03 ~勇者の能力~
光佑様にあてがわれた部屋のドアの前には、私を含め2名がお付きメイドとして立っていました。
「ねぇ、あの人がいた世界ってどんな感じなんだろね」
特に思うようなこともないし、とりあえず「さぁ?」と答えておく。
でも、勇者のいた世界か・・・・・・
少なくとも今の私たちほど危険な世界じゃないと思う。
ほんとかどうかは分からないけど、戦闘能力は無いって言ってたし、頻繁に誰かが召喚される世界だとしたら、戦力が無くなるのは困るはず。
自分の世界が平和でないと、あんな反応はとれないよね。
『うおおぉぉぉぉぉ!!』
突然、部屋の中から叫び声が聞こえてきた。
暗殺や身の危険であれば別の声を発するような気もしますが、何かあってはいけないので、とりあえず聞いておこうかな。
ドンドン!!
「光佑様! 光佑様!! 大丈夫ですか!?」
声をかけながらドンドンと扉をたたいていると、光佑様も素に戻ったのか
「だ、大丈夫です!」
もしかして拒絶された?
異世界の方は今着ているようなメイド衣装が好きだということで、無駄にひらひらして通常業務を行うには向いてないと思われる服装を着せられているんだけど……きっと、さっきは驚きと羞恥によって焦っていたんじゃないかな。
とりあえず、もう一言くらいかけておこう。
「なにかありましたら、お手伝いいたしますが?」
「いえ、結構です!」
ここまで驚いているということは、勇者特有の「すごい能力」が光佑様も驚くような内容だったとか。
少しは探りを入れた方が良さそうかも。
「ルラン、ちょっとコッフェ淹れてきて」
「わかった」
もちろん隠語ね。意味は「情報を引き出せるように、一通り配置して」ってこと。ルランはもう一人のお付きメイドの名前。
コッフェは昔の勇者がコーヒーをよく飲んでいたから、怪しまれないようにと聞き間違いで済むレベルとして付けられたらしい。
ちなみに、光佑様の服に関してはすでに着替えているので、特別怪しいものはなかった。一応、平べったくて光ったりする道具はあったけど、それだけだ。
転移装置だとしても、直接的な武器にはなりづらい。
勇者が悪人という例は今までないらしいけど、悪人なら私たちの末路が変わらなかったってだけだし特に気にならない。
藁にも縋る思いでやったけど、そのわらが私たちを救えるほどの良い藁じゃなかったってだけだからね。
お付きメイドとしてここに立ってはいるけど、呼ばれない限りは暇なんだよね~
なんて考えていた時、部屋の中から強力な威圧感を感じた。
「……な、なに?」
それは一瞬で収まり、何事もなかったのように思えてしまう。
事前に一言もなかったということは隠してるんだろうし、声はかけない。
でも、私をビビらせたんだから聞き耳くらいは立ててもいいよね?
『すげー!! 一瞬で出てくるとか、マジすげー!!』
何かを出していたと言うこと?
王様から勝手に入らないように、と事前に止められていなければ、絶対に突撃していたところだよ。
まあ、それもあと少しの辛抱・・・・・・あ、来た来た。
「先輩お待たせしました」
ルランが飲み物を持ってきた。
コンコン
「光佑様、飲み物をお持ちしました」
『あ、はーい』
良いとも悪いとも言われなかったので、止められる前にさっさと扉を開け中に入った。
中に入ると、机の上に置かれた見知らぬ物に目を取られた。
驚くほど多彩な人形が並べられていたのだ。それに加え、小さな車輪と持ち手のついた大きな箱、薄い板等、見たことも使用方法も分からない物が置いてある。
来たときにはこんな物を所持していたはずがないよね。もしかして、マジックバッグかそれに類する能力でも持っているの?
視線をなるべく動かさず、光佑様の方をみる。
「お茶のご用意を致しました。ご要望等はございますでしょうか」
「じゃあ、アールグレイで」
「かしこまりました」
アールグレイは昔来た勇者が、有名なお茶だと言って広めたため、それなりに飲まれているとか。
まあ、値が張るから、王族や貴族、金のある商人ぐらいしか飲む人はいないんだけどね。かくいう私も、お茶の入れ方を教えられたとき、味を覚えるための1回だけしか飲ませてもらったことはない。
手順をなんとかして思い出しつつ、慎重にお茶を入れていく。
高いお茶だからか手が震えそう・・・・・・
「そういえば、こんな物を持ってたんだけど使える?」
チラリと見ると、光佑様は長方形の板を取り出していました。
「いえ、そのような物は存じませんが・・・・・・なにか魔法でも込められているのですか?」
一応この世界には魔法もあるので、その類いの物なんじゃないのかな?
どのみち見たことないってことは、この世界にはまだ無い技術で作られた物だろうから、自慢をしたいとみた!
「へ~」
あ、やっぱり
この顔は見たことがある。と言うか、貴族が良い物を手に入れたときに良くする顔。
「これはね、こうやって使うんだよ」
そう言いつつ、光佑様がその板を触ると、板の色が変化した。
その後、色が変化した面を自分の方へ向け、指を当てて怪しげな動きをしてる。
「ハイ、チーズ」
パシャ
「もうちょっと笑ってほしかったな~」
そんなことを言いながら、私の顔(と思われる絵)が写っている面を見せてきた。
「それは写真を撮る物でしょうか?」
一応、写真はある。
1枚がすっごく高いし、毎回現像しないといけないから、これみたいにすぐに見ることは出来ないけど。
それに、この勇者がバカじゃなければ、1つの機能しか持たないような物をおいそれと種明かしするとは思えない。疑り深いとよく言われるけど、そのせいもあってこの担当になったんだし、これで良いんだよ。
それにあの大きさの板なら、さらに数枚は隠し持っているだけのスペースはあるし、見知らぬ物を取り出したのもアレが関係あるんじゃない?
