第二話 戦いの始まり

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  戦いの始まり


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 アランとディーノが打倒カルロを目標にしたあの日から二ヶ月が過ぎた。

 カルロの城にある書庫、その部屋の机で本を枕にして眠るアランの姿があった。窓から差込む暖かな春の日差しを受け、アランはゆっくりと目を覚ました。


(いつの間にか眠ってしまったのか)


 アランは机の上の本を閉じ、顔を洗いに水場へ向かった。机に置かれたままのその本にはこんなタイトルが記載されていた。


――「武器・兵器図鑑」


 アランはあの日以来、強力な武器を探していた。強い魔法使い、そう父のような魔法使いを倒せる武器を。

 しかし武器を探しはじめて数ヶ月経ったが、これといったものは見つかっていなかった。

 アランはまず武器に関係がありそうな場所に足を運んだ。刃物を扱う店はもちろん、鍛冶場、異国からの伝来品を扱う店にまで出向いた。

 アランが求める武器のイメージは重く大きいものだったが、見かける武器は誰にでも扱える軽いものばかりだった。大きいものはせいぜい槍くらいで、それでもアランを満足させる重量、力強さを備えてはいなかった。

 街で探すことを諦めたアランはこうして書庫にこもり本を漁るようになった。そして昨日、ついに期待できるタイトルの本を見つけた。

 しかしアランの期待は早くも失望に変わっていた。この図鑑に記載されていた武器はどれも既に知っているものであった。

 自分が望む武器などこの世に存在しないのではないか――そう思うようになっていた。


   ◆◆◆


 城を抜け出したアランは貧民街へ赴(おもむ)き鍛冶仕事の手伝いをしていた。父から受けた傷が癒えたアランは、鍛冶仕事の手伝いとディーノとの訓練を再開していた。

 アランは時間があれば積極的に運動して体作りを行っていた。まだ見ぬ理想の武器を不足なく扱えるようにするために。

 鍛冶仕事の手伝いも以前より精力的に行っていた。体を酷使する鍛冶仕事はとても良い鍛錬になるからだ。

 真面目に働くアランはそれが評価されたのか、最近は親方から直々に指導を受けるようになっていた。熱心なアランは水を吸う砂のように親方の技術を吸収していった。


(見つからないなら、いっそ自分で作ってしまおうか)


 自分の鍛冶職人としての腕が着実に上達しているのを感じていたアランは、金床(かなとこ)に金槌(かなづち)を振り下ろしながらそんなことを考えていた。


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 鍛冶仕事を終えたアランはいつもの場所でディーノと訓練を行っていた。最近行っているのは以前のような木剣を用いた手合わせではなく、石斧を使った素振りである。

 この石斧を用いた訓練はディーノが提案したものだ。

 実際にこの訓練方法を選択したのは正解だった。重心が先端に寄るため、腕にかかる負荷が大きく良い鍛錬(たんれん)になる。さらに石の大きさを変えるだけで重量を簡単に調整できるすぐれものだった。


「おっとと…」


 素振りをしていたアランは武器に振り回され、危うく転倒しそうになった。


「アラン、腰をもっと落としたほうが振りやすいぞ」


 ディーノはアランに助言しながら、豪快な素振りを行っていた。

 ディーノは魔法能力は皆無だが、体格に恵まれていた。おかげでアランのより大きな石斧でも楽に扱えていた。

 アランは手を休め、ディーノの豪快な素振りを呆然と眺めた。

 するとしばらくして、ふと、頭の中にある武器のイメージが浮かび上がってきた。

 それは長い槍に大きな斧頭(ふとう)がついたものだった。

 自分にはとても扱えそうにないような代物だが、ディーノには似合いそうだなと、アランは思った。


 夢に向かって努力を重ねる二人。今思い返せば、この時期が最も幸せだったのではないだろうか。

 しかし二人の知らぬところで世界は生き物のように動き、変わっていた。そしてその影響は遂に彼らにも及ぶのであった。


   ◆◆◆


 ある国境付近で今日も戦闘があった。しかし戦闘と言ってもほとんどただのにらみ合いであり、時々飛び道具を打ち合っただけである。両軍に死者はでていない。

 カルロはそんな戦場をたらい回しにされていた。大抵の相手はカルロが睨みをきかせるだけで退散するからである。カルロだけではない。強い魔法使いはこのように様々な戦場を転々とさせられていた。

 それは相手にとっても同じで、敵国の力ある魔法使いもまた各地の戦場を移り歩いていた。

 しかし両軍の強い魔法使い同士が衝突し戦闘になることは滅多になかった。それは偶然ではなく、双方意図的にそれを避けていたからだ。強い魔法使いは貴重な国の財産であり、戦場で鉢合わせたとしてもにらみ合いだけで終わるのが普通であった。

 ここ二十年ほどずっとこんなことを繰り返していた。国境付近の戦線はまるで潮の満ちひきのように押したり引いたりしていた。

 戦闘が膠着状態になっている間、双方とも国の内部では魔法使いの増加と育成に力をいれていた。すこしでも強い魔法使いを生めよ増やせよ、そう言って国は魔法使い同士の積極的な交配を奨励(しょうれい)した。

