その十二 ダンジョンにはボスが待っているもの

〈触手編〉

 一週間後。

 俺はポチ、ヨハンナと共に、ようやく目的の洞窟へと戻って来ていた。

 幸いなことに、ワイバーンの住処には未だ新しい個体が住み着いておらず、再生していた大樹も無事伐採。問題なく第二関門までたどり着いた。

 二手に分かれた道をふさぎ、岩壁と完全に一体化した卵。

 その前に転がっている、石に擬態さした卵をそっと転がしながら、ポチが銛の先に水球を造りだす。


「おい、アーちゃん、ヨハンナも。仕掛けるぞ?」


 俺とヨハンナは、答える代りにドワーフの鎧の中に入った。

 水球をゆっくりと進ませるポチ。

 もちろん、ターゲットとして使うためではない。

 俺とヨハンナは、鎧から管状の触手を出し、水球に向かって消化液を吹きだした。

 何でも溶かす毒液を巻き込んで、直径数メートルまでに膨れ上がった水球は、そのまま卵で出来た壁にぶつかる。

 卵の表面が溶かされる音で、奇声を上げながら飛び出すガーディアンベビー。

 迎撃するのは、消化液を塗りたくった矢。

 一回あたり十五発の一斉掃射を、ほぼ秒間で浴びせ続ける。

 これだけ打てば、ガーディアンベビーを止めておつりが来る……はずだった。


「っ! 前より増えてねぇかっ?!」

「向こうも、一度侵入されて、用意していたという事でしょうっ!」


 ポチの歯ぎしりに、ヨハンナが応じる。

 きっと、アキュラムなら、ここで冷静に状況の分析でも語り始めるのだろう。

 だが、ちょっとこの世界で訓練しただけの俺に、そんな余裕が持てるはずもない。

 天井まで折り重なり、まるで壁の様に迫ってくるガーディアンベビーに向かって、ただ、事前に打ち合わせをしていた作戦を叫ぶだけだ。


「下だっ! 下を狙え!」


 床に近いモンスターへ、弓を射続ける。

 果たして作戦と言えるほどのものかは分からないが、幸いにも通用したようだ。

 文字通り群れの支えとなっているモンスターが倒れ、雪崩のように倒壊。

 その上から、再びポチの水球が襲いかかった。


「皮膚が溶ければ、多少は見た目もマシってな!」


 バタバタ倒れていく敵に、ポチが叫ぶ。

 魚人族の美的センスは、相変わらずよく分からない。

 そう心の中で呟くことが出来るくらいに余裕を取り戻した俺は、矢を撃ち続けながら、じりじりと前進を始めた。

 しかし、相手も逃げ出す気配がない。

 いくら知能が低いとはいえ、ただがむしゃらに突っ込んでくるだけ、というのはあり得るのだろうか?

 ワイバーンでも遺跡への突撃は避けていたのに?

 これでは、始祖の史跡に出てきた蜂と変わらない。

 嫌な予感は、わずか数メートル進んだ先で、確信に変わった。

 壁となっていたガーディアンベビーが、突然、奥からの刃に切り裂かれたのだ。

 目標を失った矢が、宇宙人モドキがいた場所を通り過ぎて、硬い音を立てる。

 洞窟の岩盤に当たったのではない。

 黒い鎧を着込み、血で汚れた剣を携えたモンスターが立っていた。

 ポチの唖然とした声が、響く。


「ガ、ガーディアンナイト……かよ」


 図書室の本で見たことがある。

 確か、ガーディアンベビーが長い年月をかけて変化したモンスターと紹介されていたはずだ。熟練のドワーフが作り出した装備に勝るとも劣らない漆黒の剣と鎧、極限まで鍛えた獣人族に匹敵する筋力。その危険度はガーディアンベビーを大幅に上回り、熟練のハンターが数人がかりでようやく倒すことができるという。

 もちろん、こんな強力なモンスターは、普段洞窟に出てくることはない。遺跡の奥深くに棲息し、まれに遺跡の門近くに姿を見せる程度だ。史跡で見た地図にも、こんなのがいるとは描かれていなかった。

 という事は、時間が経って、ガーディアンベビーが成長したのだろう。そして、このガーディアンナイトが、他のガーディアンベビーを追いたて、撤退を許さなかったのだろう。

 いや、納得している場合ではない。

 俺達は追い立てられるように逃げだした。

 せっかく前進してきた道を戻り、先ほどまで卵の壁があった別れ道へ。


「別れるぞ! ポチとヨハンナは、出口に迎え!」


 俺はポチとヨハンナを出口の方へ突き飛ばすと、反対側、つまり洞窟の奥に向かって走り始めた。

 当然ながら、遺跡を護るガーディアンナイトが追ってくるのは、俺の方。

 別に、囮を引き受けようと思った訳ではない。

 このまま、遺跡まで走ろうと思ったのだ。

 ドワーフ族の鎧に入ったまま、逃げる。

 鎧を脱ぐ余裕がない、というのが正直なところだ。

 が、ミニチュアの鎧では、歩幅の関係で走るのが遅くなる。やむを得ず、鎧の脚の部分に詰めていた触手を伸ばす。当然、ドワーフ族に合わせた鎧の脚の装甲の長さでは足りなくなり、まるで子ども用のズボンを履いた大人のように、触手の束が露わになる。それが三〇、群れをなして走っている。

