怖いな」

2人は互いの顔を見て呑気に笑った。


「では、階段を降りましょう。祭壇は一定の時間で閉じてしまいます」

聖女ヴィクトリアの言葉にみんなが反応した。ティスタが準備していたランタンに火をつけた。先頭の聖女ヴィクトリアがランタンを手にして、ヴェス・ティスタ・魔王レヴィスター少女クウィムの順に階段を降りた。全員が完全に階段部分に入った時に祭壇が音を立てながらゆっくりと閉まり、外部の光から遮断された。階段はとてもしっかりとした石作りで、2人が並ぶ程の幅はなかったが、圧迫感を感じない高さと広さがあった。約50段程を降りたら階段はなくなり、そこには5人が広がっても十分な半円形でドーム型天井の空間があった。壁や天井は石造りの階段から変わって土を固めたものに変わっていた。

 5人は広い空間に合わせて、横に広がった。壁にはうっすらと青く光る扉があった。聖女ヴィクトリアとティスタは不気味に感じた光に思わず身体がのけ反った。

「ただ光っているだけだ」

魔王レヴィスターがすぐに解説をして2人は通常の姿勢に戻った。ヴェスが経験を語った。

「この光に危険な事はないよ。ちょっと前に体験したんだ。光は癒しに感じるくらいに優しかったから」

聖女ヴィクトリアとティスタは驚いて声を上げた。

「問題は全員が移動するまでにどれだけの時間がかかるかだな」

魔王レヴィスターが昔の経験を語り出した。

「光に包まれた後に次第に移動が始まる。誰がいつ移動になるかは分からない。昔に4人で通った時は丸3日かかった」

聖女ヴィクトリアが即座に反応した。

「えっ、4人で3日⁉︎じゃあ、今回はもっとかかるって事?」

「俺の想定ではそうなるな」

「今は一刻を争う状況なのに移動だけでそんなにかかってしまうの?そこから先も難関が待ち受けているのに…」

聖女ヴィクトリアの表情はみるみるうちに曇った。彼女の焦りは相当なものだった。

ティスタが申し出た。

「では、私がここに残ります。少しでも人数を減らせばその分早くなるのでは⁉︎」

「それは無理です。祭壇を1度動かすと10日は動かせません。貴女あなたをここに置いて行く訳にはいきませんし、そんな事はしませんよ」

「…。そうですか…」

ティスタが申し訳なさそうな顔をしていたが、そこに魔王レヴィスターが割って入った。

「俺の話は昔話だ。今回がどうなるかは分からない。ここで話しても進まないんだから、進むしかないだろう」

「そうだな」

ヴェスが頷いた。

「それにティスタにも役割がある。お前もいてもらわないと困るんだ」

魔王レヴィスターはティスタを真剣な表情で見てそう言った。それはいつもの冷たい視線ではなかった。ティスタにはレベルが高過ぎて自分は役に立ちそうにないと感じていたから、魔王レヴィスターの台詞にとても驚いていた。

「私に役割が…⁉︎」

驚いたままのティスタに被せるように魔王レヴィスターの話が続いた。

「まずはクウィムが懐いているので気にかけてくれるとありがたい。それから魔術師ルーンマスターとしても頼みたいことがあるから、その時はお願いする」

魔王レヴィスターは微笑みながらさらりと言ってのけた。聖女ヴィクトリアとヴェスは笑顔で頷いた。

「そういうことでよろしくね〜!」

大きな声で少女クウィムが背後から抱きついた。少し前のめりになって躓きかけてから体勢を取り直し、サッと振り向いて少女クウィムを抱きしめながら、ティスタは明るい笑顔になった。

「こちらこそ、宜しくねっ!」


全員の気持ちがしっかりと固まったところで青く光る扉に向き合った。

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