その十四 事前の確認とは大切なもの
〈触手編〉
「……もう動けるみたいだ。助かった。ありがとう」
「ん。どういたしまして」
ヨハンナに礼を言いながら、触手を起こす。
だが、消耗は激しい。立ちくらみのようなものを感じた。
周囲も酷いありさまだ。
斬り飛ばされ、再吸収もできなかった触手が、白い骸となって、そこらじゅうに転がっている。
だが、戦利品もある。
ガーディアンナイトの鎧だ。
切り裂かれた間から中に入り、右腕を触手でつなぐ。宝石を失った剣は、鞘に戻して背負った。触手の物量に頼る戦法は使えなくなったが、強固な外装と触手の筋力は、適当に刀を振り回すだけでも、十分な威力を発揮するだろう。
「これから、どうするの?」
「ここまで来たんだ。遺跡に入る……ヨハンナは、まだ、一緒に来るつもりか?」
「もちろん」
何の戸惑いもなくうなずいたヨハンナに、一瞬、心が痛んだのはなぜだろう。
俺は通り過ぎたよく分からない感情を無視して、つないだばかりの右腕を左手で引っ張った。触手のケーブルで本体とつながったまま、伸びる右腕。そのまま、頭上の出口に向かって放り投げる。右腕は触手の尾で綺麗な放物線を描きながら、崖の縁を掴んだ。
「引き上げるぞ? 掴まれ」
「うん!」
背中に取りついたヨハンナごと、身体をケーブルで引っ張り上げ、地上へ。
目の前には、月明かりに照らされた、魔王城。
振り返ると、先ほど抜けたばかりの穴の先に、城壁。
うまく、城壁の内側に出られたようだ。再び地図を取り出すと、城門の方角を確認し、歩き出す。樹壁に沿って数百メートル。すぐにたどり着いた。
どうやら遺跡の構造は神様がいた時代から変わっていないらしい。
おまけに封印の大樹も未だ再生していないのか、扉は開け放たれたままだ。
薄暗い回廊へと、足を踏み入れる。
飛び込んだあの時と違い、慎重に歩いて行く。
遺跡にあった資料の通り、ガーディアンは、いない。
このまま変に刺激しなければ、落とし穴から無事に地球へ帰れるはずだ。
「あ、ちょっと、あれ見て?」
が、途中でヨハンナが小声で話しかけてきた。
触手を伸ばした先には、レリーフ。以前は飛び込んだまま落とし穴に落ちたため、ゆっくり観察する暇もなかったが、数メートル先から、飾りっ気のなかった回廊に、どこぞの聖堂にでもありそうな絵画が続いている。もっとも、描かれているのは、禍々しい邪神像なのだが。
「始祖の史料で見たことがある……確か、創造神を描いたレリーフだよ?」
どうやら、今まで邪神像と思っていたのは立派な神様だったようだ。
そういえば、魔王も神がおつかわしになったという「史実」があった。
化け物が崇拝する相手は、人間と違うという事だろう。
それにしても、こんな時まで歴史の話とは。
そう思いかけたが、ヨハンナはさらに触手を伸ばして、レリーフに埋め込まれた宝石へと触れた。
「これ、持って帰れば、遺跡に来たっていう証拠になるんじゃない?」
そうか、ヨハンナの中では、俺がわざわざ遺跡まで来たのは、並み居るガーディアンを突破して、ここまでたどり着いた戦績のため、という事になっているのか。確かに、史料に載っているような宝石なら、遺跡のものだという証明もたやすい。実にヨハンナらしい選択といえよう。
しかし、俺が求めるのは栄誉などではなく、出口だ。
遺跡に飾ってある宝石なんて、典型的すぎるトラップに引っ掛かる訳にはいかない。
「おい、罠かもしれないんだから、もう少し慎重に……」
「もう、流石に、神像をかたどったものにトラップなんて……っ!」
宝石が抜き取られる。
瞬間、ヨハンナは光に、あの時、俺が地球からアトラへと渡った時と同じ光に包まれた。
トラップと思ったら出口だったのか!?
