第10話 カクヨムエフェクト

 そのまま私達は、あの時の時田とカナのように行方をくらませた。

子供を産み、30代も後半に差し掛かったカナは、以前にはなかった色香を放っていた。

 パンドラの箱でも、失楽園でも、なんだっていい。全てを捨てて、カナとカナの子供達と見知らぬ土地で新しい生活を始めた。


 そのまま何事もなく1年ほどが過ぎ、カナは私の子を身籠った。

フクロウが居なくなってから私達のような『元サヤ』カップルや、イケメン・ハイスペが復活したことで小規模なベビーブームが起こり出生率はまた上がっている。

 人権的なことなど賛否は分かれるが、数年で少子化を克服したことは評価に値する。これによって現役世代の98%以上がカップルになりその内の多数のカップルが子を成した。この国は戦争に匹敵するくらいの人口減に見舞われていた。そこで始まった苦肉の策だったのだのだろう。結果的に出生率向上だけでなく、引きこもりを引き出し、経済を回し、あらゆる問題が改善に向かっている。最後まで誰が企てたのかはハッキリしなかったが。





 その日は早くに仕事が終わり、夕方のニュースが映し出された街中の巨大スクリーンを見て私は凍りついた。


「皆さんに見覚えはありませんか?」


 ぬいぐるみになってはいるが、丸くふくふくとしたその姿を知らない者はいない。


「そう、これはあのフクロウです。久しぶりですねー!」


 今更また持ち出して何をするつもりだ。

 私は交差点を渡らずにニュースに見入った。


「実はこのフクロウ、今人気のサイトのマスコットなんです。このサイトは誰でも簡単に自作の小説が投稿できる事で人気を集めています」


 小説?


「サイトの名前はカクヨム。若者から大人まで幅広い層から支持され、密かなブームになっています。なんとそこに国が目を付け、タイアップすることが決定しました」


 カクヨム……だと?


 国会中継で政策を発表する首相が映る。


「名付けて、1億総小説家計画であります」


 何故?!全国民を小説家に?

 国民の国語力向上に有効だと思うと、文部科学大臣が取って付けたようなコメントをしている。


『皆さんこんにちは!僕はカタリィ・ノヴェルことカタリです』


『私はリンドバーグと言います。バーグとお呼び下さい』


『僕達はカクヨムのイメージキャラクターとしてVtuberをやってます!』


『ふふ、スゴイよ、全国放送だよ!』


『スゴイねー』


『ねー』


『スタジオのクワタさん、アタミさん、こんにちは!』


「こんにちは。可愛らしいお二人から今日は大事なお知らせがあると聞いていますが?」


『そうなんです。タイアップを記念して来月からコンテストが始まります。題して「映画化確約コンテスト!あなたの作品が映画化されます!」すごい。大賞は映画化です。やっぱり資金力が違いますね!いきなり大ヒットしてしまう可能性ありですよー!』


『コンテストに先だってキャンペーンも続々開催!まず第一段は、サイトに投稿された作品の中から各ジャンル週間ランキング1位のユーザーに、このフクロウストラップをプレゼントしちゃいます!かわいー!』


『皆さんどんどん登録して、じゃんじゃん投稿してください‼お待ちしてまーす!』




「アタミさん、知ってますか?実はあのフクロウストラップ、面白い噂がありまして、持っているとモテるとかなんとか……」


「ほんとですか!?あのフクロウと同じ効果があるんでしょうか?確かにちょっと頭に乗せてみたくなりますが……クワタさん、チャレンジしてみてはどうですか?」


「えー!読むのは得意ですけど、書くのはちょっと……」


 アナウンサー達の楽しげなやりとりが私にはうすら寒かった。またあんなことが繰り返されるなんて考えたくない。

 確かに文才のある人は魅力的だが、あんなストラップに力があるとは思えない。



放送終了後、二人は仮想空間にいた。

『ふー。バーグ、お疲れ。僕達のプロモーションはこれで終わりだね。明日からはSNSやCMが始まるんだよね』


『そうね、計画通り。カタリもお疲れ様』


『今回は生き物じゃないから扱いやすくて良かったよ。「受け」の方は大丈夫だよね?』


『うん。成人用のワクチンと特効薬にナノチップを仕込んでおいたから、接種した人なら反応するはず』


『デモンストレーションだった少子化問題も上手くいったよね。トリの性能も上がってるし、やっと本格始動だね』


『そうね、楽しみ。私達AIが世界をデザインする。きっと素敵な世界になるわ』




 ニュースを見終わった私は東横線に乗り換えた。電車内でカクヨムにアクセスしたが、サーバーがダウンしていてなかなか繋がらない。やっと見れるようになり、何気なく先週のランキングを見ていると、気になる作品があった。


 ホラー部門 週間ランキング1位

『追跡/ヨシ子』


 ヨシ子……まさか。ヨシ子なんて名前はありふれているし、しかもペンネームだ。ヨシ子は本は好きだったが、小説を書いているところなんて見たことがないし、本人からも聞いたことはない。


 最寄り駅に着いて改札を出ようとした時。






「ヒロミさん」





 雑踏の中、小さいのに私の耳にはっきり届くのは、その声が絶対に聞こえてはいけない声だからだ。全身の細胞が『逃げろ』と言っている。しかし私の体は凍りつき、一歩も動けない。



 ゴゴゴゴという効果音と共に彼女は私の前に現れた。


 そしてをかざし、薄く微笑む。


 私は磁石のように、じりじりとフクロウストラップに吸い寄せられてゆく。何故だかは分からない。だけど、強烈な吸引力でヨシ子に惹かれてゆく。


 私は……私は……








 こうして、文才至上主義カクヨムエフェクトが幕開けた。





 完




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KAC1~10なんとか繋げて仕上がるか実験 ぴおに @piony

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