その十一 問題とは直前に発覚するもの
〈触手編〉
翌日。俺はポチとヨハンナと一緒に、洞窟へと来ていた。
「洞窟」といっても、昨日攻略に失敗した、遺跡への関門となっているあの洞窟ではなく、ポチとアキュラムが使っていた狩り場の方だ。アトラではそれなりに名の通った狩り場だけに、道は踏み固められ、所々にキャンプ場が作られている。
ここは、そんなキャンプ場のひとつ。ちょうど川が流れ込み、床もむき出しになった岩盤で出来ている、目的の洞窟と似た要素が多い場所だ。
「というわけで、今日はココでガーディアンベビーの突破のための訓練をしようと思う」
「それはいいんだけどよぉ。その娘、誰よ?」
出鼻をくじいたのは、ポチ。ビシリ、と手に持った銛でヨハンナを指す。
そういえば、二人は初対面だった。
「クラスメートのヨハンナだ」
「いや、クラスメートって……アーちゃんよぉ、女に告白する時は、攻略中のルートを制覇してからが常識だぜ?」
「ま、まだそんなんじゃないです!」
叫ぶヨハンナ。
ポチはヨハンナを見、俺を見、小声で話しかけてきた。
「強そうに見えんのだが、大丈夫か? ここに来るまでもあんまり戦ってなかったし……告白を受け続けて10人目、ついにできたお前の彼女が、誰も知らない狩り場の真ん中で死んだなんて、俺は嫌だからな」
「いろいろ誤解しているようだが、魔法が使える分、俺より戦闘の引き出しは多い」
「そこは、ヨハンナは俺が護る、くらい言えよ……」
そんな映画かドラマどころか、時代劇に出てきそうなセリフを期待されても困る。
などと言う前に、ポチはヨハンナの方へ向き直った。
「コイツが訓練するくらいだから、相当な修羅場になるぞ?
覚悟、できてんだろうな?」
「はい! 私から、着いて行くって言いましたから!」
「……分かった、なら何も言わねぇ」
しっかりと目を合わせてから、うなずくポチ。
これで通じ合えるのだから、羨ましい事である。
現代に毒された俺には不可能なコミュニケーションだ。
「よし、じゃあ、早速訓練を始めるぞ!
俺がターゲット造るから、作戦通りに頼む!」
ヨハンナの決意を汲んだ勢いそのままに、ポチが隣に流れる川に向かって、銛を掲げた。水面が乱れたかと思うと、まるで水が注ぎこむ映像を逆再生するかのように、川から水柱が立ち上がる。それは空中で形を変え、ちょうどガーディアンベビーと同じくらいの、直径30センチほどの水玉となった。
ポチの言うターゲットだろう。1つだけではなく、次々と水玉を浮かべている。
俺とヨハンナも、触手を造りだし、買ったばかりの鎧に詰め込み始めた。
数にして20ほど作ったところで、肉が尽きる。ヨハンナの方を見ると、こちらは10体ほどで限界を迎えたらしい。それも、再生能力を生かして新たに生み出した触手だけでなく、本体の方も使ったらしく、身体が縮んでいる。怪人蜂女が怪人蜂少女のような格好になった。
「とりあえず、俺が前に出るから、後ろから援護を頼む」
ヨハンナはうなずくと、俺の背後に回り、魔法を唱え始めた。
が、途中で遠慮がちな声がかかる。
「あの、前が見えないから、背中、借りていい?」
「あ? ああ……」
うなずくと、ヨハンナは俺の身体をよじ登り始めた。
どうやら背中を借りる、と言うのは、上に乗るという意味だったらしい。
「おーい、こっちは準備完了だぞ? イチャついてないで、早くやれよ」
おかげで、ポチに文句を言われてしまった。
抗議する代わりに、前へと目を向ける。
造りだされた水球は、おおよそ60。
ガーディアンベビーと同じように、壁のように密集している。
「ヨハンナ、行けるか?」
「やってみる!」
声をかけると、魔法が起動する。水球の壁の前に、魔法陣が生み出された。
「おいおい、そんな貧弱な魔法陣じゃ、1秒も持たないぞ?」
魔法陣の前で、一瞬壁を止めるものの、すぐに水球は形を変えて、文字の間をくぐり抜けた。ガーディアンベビーも、このくらいの速さで突破してくるだろう。
が、その一瞬あれば十分。
矢をつがえ終えた30機のうち、15機が一斉に矢を打ち込んだ。
打ち漏らした水球が迫る。
残りの15機が迎撃、その間に先の15体に矢をリロードさせて……
次々と割れていく水球。
脆い。一発当たっただけで割れている。おそらく、ガーディアンベビーなら、数発撃ちこまないと倒れないだろう。
「もう少し、強度を上げられないのか? ほら、水に石混ぜてみるとか……」
「無茶言うなっ! 水をこれだけ浮かべるだけでもキツイんだぞっ!」
「そ、うか。無理なら、数を増やして……」
「あ″? 無理だぁ?! 誇り高き魚人族にいい度胸じゃねぇか!」
さりげない一言が、誰かを傷つけるのはよくあることだ。
だが、これは少し敏感すぎではないだろうか?
それとも、このアトラではこれが普通なのか?
魚人族の誇りを理解できない俺には様々な疑問が浮かぶが、答えが返ってくるはずもなく、ポチは再び水球を浮かべる。今度は周囲の土砂も巻き込んだのか、粘土状だ。肝心のポチの方が、エラをパクパク動かして、ゼーゼー息を繰り返している。
「おい、あんまり無茶は……」
「こういう時は、応援してあげるべきだよ」
止めようとしたら、今度はヨハンナから声がかかった。
どうやらこの調子で訓練は続くようだ。
そういえば、レムスも、
「狩りも訓練も、ついでに遺跡に行くのもデートだろうがっ! 二人で行けや!