いや、誰かがヨハンナに憑りつこうとしている!?
俺は無意識にガーディアンナイトの鎧に包まれた手を伸ばし、
「っ!? ビックリした……? アキュラム? どうしたの?」
固まった。
光が収まった後、立っていたのは、赤い袴に白い装束――いわゆる巫女さんだったからだ。それも、巫女さんの着物を無理やり着た怪物ではなく、人間の。
「あの、アキュラム?」
「あ、ああ、いや、ヨハン……ナ、か?」
「そ、そうだけど……?」
どうやら、中身はヨハンナのままのようだ。
ヨハンナは、俺の様子と、そして突然変わった自分の声に戸惑っている様子だったが、自分の手を見て、そして身体を見て、悲鳴を上げた。
「い、いやぁぁぁああああ! な、何っ!? ナニこれっ!」
「お、落ち着け! 混乱するのはよく分かるが、落ち着け!」
身体をかきむしって暴れるヨハンナを壁に押し付けるようにして拘束し、口を塞ぐ。こんな大声を、遺跡の地下のガーディアンに聞かれるわけにはいかない。ヨハンナは、しばらく抵抗していたが、やがて静かになった。
恐るおそる、拘束を緩める。
「落ち着いたか?」
「う、うん、ご、ごめんなさい」
こぼれる涙を、ガーディアンナイトの鎧の隙間から触手を伸ばして拭いてやる。
ヨハンナは、濡れた眼で俺の方を見た。
「ね、ねえ? 私のこと、気持ち悪いって思わない?」
「は? ああ、そういう事か」
俺からすれば触手の身体に嫌悪感を抱いたように、ヨハンナの目には、人間はおぞましい怪物に見えるのだろう。そういえば、ポチも人型のガーディアンベビーを「あんなもの」扱いしていた。
「大丈夫だ。ヨハンナは、ヨハンナのままのようだからな」
「う、うん、あ、ありがとう……」
拘束を完全に外し、立たせる。
ヨハンナは自分の身体を見てびくつくという器用な事をやりながらも、二本の足でしっかりと立っていた。
「とりあえず、宝石、戻してみたらどうだ? 戻るかもしれない」
「う、うん。やってみるね?」
床に投げ捨てられていた宝石を拾い上げ、手渡す。
受け取ったヨハンナは、壁画にはめ込んだ。
しかし、何も起こらない。
今度は、宝石を外すヨハンナ。
だが、やはり何も起こらない。
はめて、外して。
諦めきれないのか、同じ動作を繰り返すヨハンナ。
それを眺める俺の方は、ヨハンナを落ち着ける事で誤魔化していた混乱に襲われていた。
俺が触手の身体に憑りついたことからすると、ヨハンナも他人の身体に憑りついたことと考えるのが自然だが、アトラに人間なぞいないハズだ。となると、地球から持ってきた事になる。格好からして、あの神社の関係者なのだろう。では、あの神社の巫女さんはどうなったのだろうか? ヨハンナの身体は? まさか入れ替わったか? だとすると、地球の俺の身体には、アキュラムが憑りついている事になる。
今まで帰る事ばかり考えていたが、帰ったとしても、俺の居場所は無事なのだろうか? このまっすぐな化け物の事だ。大学の単位はまだ何とかなるにしても、詐欺や怪しげな宗教に引っ掛かっているなんてことも……
い、いや、そんな心配は帰ってからだ。
しかし、帰るにしても、このまま落とし穴に落ちてひとり帰ってしまっていいものなのだろうか? ヨハンナをひとりで置いて?
い、いや、俺は何を化け物の事なんて気にしてるんだ!?
無視して戻ればいいじゃないか?
だが、ヨハンナが宝石を戻しても、元に戻れないところを見ると、一度動いた仕掛けは二度と動かないのでは? 落とし穴の先にある神像も……?