 しかしこの膠着状態が解けるのも時間の問題であった。大きな戦闘を行っていないため、双方の国力、特に軍事力は大きくなる一方だった。あとはどちらが先にしかけるか、大きな戦いが始まるのはもう時間の問題となっていた。


   ◆◆◆


 一ヵ月後――

 ある報を受けたカルロは部隊を連れて馬を走らせていた。

 差出人はカルロの兄からだった。二人は腹違いの兄弟であったが、幼少時は共にすごしていた。彼はカルロほどではないものの強い魔法使いであり、軍事に明るく、前線で兵を率い戦線を支えていた。

 その兄から救援の要請(ようせい)があった。書状に書かれていた内容によると、兄が敵軍の激しい攻勢を受け苦戦中とのことだった。

 戦地に辿り着いたカルロは、敵軍に囲まれ孤軍奮闘している味方部隊を発見した。その味方部隊は兄の軍旗を掲げており、それを見たカルロはすぐさま敵軍に突撃した。

 カルロは炎の魔法で敵をなぎはらい、兄の軍旗を掲げる部隊を救出した。


「報を受け救援に参った! 兄上はいずこにおられる?!」


 カルロは味方部隊を庇(かば)うように敵の前に立ち、攻撃を開始した。しかしその瞬間、突如後方からあがった仲間の悲鳴にカルロは振り返った。

 そこでカルロが目にしたのは、救出した部隊に攻撃される仲間達の姿だった。


「!? 貴様ら、兄の兵ではないな!」

「まんまとかかったな。愚か者め」


 その兵士は口元に笑みを浮かべながら兄の軍旗を投げ捨てた。


「おのれ、兄上をどうした!」

「カルロ様! まずはこの窮地(きゅうち)を脱すことにご専念ください!」


 部下の声で我に返ったカルロは自部隊が完全に囲まれていることに気づき、すぐさま号令を発した。


「敵の包囲を突破して撤退するぞ! 私についてこい!」

「遅れるな! 先陣を切る将軍を援護せよ!」


 カルロと親衛隊のかけた号令によって部隊は秩序を取り戻した。兵達はすばやく隊列を整え敵陣に突撃した。

 深く鋭利に敵陣に食い込んだカルロ達は容易に敵を蹴散らし、包囲を突破した。

 しかしカルロの胸には不安があった。


(こんな手の込んだことをした割に脆すぎる……まだ何かあるな)


 カルロの不安は的中した。待ち受けていたように正面に敵部隊があらわれた。


(やはり伏兵がいたか!)


 立ちはだかる敵の数は決して多くはなかった。しかしそれは眼前の敵が精鋭であるということが容易に想像できた。


「後列の部隊は防御の陣を敷(し)いて敵の追撃を食い止めろ! 前にいる敵は私が相手をする!」


 この戦いはカルロの生涯において最大の死闘であったと言われている。この戦いをきっかけに両国の衝突は激化し、後の大戦へと発展していくことになる。


   ◆◆◆


 炎の大魔道士カルロ敗れる――


 このしらせはあっという間に国中に広がった。敵の罠にはまったとはいえ、自国最強の魔法使いが敗れたのである。みな動揺を隠せなかった。

 カルロは戦死したわけではなかったが重症を負っており、いまだ意識が戻っていなかった。その戦いで生き残ったものはカルロを含めわずか五人で、他の者達は全員カルロを逃がすためにその場にとどまり全滅していた。

 国はカルロ不在の穴を埋めるために徴兵を行った。国中に書状が配られ、その書に名が記されているものは戦地に赴くことになった。

 そしてその書状にはアランとアンナの名前があった。


   ◆◆◆


 国から命令を受けたアランとアンナは馬車で揺られながら戦地へと向かっていた。


「いやあ、やっぱり馬車の旅は快適でいいなあ!」


 その馬車の中にはディーノの姿もあった。ディーノはアラン配下の志願兵として特別に同行していた。


「しかもこんな可愛いお嬢さんと一緒ときた。これで酒でもあったら完璧だったな」

「お上手ですね。お世辞でもうれしいです」


 アンナとディーノは初対面であったが、問題なく打ち解けていた。アンナは奴隷階級の人間と話すことに抵抗を感じていないようだった。


「こんな楽しい方が兄様のご友人にいらしたなんて、今まで存じませんでした。兄様も人が悪いですわ。もっと早く紹介してくださったらよかったのに」

「そうだぞアラン。なぜもっと早く紹介しなかった」

「すまないな。今までその機会がなかった」

「ディーノ様、もっとお話をお聞かせ願えませんか? 恥ずかしながら私は外にでたことがあまりないので、ディーノ様の話はとても新鮮です」


 三人は馬車の中で昔話に花を咲かせた。ディーノの話にアンナは様々な表情を見せた。


(こんなに明るいアンナを見たのは久しぶりだ)


