第054話 議論

『微かな希望は微かなまま』


 扉を開けると眩しい光が差し込んできた。入口を警護していた兵達が開扉かいひと領主の帰還に気付き、すぐさま整列して敬礼する姿が見えた。それを手を挙げてそれをすぐに制した。兵達はそれに従って敬礼をやめた。部隊長に宗教都市リガオンへの帰還準備を指示して、振り返って壊れた教会の扉を見つめた。後ろ髪を引かれるような思いを抱え、心配そうな顔をしたまま立ちすくんだ。


 魔王レヴィスター聖女ヴィクトリア少女クウィムとヴェスとティスタが残った礼拝堂はひんやりとして静まり返っていた。魔王レヴィスター以外は女性で全員が細身であり、体格が大きいわけでもなく、この5人で編隊パーティーを組むのは違和感が大きかった。いわゆるの剣士・戦士・武闘家の類が見当たらなかった。

 ティスタはこのメンバー構成に不安を覚えていた。聖女ヴィクトリアの代表だった第一王子エドワードとカルドを宗教都市リガオンへ戻るように強く諭して、彼女と一緒に来た者達からは誰も選抜しなかった。魔王レヴィスターの強さや能力は目の当たりにしていて疑いようがなかったが、エルフである彼の体躯を考えると力強さは感じなかった。聖女ヴィクトリアも格闘系のスタイルではなく、ヴェスは盗賊シーフだった。少女クウィムは戦闘に参加するタイプではなく、もちろん自分も体力勝負は苦手だった。

「ねぇ、ティスタ。これからドワーフの国に行くんでしょ?なんで教会の中にいるの?」

少女クウィムが小声で質問をしてきた。編隊パーティーの状況への疑問が頭を支配していたティスタは少し戸惑ったが、妹のような少女クウィムに答えた。

「どうやら魔法の扉を使っていくみたいなの。どんな感じなのかは私も分からないけど、たぶん普通じゃ経験できない感じだと思うよ」

そう言って微笑んだ。

「普通じゃないって、どゆこと?」

少女クウィムはワクワクした表情に変わり、楽しそうに身体を乗り出した。

「私の勝手な想像だからうまく説明できないけど、太古のと言われる魔法技術を使ったものだと思う」

「今はもうないの?」

「うん、正確には私達では生み出せない高度な魔法だよ。昔は凄い魔法があったらしいんだ」

少女クウィムはティスタの話に感心して驚いた表情を見せた。

「それは凄いね〜。私達ってラッキーだね〜」

体験した事がない歪曲門ディストーションゲートと呼ばれる太古の遺産に対して不安を感じていた自分と対比して、期待を持っていた少女クウィムの性格や感性に驚かされていた。

「そうだね〜。せっかくだから楽しまなきゃね」

ティスタはそう言って笑ったが、祖国が危機に瀕している状況を考えると心の中では笑えなかった。

 少女クウィムの声は興奮で大きくなっていたので、2人の会話はほぼ全員に聞こえていた。会話をするティスタの表情を見てとったヴェスは彼女の気持ちを代弁するように口を開いた。

「教えてくれ。剣士とかいなくなったが、この先は大丈夫なのか?どう考えてもこのメンバーはいびつだと思うが…」

その質問に聖女ヴィクトリアが答えた。

「これから使用する歪曲門ディストーションゲートでドワーフの国まで行きますから、途中で敵に遭遇することはないと思います」

ってそんなに便利なのか?」

「ええ、この事は教団の最高機密の1つですが、ここから辿り着けます」

そこで魔王レヴィスターが割り込んできた。

「辿り着けるのは山脈を越えた反対側までだ。ドワーフの国へ直接辿り着けるわけじゃない」

その台詞に聖女ヴィクトリアは驚愕した。

「えっ⁉︎それは本当なの⁉︎」

魔王レヴィスターに視線を送ると静かに頷いた。

「えーっ、どうしよう…私の聞いてた話と違ってる」

彼女はしどろもどろになった。魔王レヴィスターが情報を補足した。

「このルートは昔使った事があるから間違いない。反対側に着いた後は、狂龍グラスビーストが支配する草原地帯を抜けるしかない」

するとヴェスが提案をした。

「だとしたら、エドワードを呼び戻すか?このメンバーでは難しいだろ⁉︎」

「でも、エディには宗教都市リガオンの防衛をしてもらわなければなりません。かと言って彼に匹敵する手練れはここにはいないし…はぁ、どうしよう⁉︎」

「戦闘力のある軍人は都市防衛させないとな。作戦を練り直すか?」

「しかし、徒歩で山脈を越えることは(標高が高すぎて)出来ないし、街道は敵の支配下にあるし…」

聖女ヴィクトリアは言葉に詰まった。確かに八方塞がりだった。聳え立つ山脈は人間が乗り越えることができるような山ではなく、街道の支配権は失っていた。しかしこのメンバーの戦闘能力を計算すると山脈の反対側に広がる草原を抜けるのは無理があった。