いや、悪い可能性ばかり考えても仕方がない。こういう時こそ情報だ。幸いなことに、ヨハンナが憑りついたのは巫女さんの身体。俺と同じなら、脳に残った情報を読み取ることが出来るはず。神社の関係者なら、何か知っているはずだ。
「どうしよう……戻れないよ」
涙目でこちらを向くヨハンナに、できる限り優しい声をかける。
「ヨハンナ、まずは落ち着いて、その身体の思考を……っ!」
が、そこへ、足音が響いてきた。
遺跡のガーディアンか!?
まずい、と思った俺は、ヨハンナを抱き寄せる。
――守りながら、戦えるか?
不安を打ち消すように、剣に手をかけ、前後に気を配る。
足音が聞こえてくるのは――入り口から。
どうやら退路を防がれたらしい。俺は剣を握り締め、
「見つけた!」
廊下の奥から現れたポチと、アトラからの応援だろう獣人の群れに、一気に脱力した。
なんだポチか。
が、そんな言葉をかける前に、
「アーちゃんの仇ぃ!!」
鋭い銛の突きに襲われた。
ああ、そういえば、ガーディアンナイトの鎧を着たままだったな。
鎧で刃は受け止めたものの、衝撃で吹き飛ばされながら、ポチの方を見る。
「な! 止めて!」
そこには、ポチに向かって叫ぶヨハンナと、
そんなヨハンナに、斬りかかる獣人がいた。
〈人間編〉
諸君。私、アキュラムは今、驚愕に目を見開いている。
先輩を包んだ魔力の光が収まったかと思うと、我が同朋たるテンタクラー族が目の前に立っていたのだ。
魂がアトラへと送られても、身体はそのままではないのか?!
疑問が走ると同時、あの時、信徒が拍手をする前、ちらりと見えた文章が思い浮かんだ。
――アトラでは、大神像の手
てっきり、あの後は、「手に乗ることで、魂をイオネーへ送る」と、そして、「その受け皿は、イオネーの生物となる」とでも書かれているのだろうと思っていた。
だが、それは現状からの推測にしかすぎず、「手に乗ることで、『精神が』入れ替わる」と書かれていた可能性もあるのではないか?
ならば、前文に当たる「イオネーでは、小神像に向かい合い、血を注げば」の後には、「『身体が』入れ替わる」と書かれていたのではないだろうか?
恐るおそる、声をかける。
「先輩……?」
果たして、先輩はこちらに振り向いた。
そして、何か言おうと口を開き、
「ば、化け物だぁーーーーあ!」
「まさか! 経典の邪神が!」
一斉に叫んだ信徒に、かき消された。
あるものは並べたベンチを持ち上げ、あるものは物置にあったサスマタを持ち出す。
馬鹿な! なぜそこまで憎む? 殺すのに躊躇しない?
なるほど、我々は人間からすれば、あるいはモンスターに見えるのかもしれぬ。だが、同じ生命であるという事も、直感で分かるはずだ。
アトラでも、初見のモンスターは、必ず知性を持つかどうか、まず確認することとしているし、少なくとも生け捕りを狙い、殺すことはない。
まして、魔力光を浴びたのは、先輩だ。
私は、思わず割って入った。
「っ! お待ちください!」
サスマタに押された勢いで、同胞の身体に押し付けられながらも、どうにか振り下ろされたベンチを受け止める。
重い! やはり、人間の身体は戦闘向きでないな。
そう毒づきながら、説得のために声を張り上げ、
「みなさん! 立ち止まってはいけません! これは、聖戦です!」
その前に、神主が声を張り上げ、物置から取り出した灯油缶を投げつけ、
隣に立っていた信徒が、くわえていた煙草を、投げいれた。
※(話が通じなくても)続きます。
※ 次回更新は、2019年6月12日(水)を予定しています。
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