第053話 交代

『意思は引き継がれる』


 ヴェスと再会してから珍しく感情的な仕草を見せていた魔王レヴィスターがさらに動きをとった。面倒くさそうに髪をかき上げて少し顔をしかめて、視線を斜め下に落とした。そしてゆっくりと顔と視線を上げてから聖女ヴィクトリアと正対した。その表情はいつもの氷のようなそれに戻っていた。


「断る」

少し顎を上げて下目遣いになるようすにしながら周囲の全員に聞こえるような声でその言葉を発した。

 純白王国フェイティーの人々は誰もが驚いた。全員が大きく目を見開いて、驚きのあまりに声も出せずにいた。少女クウィムは無反応だったが、ヴェスは何かを悟ったようにして両掌を天に向けて、呆れたような表情を浮かべた。愕然とした王国の王族や兵隊達だったが、その中で聖女ヴィクトリアが1番最初に反応した。

「協力して頂けないのですか?」

その声は絞り出すしたようなものだった。表情には愕然と無念が滲み出ていた。

「貴様っ!ヴィクトリア様の依頼も断るのかっ⁉︎」

カルドが噛みつきそうな勢いで声を上げた。第一王子エドワードが体の前に手を上げてそれ以上は抑えるように制止した。

「俺はジョージの意志を伝え聞いてここまで来ている。その事と戦争は関係ない。国の存亡は自分達で解決すべき問題だ。お前達の国の救世主になるつもりなど、毛頭ない」

魔王レヴィスターは普段よりも温度が低くなったような冷徹な表情でクールに答えた。それは周辺の空気を凍らせるような鋭さを含んでいた。第一王子エドワードが口を開いた。

「レヴィスター。貴方が今ここにいる理由は正直には分からない。父の意思についても同じだ。でもそれが我が国の危機と密接に関係しているからここにいるのではないのか?」

その場の全員の視線が第一王子エドワードに集まった。

「そうでなければ僕等がここまで辿り着くまでに何度も助けてくれた事は意味をなさない。恐らく純白王国フェイティーを助ける事と貴方の目的は繋がっているんじゃないのか?」

第一王子エドワードの問いかけに魔王レヴィスターが答えるタイミングとなり、全員の意識は漆黒ダークエルフに向けられた。少し逡巡するような仕草を見せてから第一王子エドワードに向けて答えた。

「俺は次の都市(宗教都市リガオン)に要件がある。バグディの国に要件はない。要件のある場所に向かうのが自然だろう⁉︎」

「しかし、我が国が滅んでは宗教都市リガオンでの要件も無事に済むのか分からないんじゃないかな?戦力不足を補って反転攻勢に出る為にも、巖穣王グルンドに助けを求めるのが良策だと思うが」

漆黒帝国ブレイク軍はそんなに待ってくれるのか?彼らもバグディに援軍を要請する事くらいは想定できるだろう⁉︎だとしたらすぐに攻めてくるだろう⁉︎」

そこに聖女ヴィクトリアが割って入った。

「レヴィスター様、ドワーフの国は向かうのは少しでも早い方が良いのです。なのでお言葉ですが、その議論は不要です。そして歪曲門ディストーションゲートに関して貴方の知識と力が必要です。そしてその先も。だから力を貸して欲しいのです」

聖女ヴィクトリアは深々と頭を下げてその姿勢を維持した。想いが滲み出るような必死なだった。

「それはお前達の都合だろう⁉︎俺は宗教都市リガオンに要件があるし、人間達の争いなどに興味はない」

魔王レヴィスターのそっけない返答は相変わらずだった。周囲ではカルドだけではなく、純白王国フェイティーの兵隊達も憤っていた。王族を侮辱された感覚の各兵達は剣の柄に手をかけそうな状況だった。

 

 聖女ヴィクトリアが顔を上げた。魔王レヴィスターの返答に落胆した様子はなく、今までと変わらない凛とした表情だった。そしてそのまま魔王レヴィスターにゆっくりと音を立てないようにしながら近付いた。彼女より若干背の低い魔王レヴィスターの顔に自身の顔を近づけたかと思うと、彼の耳元まで接近した。その様子に周囲は驚いて戸惑った。

聖女ヴィクトリアは周囲に聞こえない程の小声で魔王レヴィスターに話しかけた。

「私はレヴィスター様がを追っていると思っています」

魔王レヴィスターの表情が一瞬だけ曇った。

「彼の国はに関して重要なを保管しています。それはであったレヴィスター様ならお察しなのではないですか?」

魔王レヴィスターの表情は変わらないが、一点を見つめて固まっているようだった。

「レヴィスター様はを追いかけ、私達は巖壌王グルンドに援軍を要請する。目的は違えど目的地は一緒です」

聖女ヴィクトリアは淡々と話し続けていたが、その声は気持ちが入った高い熱を帯びたものだった。

「ヴィッキー…。それは意味を分かって話しているのか?」

魔王レヴィスターは慎重な話し方で質問をした。

「ええ…」

聖女ヴィクトリアは頷いた。少し震えているように見えた。

魔王レヴィスターは一旦眼を閉じて、かなり間を置いてから眼を開けた。

「そうか…、そういうことなら…。分かった、一緒にバグディの所へ行こう」

聖女ヴィクトリアが笑顔になって頷いた。

「えっ⁉︎それは本当ですか⁉︎」

「あぁ、二言はない」

魔王レヴィスターと視線があった聖女ヴィクトリアは眼を閉じて両手を胸の前で合わせて握り締め、声を出さずに何かを口ずさんでから眼を開けた。おそらく聖白教エスナウの神に祈りを捧げたのだろう。