 ディーノが話している間アンナの笑顔が絶えることは無かった。


 話が弾む二人をよそに、アランの心は故郷に向いていた。

 アランは何気なしに懐に手を入れ、内ポケットにあるハンカチの存在を確かめた。

 アランは指でそのハンカチの刺繍をなぞり、その形を頭に描いていた。

 その刺繍の形は五芒星(ごぼうせい)。星の煌(きらめ)きを連想させるそれは、かつてこの地を治めていた偉大なる大魔道士が愛した形であり、今では魔除けの力を持つとして神聖な意味を持っていた。


 この五芒星は一時世を席巻(せっけん)した魔法信仰のシンボルにもなっていた。しかしアランの国ではその信仰は既に廃れて久しかった。

 このハンカチは戦争へ発つ前日にリリィからお守りとして渡されたものであった。リリィがこの形とその意味を知っていることにアランは少し驚いたが、アランはリリィに対し素直に感謝の気持ちを示した。


   ◆◆◆


 戦地へ向かうまでにアラン達はいくつかの街を通り抜けた。

 そこで彼らが見たのは、道端に無造作に捨てられている奴隷の者と思われる死体、乱暴に扱われる奴隷達、そして商品として陳列されている奴隷達であった。

 アラン達はその光景を見て何も言うことができなかった。カルロが治める街の奴隷達とは扱いが全く違っていたからだ。

 アラン達は知らなかった。カルロの治世がどれほど貧困層にやさしいものなのかを。そして今目の前に広がっている光景こそがこの世界の常識であることを。

 アランは後に「魔法使いの社会」というものがどのようなものなのかをその身をもって学ぶことになる。


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 戦地に着いたアラン達はまず陣中にいる総大将のもとへ挨拶に向かった。


「カルロの息子、アランと申します」

「同じく娘のアンナと申します」

「おお、あのカルロ将軍のご子息殿か。私がこの陣の総大将を務めているレオンだ。遠路はるばるよく来てくれた。陣中なので大したもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれ」


 穏やかな笑顔を見せながらレオンと名乗ったその男は、どこか不思議な魅力を有していた。

 優しい印象を受ける少し垂れ下がった目尻。しかしその上にある眉は力強く、その周囲にある苦労皺(くろうじわ)は意志の強さを感じさせた。 


「レオン将軍、我らは国からの命令を受けてまいりました。我らはどうすれば?」

「うむ。現在我が軍は眼前に布陣している敵とにらみ合いをしている状況だ。各地から魔法使い達が集まっているが、敵に撤退する気配は無い。」

「ということは戦闘になるかもしれないということですか」


 アランにとってそれは予想外だった。てっきり自分達はにらみ合いの為の頭数として呼ばれたものと考えていたからだ。


「それはまだわからぬ。それよりも、長旅でお疲れであろう。粗末だが、寝所を用意してある。部下に案内させよう。今後の詳細については決まり次第、連絡する」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」


 アラン達は兵士の先導に従い、寝所へと向かった。


   ◆◆◆


 アラン達が離れたのを確認したレオン将軍は、傍にいる部下に声をかけた。


「マルクス、あの二人どう見る?」


 マルクスと呼ばれた男はレオン将軍の質問に答えた。


「アラン殿はカルロ将軍のご子息ですが、魔法力は大したことが無いという話を耳にしております。対して娘のアンナ様のほうはすばらしい力を持っていると聞いています」


 ふむ、と相槌(あいづち)を打ってレオン将軍は話の続きを促した。


「アンナ様は優秀な戦力になるでしょうが、今回の戦いでは使わないほうがよろしいかと」

「それはなぜだ?」

「カルロ将軍がまだ生きているからです。初陣の二人に何かあっては後々まずいことになるかもしれませぬ。今回の戦闘では安全なところで適当に戦功を立ててもらって、媚(こび)を売っておいたほうがよろしいかと」

「それによって後でカルロ将軍と良いつながりができるかもしれぬと」

「左様でございます」

「わかった。その案でいこう。彼らが連れている兵数はどれくらいだ?」

「先の戦いでカルロ将軍は私兵のほとんどを失っております。アラン殿が連れている兵数は五百ほどのようです」

「弓が使える奴隷を二百ほど貸しておけ。後列から援護をしてもらおう。後の細事は任せる」

「かしこまりました。ではその様に」


 指示を受けたマルクスは一礼し、仕事に取り掛かった。


   ◆◆◆


 寝所へと案内されたアラン達は戦いに備えて休息をとっていた。


「遂に戦いが始まるんだな。腕が鳴るぜ」


 そんな軽口を叩きつつも、ディーノの腕はわずかに震えていた。そしてそれはアランとアンナも同じだった。三人ともこれがはじめての戦闘なのである。無理もなかった。

 陣中は静かで、どことなく緊張が張り詰めていた。雰囲気に呑まれたのか三人は座ったまま黙っていた。

 そうしてそのまま日が沈み、陣の夜は更けていった。夜が明ければ戦いが始まる。結局三人は特に喋らないまま床についた。


   ◆◆◆


 夜が明け、両軍は広い平地で対峙(たいじ)した。

 自軍は総大将であるレオン将軍の騎馬隊を中心に、二列の陣形を組んでいた。アラン達は右翼の後列に配置されていた。

 後列の部隊は国の徴兵で集まったばかりのいわば寄せ集めの部隊である。兵士の練度も低く、レオン将軍は後列の部隊をまともな戦力としては見ていなかった。

 そして対する敵軍は一列に布陣していた。両軍を見比べると、こちらのほうが数で勝っているのは明らかだったが、総大将のレオン将軍は苦い顔をしていた。


(こちらは数で勝るが、兵士の練度と士気の差は歴然。守りの戦で勝てる見込みは薄いだろう)