 この際、見た目をどうこう言っている場合ではない。

 ガーディアンナイトの脚力は凄まじく、重そうな黒い全身鎧からは想像もつかない速度で追いかけてくるのだ。触手をバネにして走っているハズの俺に、あっという間に追いついてきて、

 一番後ろの一機が、鎧ごと両断された。

 消化液を撒き散らすが、黒鎧にはなんのダメージもない。

 逃げきれないと悟った俺は、残りの鎧のうち、三分の二ほどをダミーとして奥に進ませ、残り三分の一と一緒に、ガーディアンナイトへと突っ込んだ。

 剣を構えたのが見えた瞬間、身を伏せる。

 すぐ頭上、というか内蔵の上を、鎧ごと斬り飛ばしながら、奥へ駆けていく黒鎧。

 どうやら、賭けには勝ったようだ。

 俺は来た道を引き返し、卵の壁があったところへと向かった。

 地図通り、奥には遺跡へ続く道ができている。

 俺は少し迷った後、不安を振り切って、奥へと進み始めた。

 ここで引き返して、ポチやヨハンナと合流することもできるが、ガーディアンナイトがいると分かった以上、二人が再度一緒に来てくれるとは限らない。この第二関門にも、すぐに新たなガーディアンベビーが配置されるだろう。そうなると、ひとりで突破するのは難しい。

 遺跡に近づくチャンスは、今を置いて他にない。

 ドワーフの鎧を脱ぎ捨てて、先へと進む。

 どうせ、相手がガーディアンナイトでは、鎧は大して役に立たない。

 ダミーとして置いておいた方が、時間稼ぎになるだろう。

 俺が遺跡にたどり着くまで、持ってくれればいいが……。


〈人間編〉

 諸君、アキュラムである。


  我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は……


 いや、周囲が騒々しくて申し訳ない。

 あれから5時間が過ぎようとしているが、私の周りでは、未だ呪文の斉唱が続いている。


  我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は……


 もちろん、私はその間、ずっと正座と呼ばれる形で座らされっぱなしである。

 私の座り方が悪いのか、足の神経と血脈が圧迫され、正直なところ、つらい。

 筋肉痛を抱えている私としては、肉体の回復を優先したいところなのだが。


  我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、我々は……


 いや、私は誇り高きテンタクラー族の戦士。

 たとえ身体が獣人族のそれに入れ替わったとしても、アトラで行われる儀式魔法の詠唱の十分の一に満たぬ時間で、音をあげるわけにはいかない。


  我々は、我々は、我々は、我々は、我々は、われわれは、ワレワレは……


 む? いかんな?

 慣れぬ身体のせいか、周囲の言葉が歪んで聞こえ始めた。

 まったく、このような儀式があるのなら、先輩も言ってくれればいいものを。

 何か、今日、この時間でなければならぬ理由でもあるのだろうか?


「キエェェーーーイっ!」


 そんなことを考えていると、唐突に神主が叫び声を上げ、立ち上がった。

 神殿の端に控えていた先輩も立ち上がり、先に紙の房がついた木の棒を神主に渡す。


「開き給え、開き給え、開き給え」


 神主は神殿の中央、大小さまざまな神像とともに安置された、神棚の前まで行くと、房を振り始めた。そして、神殿の左右に控えていた、先輩とは別の巫女がおもむろに立ち上がり、神棚を開く。

 ……そこは手で開くのだな。

 てっきり、魔法の代わりに「ぱそこん」のようなカラクリを用いていると思ったのだが。妙なところで落胆する私をよそに、神主が神棚から古文書を乗せた台座を手に取る。


「さあ、開き給えぇーっ!」


 そして、大仰な身振りで、だが、やはり最後は自らの手で古文書を広げた。

 ふむ。やはりアトラの文字で書かれているな。

 ネットに載っていなかった部分は――


「魔王城に隠された扉を開く法を、ここに書き残す。

 といっても、難しい儀式は必要ない。術式は既に神像に刻み込んだ。

 イオネーでは、小神像に向かい合い、血を注げば……」


「おお、神は告げられた、我々こそ、神の信徒であると!」


 が、途中で叫ぶ神主に取り上げられてしまった。

 ちらりと次の文の初めの数文字――アトラでは、大神像の手――が見えたのを最後に、信徒が一斉に拍手を始める。

 それを背に、やはり手動で古文書を納めていく。

 どうやら、わずか5時間では、このような文書はすべて開示してくれないようだ。

 が、私としては十分!

 後は、実行するのみである!


 しかし、その前に、この足のしびれを何とかしなければ……


 ※(足がしびれても)続きます。

 ※ 次回更新は、2019年5月29日(水)を予定しています。


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