「そうだよ~。というか、写真には驚かないんだね」
白黒かつ現像するまで見れませんけどね。
「ええ、まあ高いですが写真はございますので」
あ、がっかりした。この子わかりやすいな~、というか子供っぽい。
今なら深く考えずに答えてくれたりしないかな?
落ち込んでなければ正直に答えてくれるとは思えないけど・・・・・・
まあ、聞いても不思議には思われないでしょ。
「ここにある物ってどこから取り出したんですか?」
「ん? ああ、これは元の世界から取り寄せたんだよ」
言ったー!!
よっしゃ!この調子でどんどん情報を引き出しとこ
「取り寄せるなんて事が出来るんですね。さすが勇者様です!」
「そ、そうかな?」
あ、このまま持ち上げてば、調子に乗ってくれるかも。
「そうですよ! 他には何が出せるんですか?」
「たとえば・・・・・・コレ!」
そう言って、黒い箱に入った何かを渡してくる。
机の上に置いてあった物だが、少なくとも危険物ではないはず。
そんな物を、敵意を持たない女性に渡すはずがない。と思いたいけど・・・・・・
「これは?」
「開けてみて」
上の蓋を取ると、中から甘い匂いが部屋いっぱいに広がった。
「わぁ~、美味しそ~」
「食べて良いよ」
「ありがとうございます!」
香りと物の大きさが一口大に揃えられていることから、食べ物だと思いたい。
蓋を持ち替え、中に入ってる茶色い物を一つだけつまみ、口に入れる。
強い甘み。そして、この香りはカカオかな?
そして、中身で忘れそうになるけど、この箱だってとても軽い。
質感からしてもこれは、紙? 軽さと言い、かなり上質な紙だと思う。
でも、こうやってすぐに渡せるって事は、そこまで高い物じゃない。
やっぱり光佑様の世界は、かなり文明として先を行ってるみたいだね。
「ん~、甘くて美味しいです~」
とろけたような顔で、答えておく。
勇者のお付きメイドになる前の試験で、演技の審査もあったし、そういう項目も含まれているんだろう。正直、こんな子供っぽい人よりも、もっと頼れる人の方が好みだけど、仕方ない。
人類全体が、そんな贅沢を言っていられるような状況にないし、今は好きな人もいないし割り切ろう。
「じゃ、じゃあ・・・・・・これとかどう?」
また、新しい物が差し出された。
それは板を操作した直後、手の上に現れた物。
目を完全に閉じていると思ったのか、それとも気にしないと思ったのか、警戒心がかなり薄れていた。まさに、計画通りである。
子供っぽい甘えるような仕草を追加すれば、警戒も解かれるはず。
「これも食べ物?」
「そうだよ」
目を輝かせつつ「早く食べて」と言わんばかりの表情で見てくる。
危険な思考の持ち主で無い限りは、この表情で毒物を渡すとは思えない。
そうでないことを願いつつ、白い箱を開ける。
「綺麗・・・・・・」
薪を短くしたような形状を白いなにかで覆い、その上に赤い木の実を載せた物が出てきた。とても綺麗で、芸術品としても価値が高そうなほどの物。
上の木の実が彫刻のような物とは考えられないし、下の部分はとても甘い香りが漂っている。
食べずに同僚へ自慢したい!
だけど、情報を引き出すためにもこの場で食べないわけには行かない。
意を決して、それに手を伸ばす。
「あっ!!」
それを手で持ち上げようとすると、予想できないほど柔らかく、力の込めすぎで形が崩れてしまった。
「ちょっと、ここに置いて?」
そう言いつつ、光佑様はフォークを片手に机をコンコンとたたく。
「は、はい」
子供っぽい男性ほど、頼られるのが好きだと聞いたことがある。
光佑様は机に置かれたそれを小さめに切り取り、フォークで刺すと、私の口元へ
「あ~ん」
もしかしたら、これがしたくて出したのかもしれない。
計算だとしたら、まだ警戒して置いた方が良いかも。
しかし、断って拗ねられても困るので、そのままフォークを咥える。
「ん~~~」
食べてすぐ、頬に手を当て、美味しいという表情を見せる。
実際に美味しいから、意識して演技をしなくても良いのは、とてもありがたい。
「すっごく美味しいです!!」
わかりやすいように、光佑様の顔に近づいてみる。
「そ、そう? 良かった」
光佑様はとても照れていた。
どうやら、私の反応としては正解だったらしい。
そういえば、子供っぽい人って大人の女性に憧れとかあったりするのかな?
具体的には、甘えさせてくれる人とか。
そうだとしたら今の私の性格は、もう一人の待女、ルランの方が近いので、変わった方がいい。
どうやったら好みが分かるかな?
・・・・・・ちょっと、賭けだけど、まあいいや。
甘いそれを飲み込んで「コホン」と咳払いを一回。
「す、すみません、取り乱しました」
「あ、いえ」
さっと、顔を元の場所に戻す。
「大変美味しかったです。ありがとうございました」
「そ、それなら良かったです」
あ、大人の女性に憧れがありそう。
さっきよりもさらに照れてるから、これは確定かな。
なら、もう一人も呼んだ方が良い。
「・・・・・・これをルランにも食べさせてよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。今、呼んで参ります」
これで、警戒心が戻らなければ良いけど・・・・・・。
そうだ!
私は光佑様の耳元に口を寄せ
「さっきの事は内緒にして下さいね?」
とささやいた。
勇者に振り回されて、胃が痛い・・・・・・ yoshikei @YK-Hisui
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