 レオン将軍は突撃による敵総大将撃破での早期決着を狙っていた。


(こちらの両翼がどれだけ持ちこたえられるかが勝負だな)


 両軍はゆっくりと前進し、その距離を徐々に詰めていった。もうすぐ弓が届く距離になろうという時、レオン将軍が自身の槍をかざし号令を下した。


「我が部隊は敵総大将に突撃する! 両翼は防御に専念して我らを援護しろ!」


 突撃の号令がくだり、合図の太鼓の音が戦場に鳴り響いた。


「おいアラン始まったぞ! 俺らもいこうぜ!」

「よし、我が部隊も前進! 前列の部隊を弓で援護するんだ!」


 アラン達は前列の部隊に追従し、後方から弓で援護した。部隊にはアンナを筆頭とした魔法使い部隊もいたが、いくらアンナといえども魔法が届く距離ではなかった。

 両翼が敵を止めている間に中央のレオン将軍達は順調に敵を打ち払い、敵総大将に近づいていった。


「このまま押し切るぞ!」


 順調かと思われた矢先、レオン将軍のもとへ伝令が届いた。


「伝令! 右翼の前列部隊が壊滅寸前です!」

「なに!? いくらなんでも早すぎる!」


 右翼のほうへ目を向けたレオン将軍が見たのは、敵に隊列を寸断されそのまま飲み込まれていく味方兵士達の姿だった。

 味方を蹂躙していく敵の中にひときわ目立つ大男がいた。その大男は先陣をきり、まるで無人の野を行くが如く猛進していた。この大男の活躍が敵全体に勢いを与えていた。

 後列で援護を行っていたアラン達は、目の前でなすすべもなく味方達が倒されていく様を見て動揺していた。武器を構える姿に力強さが無くなり、うろたえているのが目に見えて明らかだった。


(撤退するべきか…?)


 そんなアランの意を察したのか、傍にいたある兵士が声をあげた。


「ここを突破されれば大将であるレオン将軍が挟撃(きょうげき)されることになります! ここは我々で食い止めるしかありません!」

「……」

「アラン様、あなたは武家の嫡男(ちゃくなん)なのです! 武人としての気概(きがい)をお見せください!」


 部下の叱咤激励を受け、アランはようやく覚悟を決めた。


「わかった……。全員聞け! 我々はここでやつらを食い止める! 弓兵はここに残って援護、それ以外は俺について来い! あの大男に向かって突撃するぞ!」


 号令をかけたアラン自らが先陣を切って敵部隊に突撃した。ディーノもまた雄叫びをあげながらアランに追従した。

 両軍は激しくぶつかり、あっという間に乱戦となった。そんな中、ディーノはある一点を目指して猛進した。


(狙うべきはあの大男のみ!)


 立ちふさがる敵を一声とともに倒していく。


「雑兵に用はねえ、邪魔だ!」


 敵には多くの魔法使いがいたが、ディーノは乱戦を活かして上手く立ち回っていた。

 ディーノは魔法使いとは決して正面から戦おうとはせず、相手の側面や背後など、不意をついて各個撃破していった。


 そして大男の元に辿り着いたディーノは声高らかに勝負を申し込んだ。


「おい、そこのお前! 雑魚の相手なんぞしていないでこの俺と勝負しろ!」

「吼えるな若造。だがその蛮勇、嫌いではない!」


 向かい合う両雄を見比べてみると、体格はほぼ同じ。だが、ディーノは支給された剣と小盾で武装していたのに対し、相手のほうは体を覆えそうな大盾、そして長い大槍を装備していた。

 しかしディーノは相手の武装に対し、さしたる恐怖心は抱いていなかった。


(長物が相手なら接近してしまえばこちらが有利!)


 そう考えたディーノは相手に突撃した。そこへ当然のように迎撃の一撃が飛んでくる。

 だがディーノは相手の射程ぎりぎりのところでわずかに減速し、その迎撃を空振らせた。

 その隙に懐に飛び込む。助走の勢いを剣に乗せ、鋭い一撃を大男に向けて放つ。

 だが、その一撃は大盾にあっさりと阻まれた。

 ディーノの攻撃を受け止めた大男は、間合いを離そうとはせずに大盾を構えたままディーノに向かって踏み込んだ。

 ぎしり、と音を立てて大盾とディーノが密着する。双方は押し相撲をする体勢になった。


(この若者、いい反応をしているな。体つきからも鍛錬のほどが伺える)


 膠着状態になったにも拘らず、大男にはそんなことを考える余裕があった。

 対するディーノは大盾のせいで相手の姿が全く見えなくなっていた。攻撃する手段が無いと判断したディーノは側面にまわりこもうとした。


(やはりそう動くか)


 大盾の下からのぞくディーノの足の動きを見ていた大男は、盾の下から自身のつま先を潜らせ、ディーノの足に引っ掛けた。


(!?)