で、帰ったら結婚しろ! バーカ!」
と、何やら怒鳴られてしまった。
やはり、恐るべきは文化の違いだな。
そう思いながら、俺は再び鎧にボウガンを構えさせた。
〈人間編〉
諸君、毎度おなじみアキュラムである。
私は今、先輩に連れられて、神社へと戻ってきている。
「この神社、小さいけど、ずいぶん昔からあるから、地元じゃ結構有名なんだよ?」
「オカルト研究会を立ち上げた先輩も、ここで巫女さんのバイトやってたんだ」
「ま、その先輩も、今は卒業して、就職しちゃったから、もういないけどね」
「でも、出ていくときにね、その先輩が、私を後任にって、巫女のアルバイトを紹介してくれたの」
ネットでの一件を早く忘れさせようというのか、先輩は積極的に話しかけてくださる。まったく、フォローをさせっぱなしだ。私も、狐族や妖精族のように、もう少し話が出来るタイプならよかったのだが。
「という訳で、着替えてくるからちょっと待ってて?」
しかし、返すべき言葉を探している間に、先輩は立ち去ってしまった。
まあ、生まれ持っての口下手を嘆いても始まらない。
大人しく待っているとしよう。
私は軽くため息をつくと、空いていたベンチに腰掛けた。
揺れる木漏れ日を追って空を見上げると、午後の陽ざしに揺れる木々。
この視界だけ切り取れば、アトラの森から見る空と、そう変わらない。
ふと、狩りに明け暮れた日々が思い浮かんだ。
……ポチグリフは元気だろうか。
いや、彼も誇り高き魚人族。心配するなど、失礼にあたる。
きっと、あの社交性を生かして、誰か新しい相棒を迎え、狩りに精を出し、今日も換金所で妖精族相手に交渉をしているのだろう――
「やあ、君、オカルト研究会の新入生だろう?」
が、そこへ、無遠慮に声をかけてきた男がひとり。
歳は40くらいだろうか。白い着物に水色の袴という格好をしている。
この身体の持ち主の記憶によると、神主と呼ばれる神官のようだ。
……やはり神官も、毛の抜けおちた猿の獣人なのだな。
そう思いながらも、ベンチから立ち上がる。
目上の人を立たせて、自分だけ座っているわけにもいかない。
「いやあ、わざわざ立つなんて、礼儀正しいね。
私はこの神社で神主をやっている
名乗られたので、名乗り返す。
しかし、妙に馴れ馴れしいな。この世界の神官とはこんなものなのだろうか?
「うん、オカルト研究会とは付き合いも長いから、よろしく頼むよ」
うなずいて、手を差し出してくる神官。握手という奴らしい。
観察するだけならまだしも、直接触れるとなると戸惑われるのだが……。
あ、いや、諸君。誤解しないでいただきたい。
私も、誇り高きテンタクラー族。
戸惑っただけで、決して拒絶するつもりはない。
手を伸ばして、
「あら? もう会っちゃった? 紹介しようと思ってたのに」
しかし、何という幸――いや不運。先輩が戻ってきた事で有耶無耶となった。
巫女とやらの礼装なのだろう、神官と似た赤と白の着物を身につけている。
しかし、なぜ古文書を見せてもらうのに、わざわざ着替えるのだろうか?
そんな疑問を見透かしたように、先輩は話を続ける。
「古文書、っていうか、『神境の書』だけど、あれって神聖なものだから、見るには礼拝に出ないといけないの」
「ああ、初めての君には、そんな堅苦しい作法は必要ないから安心してくれ」
なるほど、始祖の史料のようなものか。
私自身は歴史にさほど興味がなく、同級生がレベル1の史料に取り付くような末端の小物妖精を連れているのをちらりと目にしたに過ぎないが、史跡深くの魔導書は、数々のトラップに守られ、妖精族の中でも長と呼べるものが取り付いていたり、神聖な魔導書を祀る祭壇があるとか。
おそらく、幾分かは侵入者を寄せ付けないための誇張も入っているのだろうが、この世界でも、火のないところに煙は立たぬという。
きっと、神境の書なる古文書も、危険なトラップに守られているに違いない。
ああ、ひさびさに戦士の血が!
たとえ使い勝手の違う人間の身体であろうと、この試練を乗り越えて……
「あ、そこに座ってればいいから」
が、先輩に連れられて入った社の中には、迷宮も、トラップもなかった。
扉を開ければ、即本殿。
まるで携行保存食のような手軽さである。みるみる減っていく戦意。
私は先輩に言われるがまま、その場に座り込んだ。
「それでは、入信と開帳の義を始めます」
神主が重々しく、しかし、なぜかニューシンという部分だけは早口で宣言する。
それに続いて、おそらく信徒であろう、先輩と同じような格好をした巫女や、真っ白な神主と同じ着物を着た集団がわらわらと入ってきた。
私を取り囲むように並び、何やら呪文にようなものを口々に唱え始める。
「我々は神の信徒にして、世界に信仰を取り戻す者なり」
「我々は神の信徒にして、世界の歪みを正す者なり」
「我々は神の信徒にして、神の言葉の伝道者なり」
「我々は神の信徒にして、世界の…………」
「我々は神の信徒にして……」
「我々は……」
……いったい、いつまで続くのだろうか?
※(何やら怪しい宗教に引っ掛かっても)続きます。
※ 次回更新は、2019年5月22日(水)を予定しています。
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