 聖女ヴィクトリアの表情が一気に曇っていった。人が希望を失った時のそれだった。

「なぁ、レヴィスター。お前は何か策があるんじゃないか?」

ヴェスが魔王レヴィスターに話しかけた。魔王レヴィスターはヴェスを見たが、何も答えなかった。

「さっきの事を話していたから、抜ける事は問題ないんだろ⁉︎お前の事だからその先も策があんだろ⁉︎」

魔王レヴィスターが微笑してから口を開いた。

「そうだな。ない事はない。だがその為にはヴィッキーとヴェスの能力ちからが必要だ」

「ふっ。その為に付いてきている」

「ええ、それは全く構いません。全力を尽くします」

ヴェスの後に聖女ヴィクトリアが答えた。2人とも真剣な表情だった。

「私も出来ることは何でもやります!」

ティスタも自らの意思を示した。

「それぞれの気持ちはありがたい」

魔王レヴィスターは3人の顔をそれぞれ見やった。

「ただ、先に言っておくが、失敗したら全滅だぞ」

恐ろしい一言をさらりと続けた。

3人は一瞬だけ固まったように見えた。それでもすぐに全員が頷いた。死と隣り合わせとなるこれから先に躊躇する気持ちはなさそうだった。

「大丈夫だよ!レヴィは強いからみんなを守ってくれるよ!」

緊迫した空気を和らげるようにして少女クウィムが入り込んで来た。本人にその場を和ますつもりはなさそうだったが、彼女の持つ天然の柔らかい空気感がそうさせていた。

「そうだね、クウィム。レヴィスターは強いもんね」

ティスタが妹のような扱いで相槌を打った。

「あまり期待するなよ。かなり確率の低い博打ギャンブルだからな」

魔王レヴィスターは冷静な口調で4人に釘を刺すように台詞を吐いた。


 魔王レヴィスターの持っていたのはほぼ見通しのない策だった。歪曲門ディストーションゲートで山脈の反対側に位置するダイズタンという小さな集落に渡り、その後はドワーフの国まで地下を進むというものだった。まず、ダイズタンには人が生活していない可能性が高く、出口側の状況が見えなかった。最悪の場合は出口側が荒れ果てていて、出られないことも考えられた。そうなった場合は進めなくなってしまうが、問題はその先だった。ドワーフの国までの地下道はこちら側には鍵が掛けられていて入れないという。さらに鍵を開ることができたとしても「試練」が待っているということだった。

「もっと具体的に話してくれ」

ヴェスは少し苛立ったように声を上げた。魔王レヴィスターはその様子に動じることはなく、冷静な回答をした。

「ヴェスはバグディの国に行った事はないよな⁉︎」

「ああ」

「まず、歪曲門ディストーションゲートで複数人を移動させるのは難しいとされている。正確な事は解明されていないが、複数人の移動にはが足りないとされている」

「私の時は1人だったな」

「まずそれが懸念事項だ。次に向こう側は人が住んでいないはずで、廃墟だと思われる。移動が成功しても出口の扉が開くのかわからない」

「確かにあの辺りは辺境だからな」

「次に地下道トンネルの扉はドワーフが作った特殊なで守られていて、彼等以外に開錠するのはかなり難しいはずだ」

難点ばかりを並べる魔王レヴィスターに周りは言葉を失いつつあった。

「例え門を開けられたとしてもそこには守護者ガーディアンがいる」

守護者ガーディアン⁉︎」

ヴェスは大きめの声を上げた。彼女にしては大声の部類だった。

「ああ。バグディに聞いた話からするとゴーレムがいるはずだ」

「えっ、ゴーレム⁉︎」

「そんなっ⁉︎」

聖女ヴィクトリアとティスタは呼吸が止まりそうだった。

「ドワーフが自分達を(侵略行為から)守る為に配置していると聞いた。まぁ、考えたら当然だけどな」

ゴーレムは魔法で作り出された動くロボットのような無機物体で、生命体ではない為に命令を忠実に守り、侵入者を排除する能力がずば抜けている。そしてドワーフが作り出したとすればおそらくは大地の精霊であるノームと契約した岩石などの強固な物質で形成され、凄まじい破壊力を兼ね備えていると予想された。地下道トンネル内で戦闘になれば壁や天井を破壊しかねない強力な魔法は使えず、肉体的な戦闘を余儀なくされる。一本道であるために逃げることもできず、恐らくは物理的な打撃を軽く跳ね返すであろう強固なゴーレムと対峙するのはほぼ死を意味するだろう。

「まぁ、それでも地上を行くよりは怪物モンスター達を回避しやすい分だけマシだな」

「可能性はゼロじゃないってレベルか⁉︎確率が低すぎだな…」

ヴェスは唇を噛んだ。


 聖女ヴィクトリアが疑問を口にした。

歪曲門ディストーションゲートでは全員が移動できないのですか?」

「普通ならな。そこでヴィッキーの能力ちからが必要なんだ」

魔王レヴィスター聖女ヴィクトリアを見つめ返した。その視線は何故か暖かく感じた。

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