 大男は体勢を崩したディーノを大盾で殴りつけた。ディーノは押し返され、両者の間合いはわずかに離れた。

 さらなる追撃を恐れたディーノはすかさず防御の構えをとった。


(それで防御しているつもりか。やはりまだ若いな)


 大男はディーノに接近し、大盾の縁でディーノの武具を引っ掛け、そのまま強引にディーノの防御をこじ開けた。

 無防備になったディーノの目に映ったのは、今まさに自分に振り下ろされようとする大男の大槍だった。

 死という言葉がディーノの脳裏によぎる。しかしその瞬間、聞きなれた心強い声がディーノの耳に入った。


「ディーノ!」


 この危機に駆けつけたアランが大男の側面に突撃する。これを察した大男は標的を切り替え、アランに向かって大槍を振り下ろした。

 攻撃が自分に向けられたことを瞬時に察知したアランは咄嗟に防御した。

 武具がぶつかり合う。アランは大槍の一撃を受け流そうとしたが、アランの武具はそれに耐え切ることは出来なかった。

 武具が砕ける音が場に響き渡る。その音に弾かれたかのように、アランの体は後方に吹き飛んだ。


(この男、魔法使いではない!? 腕力だけで前列を突破してきたのか!)


 上半身を起こしながらアランはそう直感した。大きな盾と重量武器を構える大男の姿は、アランが想像した魔法使いに立ち向かう者によく似ていた。


「大丈夫か? アラン!」


 寸でのところを救われたディーノは、武器を失ったアランをかばうように大男の前に立った。

 そして、対峙する二つの巨躯は再びぶつかり合った。

 激しく手を出し合う両雄。だが、先とは異なりディーノの戦い方には慎重さが見て取れた。互角、その戦いはそう見えた。


(援護を……!)


 アランが手をかざし、魔力を込める。

 だがその瞬間、腕に激痛が走った。

 見ると腕には大きな打撲の痕ができていた。指も何本か折れているようだ。

 痛みを無視して炎を放つ。しかし、それは見当違いの方向に飛んで行った。

 狙いが定まらない。何かないか、と、思索したアランの脳裏に、魔法使いが使う「杖」が浮かんだ。自分がまだ幼く魔法の制御がまともにできなかったころ、杖に頼って狙いを定めていたのを思い出したのだ。

 アランは杖の代わりに傍(そば)に転がっていた剣を使うことにした。適当な布で腕に固定し、大男に照準を合わせて炎を放った。

 期待通り、炎は大男に向かって飛んでいった。しかしそれは大男のもとまで辿り着かなかった。

 勢いが弱すぎたのだ。炎は剣から放たれた直後に消えてしまっていた。

 熟練した魔法使いは杖に頼らない。なぜなら魔法が弱くなるからだ。威力を求めるなら素手で放つのが最も良い。杖に頼るのは魔法の制御ができない幼い子供か老人だけである。


(くそ、援護すらできないか)


 アランは歯痒さをかみ締めたが、咄嗟(とっさ)に行ったこの剣から魔法を放つという行為に可能性を感じていた。

 そして、ディーノが大男を抑えている間に敵の勢いは止まり、戦局は少しずつこちら側に傾いてきていた。

 アラン隊の魔法使い達は順調に周囲の敵を撃破していた。初の実戦であったアンナだが、その活躍ぶりは凄まじく、事実、敵を最も倒していたのはアンナであった。


「お兄様! ご無事ですか!?」


 アンナが場に駆けつける。アンナは負傷している兄をかばうように、ディーノとともに大男の前に立った。


(この女魔法使いは手強いな。ここは退こう)


 大男は勝てないと判断したのか、後退を開始した。ディーノは追撃しようとしたが、大男が土煙の中に逃げ込んだため見失ってしまった。そして大男が退いたことで他の敵も後退を開始した。