「皆さん。レヴィスター様は協力を約束して下さいました。これよりドワーフの国へ向かう準備に入ります」

第一王子エドワードや兵隊達に向けて高らかに宣言した。急転直下で魔王レヴィスターの対応が変わったことに周囲の者達はすぐに反応できず、だいぶ間を置いてから雄叫びのような歓声をあげた。皆が両手と顔を天に向けて渾身の力を込めて叫んでいた。聖女ヴィクトリアが起こした奇跡を目の当たりにして、絶望の淵に希望の光が差し込んだような感覚だったのかもしれない。それは魔王召喚の立役者である第一王子エドワードも含まれていた。

 少女クウィムとヴェスは周囲の興奮の外にいた。少女クウィムは周りが興奮していた意味が分からず、ヴェスは密偵としての習性が染み付いているので感情を表に出すことはなかった。2人は静かに魔王レヴィスターに近付いた。

「本当にバグディスタの所に行けるのか?」

ヴェスは怪訝そうな表情で質問した。

「ヴェスは歪曲門ディストーションゲートを経験しているだろう⁉︎あれを利用すればなんとかなる」

「いや、心配しているのはじゃない。ヴィクトリアがお前に期待しているという事は、抜けた先が危険なんじゃないのか?」

「まぁ、そんなところだろうな」

魔王レヴィスターは表情を全く変えなかった。

「ふ〜ん。で、ヴィクトリアは耳元で何を言ってたんだ?」

「身分は関係なくあの歳で教会のトップに登っただけのことはあるなぁ。色んなカオを持っている」

魔王レヴィスターは質問をはぐらかしたがヴェスは気にした様子もなく、ニヤついた。

「へぇ、お前が感心するほどか⁉︎ってことは、に関わる事だな?」

「ああ、そうだな」

「ジョージ(冒険王)から聞いていたのか?」

魔王レヴィスターは小さく首を振った。

「さぁ、どうかな⁉︎さっきの会話だけでは分からない」

「もしジョージからじゃないとしたら、教会(勢力)もなかなかやるなぁ」

ヴェスが少し意地悪く笑った。

「何をニヤついてるんだ⁉︎ここからはヴェスの技能ちからも必要なんだから、一緒に行ってもらうぞ⁉︎」

ヴェスは魔王レヴィスターをチラ見してから一旦天を見上げた後に、呆れた顔をしながら両掌を上へ向けた。

「はい、はい。お前がいるんだから付き合うしかないだろう⁉︎それにジョージからも頼まれてるしな」


 第一王子エドワードの一行は聖女ヴィクトリアが率いていた部隊と一緒にフォロティの街に戻った。そして真っ直ぐに教会(跡)に向かった。破壊された痛々しい姿に心を痛める兵達が多かったが、先頭を歩く聖女ヴィクトリアは周囲のそんな感傷を気にする事ない様子で建物に入っていった。第一王子エドワードの調査で崩壊の恐れはないと判断されていたので、一行は恐れずに進んだ。進んだのは聖女ヴィクトリア第一王子エドワードの兄弟と彼に付き従っていたカルドとティスタ、そして魔王レヴィスター少女クウィムとヴェスだった。それ以外は部隊長の指揮下で教会の入り口を警備した。

 礼拝堂の扉の前まで来てから聖女ヴィクトリアの脚が止まった。それに合わせて付き従う者達が間隔を開けながら止まった。ゆっくりと振り向いた彼女の表情は清々しく爽やかで、聖女というあだ名に相応しかった。

「エディとカルドはここまでです。入り口にいる部隊を連れて宗教都市リガオンに戻り、都市の守備に全力を注いで下さい」

すぐ後ろにいた第一王子エドワードは姉の突然の台詞に驚いて固まった。

「えっ⁉︎姉上、それはどういう事ですか?私も一緒にドワーフの国へ向かいます!」

「貴方は戻って本来の役目である領主としての責務を果たして下さい。これから敵国が攻めて来る事が予想される中で、率いる者がいない軍隊では困ります」

姉の言う事がもっとも過ぎて、第一王子エドワードは返す言葉がなかった。

「しかしそれでは(戦闘時の)前衛を務める者がいなくなってしまいます」

「この先はその必要はないと思います」

そう言って魔王レヴィスターに視線を送ってから台詞を続けた。

「ですよね⁉︎レヴィスター様?」

「たぶんな」

魔王レヴィスターはすぐに答えた。それでその場は収まった。


 第一王子エドワードから聖女ヴィクトリア魔王レヴィスターと同行する王族の役割は引き継がれた。

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