「どうするアラン? 追いかけるか?」

「いや、俺達の役目はここを守ることだ。不用意な追撃はやめておこう。あとはレオン将軍達の武運を祈ろう」


 アラン達が中央の戦況を見守りはじめてからほどなくして、レオン将軍の部隊から勝ち鬨(どき)が上がった。


「敵大将、このレオンが討ち取った!」


   ◆◆◆


 その夜、レオン将軍は陣中で勝利の宴を開いた。皆に酒が振舞われ、兵士達は歌と踊りに明け暮れた。


「もっと酒もってこい! はっはっはぁ!」

「この兄ちゃんすげえぞ! おい、もっと注いでやれ!」

「俺はディーノってんだ! みんな俺の名前をよーく覚えておけよ!」


 酒と陽気にあてられたのか、ディーノからは緊張が消えいつもの調子に戻っていた。

 そんなディーノに対し、アランは部下達の労をねぎらうため陣中を回っていた。そして陣の外れでようやくあの兵士を見つけ、話しかけた。


「こんなところにいたのか探したよ。ええと……すまない名はなんというんだ?」

「これは隊長殿。自分の名はクラウスと申します。今日はお見事な戦いぶりでしたぞ」


 その兵士は先の戦いでアランを叱咤激励した者だった。


「ありがとうクラウス。それでここでなにをしているんだ? 宴には出ないのか?」

「夜襲を警戒しています」


 驚いた。この者はこんなときでも全く警戒と緊張を解いていなかった。


「警備ならレオン将軍の部下がやっているはずだ。皆と騒いでくるといい」

「いえ、自分はこれが性分ですので。遠慮しておきます」


 こんな性格だからこそ彼はいままで生き残ってきたのかもしれない、アランはそう思った。


   ◆◆◆


 一方その頃、アンナは人気の無い森に一人でいた。

 アンナは嘔吐していた。武家の娘とはいえ人を殺したのは初めてである。無理もなかった。

 アンナの目には自分の炎で焼け死ぬ敵兵達の姿が目に焼きついていた。アンナの炎に飲み込まれた者達は皆苦しそうにもがいていた。碌な死に方ではない。

 こんな事にいつか慣れる日が来るのだろうか。慣れることは良いことなのだろうか――アンナの疑問に答えてくれるものは誰もいなかった。


   ◆◆◆


 次の日、アランはレオン将軍に呼び出された。


「アラン殿、先日は見事な戦いぶりだった」

「ありがとうございます」

「君達が右翼の戦列を維持してくれたことは聞いている。このことは私から上に報告しておこう。後で恩賞(おんしょう)が与えられるはずだ」

「!? そこまでして頂かなくても、恩賞なら自分よりもふさわしいものにお与えください」

「謙遜(けんそん)しなくていい。良い仕事に正当な評価を与えるのは当然のことだ」

「……ありがとうございます」

「それと、君達は今日でここの防衛の任を解くことにする」

「それはどういうことですか?」

「あのカルロ将軍のご子息を負傷させたまま使うのは心苦しい。城に戻りゆっくりと傷を癒したまえ」

「……そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」


 素直に従ったアランだったが、内心は複雑な心境だった。恩賞の話も納得していないが、それよりもこの程度の怪我で任を解かれるとは思わなかった。

 自分よりも負傷しているものは陣中にいくらでもいる。やはり自分がカルロの息子だからなのだろう。父のことをいくら嫌おうと、自分が父に守られているのは明らかだった。


   ◆◆◆


 城に戻ったアランは、意識を回復したカルロの呼び出しを受け、部屋に向かった。

 カルロはまだ面会などできる状態では無かったが、カルロは息子の無事な姿を見るべく、医者の制止を無視してアランを部屋に呼びつけていた。

 カルロと面会したアランは先の戦いについての報告を行った。


「……以上です」

「うむ。よくがんばったなアラン」


 父に褒められたことは純粋にうれしかった。


「レオン将軍とは良い関係を築くように意識しておけ。あれは悪い男ではない」

「はい。……父上、すこしお尋ねしたいことがあるのですが」

「なんだ」


 アランはこの機会にある疑問について尋ねてみた。その疑問とは他の街の奴隷達の扱いについてであった。なぜこうも他の貴族達は奴隷に対して厳しいのか。言い換えればなぜ父は奴隷達にやさしいのか。


「……私が他の貴族達とは少し考え方が違う、ただそれだけの話だ」


 この回答は真実を述べているが、まだ何か隠していることがある。アランはそう感じた。

 父はいつも奴隷達のことを「下賎(げせん)なもの」と呼んでいる。それは憎しみを含んでいるような感じさえある。にも拘らず、父の治世は奴隷達に対してかなり温情的だ。


 アランはこの場は深く追求することはしなかった。アランが父の真意を知るのはまだ先の話になる。


   ◆◆◆


 その夜――


 城を抜け出したアランはリリィの家へとやってきていた。

 アランはリリィの寝室の窓壁に小石を投げつけた。


「誰?」


 その音にリリィが窓から顔を出した。


「やあリリィ」

「アラン?!」


 手を振るアランの存在に気付いたリリィはすぐさま玄関を開け、アランを中に招き入れた。


「ああ、アラン! 無事でよかった!」


 二人はその存在を確かめ合うかのように、強く抱き合った。


「ただいまリリィ」

「もう戦いは終わったの?」


 リリィの問いに対し、アランは抱擁を解き、難しい顔で答えた。


「いや、俺は怪我をして送り返されただけなんだ」


 アランは自分の情けなさを恥じているのか、その顔は少し寂しそうであった。


「それでも、私はあなたが生きていてくれて本当にうれしい」


 アランの気持ちを察したリリィは、慰めるかのようにその胸に体を預けた。


「ありがとうリリィ。そう言ってくれるだけで俺は救われた気がする」


 アランは胸に身を寄せるリリィの重さを心地よく思いながら、その肩に手を回した。

 二人の甘い夜はそのまま静かに更けていった――


   ◆◆◆


 数週間後、レオン将軍が言っていたとおりアランは恩賞を受け取った。それは王からの贈りものであり、直筆の書状もついていた。


「お金か…… どうするかな」


 実はアランが自由に使える自分の金を所有したのは、これが初めてであった。鍛冶仕事の手伝いは無報酬で行っており、いままで金銭を受け取ったことは無かったからだ。

 考えた末、やはりこの金は自分が持っているのはふさわしくないと思い、あの戦いに出た者達で山分けすることにした。

 と言っても、当然アランは部下達全員の居場所を知っているわけではない。そこでアランはカルロの執事の元を尋ねることにした。

 今回の戦いに出た兵士達にはうちの財源から報酬が支払われているはずだ。それを管理している執事ならなんとかしてくれるだろう。


   ◆◆◆


 執事の元を訪れたアランは事情を説明した。


「わかりましたアラン様。こちらでそのように手配しておきます。ですが、受け取るお金はこれだけで結構です」

「それは何故です?」

「分配するにはあまりにも額が大きすぎるのです。……アラン様、この金貨一枚で半年は遊んで暮らせるのです」

「そんなに価値のあるものなのですか」


 はい、と返す執事を前にアランは自分の常識の無さを恥じた。


 執事の部屋を出たアランはまだ大量にあるお金を持て余していた。

 たったあれだけの戦果でこれほどの恩賞を賜るのはやはり不自然だ。やはり自分の父がカルロであるゆえか。


(とりあえず、アンナになにか欲しいものがあるか聞いてみるか)


 でもアンナはあまり欲が無いからな、そんなことを考えながらアランは妹の元を訪ねた。


   ◆◆◆


「お兄様、お気持ちはうれしいのですが欲しいものは特にありません」

「そう言うと思ったよ」


 アンナから予想通りの回答を聞いたアランは、その場を立ち去ろうとした。


「ですが、お兄様」

「うん?」

「お兄様がくれるものでしたら、私なんでも喜んで受け取ります」


 そう言ってアンナはくすくすと笑った。


「お兄様からのプレゼント、期待して待っていますね」


 厄介なことを引き受けてしまったかもしれない。アランは少し後悔した。


 アンナの部屋を出たアランはディーノのところへ行く準備をした。

 しかしなぜだろう、ディーノにはこの大金を見せてはいけないような気がする。ただの直感だがそんな気がする。

 そう思ったアランは金貨一枚だけを持って貧民街へ向かった。


   ◆◆◆


「金貨とかマジかよ! うひゃあ、何に使おうかなあ。まずぱーっと騒いで、そのあとは…」


 ディーノの興奮ぶりは異常だった。アランが金貨を見せてからずっとこの調子であった。


「よし! まず飲みに行こう。話はそれからだ!」


 アランは興奮するディーノを無視して話を始めた。


「それでこの金の使い道なんだが、武器作りの費用にしようと思う」

「あ、そうですか……。いや、そりゃそうだよな、それが正しい。うん」


 頷きつつもとてもがっかりしているのが目に見えてわかった。


「でもお前、武器なんて作れるのか?」

「ああ、親方に教えてもらっているから大丈夫だと思う。自信はある」

「お前、実は結構すごいのな。どんな武器ができるのか楽しみにしとくわ」


 これで話は終わったのだが、ディーノがあまりにしょんぼりしている為、アランはすこし可哀想になってきた。


「……心配しなくてもディーノの取り分はちゃんとあるんだぞ。武器作りの費用は別に取っておいてある。今日はぱーっとやろう」

「よっしゃあ! そうこなくっちゃあ!」


 急に元気を取り戻したディーノはアランの肩を抱いて酒場へと乗り込んだ。

 アランはこの日、飲みすぎで記憶を失うということを初めて経験することになった。


   ◆◆◆


 数ヵ月後、季節は夏になり、腕の傷が癒えたアランは街を歩いていた。妹へのプレゼントを探すためだ。

 アランは街をまわって色んな店を覗いてみた。色鮮やかな飾り物や美しい置物、きれいな宝石、アランは様々なものを見てみたがどれを選べば良いのか見当がつかなかった。

 よく考えれば自分はアンナが何を好きなのか知らないのである。見当がつかないのは当たり前だった。

 途方に暮れたアランは街で遊ぶ子供達の姿を呆然と眺めていた。


(そういえばアンナが遊んでいる姿をあまり見たことがないな)


 幼いときになら二人で遊んでいた記憶がある。しかし最近、いやここ数年、アンナが遊んでいる姿を見た覚えはない。

 自分が部屋を訪ねたときアンナはいつも本を読んでいる。しかしアンナが読む本は娯楽の類ではなく、書庫にある学術書や兵法書ばかりだ。

 そんな本ばかり読んでいて楽しいのだろうか? 少なくとも自分なら息が詰まりそうだ。もしかしたら本人は本当にそういう本を読むのが好きなのかもしれないが。

 といってもアンナは部屋にこもりがちで積極的に外に出ようとはしない。部屋でできる暇潰しと言ったら読書くらいかもしれない。


(じゃあ本を贈ってみるか? ……いや、微妙だな。年頃の娘が喜ぶものとはあまり思えない)


 じゃあ本以外の娯楽品で何か無いだろうか、そう考えているうちにアランはある物を思いついた。


(よし、これにしよう)


 ひらめいたアランはさっそく店に向かって走り出した。


   ◆◆◆


 その夜、アンナはいつもどおり部屋で本を読んでいた。

 魔法使いの歴史、表紙にそう書かれた本をアンナはもうすぐ読み終えようとしていた。

 正直、おもしろい本では無かった。といっても面白い本なんて数えるほどしか出会った事がないけれど。

 本を読み終え、アンナは退屈まじりにため息をついた。


(もう寝ようかな。今日も退屈だったなあ)


 なんだか今日はいつもより気持ちが沈んでいるようだ。嫌なことばかり頭に浮かぶ。


(子供のときみたいに兄様に甘えられたらいいのに)


 そう思い寝巻きに着替えようとした時、ノックの音が聞こえた。


「アンナ、夜分遅くにすまない。ちょっといいかな」

「お兄様?! ちょっとだけ待っていてください」


 突然の意外な来客に、アンナは慌てて崩れていた着衣を正した。


「お待たせしました。どうぞ入ってお兄様」

「失礼するよ」


 アランはきれいな包装がされた大きな箱を持って部屋に入ってきた。


「お兄様、それは?」

「前に言っていただろう? プレゼントだよアンナ」


 それを聞いたアンナは自分の心がぱあっと明るくなるのを感じた。


「本当ですか?! うれしいですお兄様」


 冗談のつもりで言ったのであまり期待していなかったのだが、実際にこうなると素直にうれしかった。


「お兄様、早速開けてみてもよろしいですか?」

「ああ。是非感想を聞かせてくれ」


 言われたアンナは逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと箱を開けた。


「これは……」

「何を贈るか悩んだんだが、結局楽器にしたよ」


 箱に入っていた楽器は一つではなかった。美しい形状の弦楽器と様々な管楽器が入っていた。


「楽器にしても、どれを選べばいいのかわからなくてな。とりあえず手ごろそうなのを色々選んでみたよ。」


 それぞれの楽器にはちゃんと練習用の教本と楽譜がセットになっていた。


「アンナはいつも部屋で本ばかり読んでいるだろ? だから退屈してるんじゃないかなと思って」

「お兄様、ありがとう、本当にうれしい……」

「最近は二人で遊ぶことって無かったからな。これからはたまには時間を作って昔みたいに二人で一緒に遊ぼう。そうだ、今度一緒に街にでも――」


 アランがまだ話している途中だったが、アンナは我慢できずにアランに抱きついた。


「ありがとうお兄様。本当に、本当にうれしい」


 アンナの気持ちを察したアランはしばらくの間そうしていた。この日はアンナにとって大切な思い出深い夜となった。


   ◆◆◆


 数日後、アランは鍛冶場で武器の作成を行っていた。

 武器のイメージはもう頭の中にはっきりとできていた。アランが槌(つち)を振り下ろす度に、そのイメージがすこしずつ現実のものになっていった。

 魔法使いを倒すための武器、遂にそれが産声をあげようとしていた。



 その日の夜、ディーノはいつもの場所で一人素振りを行っていた。


(アランのやつ遅いな、今日はもう来ないのかもな)


 ディーノがそう思い帰ろうとしたとき、アランが布に包まれた大きな荷物を持って現れた。


「すまないディーノ。遅くなった」

「もう帰ろうかと思ってたところだ。その包みはもしかしてあれか?」


 アランは黙って頷いた。


「遂に完成したのか! 早く見せてくれ」


 喜ぶ子供のような表情でディーノは包みを開けた。


 現れたのは槍の先に大きな斧がついた武器。その長さはディーノの身長よりも長い。


「おお、すげえ。早速振ってみてもいいか?」

「ああ。お前のために作ったものだ。使って見せてくれ」


 ディーノはその武器を豪快に振り回した。武器を一閃する度に唸り声のような重い音があがった。

 重量武器だが意外にも扱いやすく手になじむ。これなら片手でも振り回せそうだ。


「おいアラン! すげえなこれは!」

「満足してくれたみたいだな」


 ディーノはその夜遅くまでその武器を振り回していた。


 ディーノはこの武器と生涯を共にすることになる。ディーノはこの武器で一騎当千の活躍をし、後に「暴風のディーノ」と呼ばれるまでに名を上げることになる。

 ディーノの代名詞となるこの武器は、後にその完成度の高さから世に広く普及し「ハルバード」と呼ばれるようになる。


   第三話 電撃の魔法使い に続く

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シヴァリー 稲田しんたろう @InadaShintarou

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