その十 きっかけとは思いがけず訪れるもの
〈触手編〉
「おう、ワイバーン、高く売ってやったぜ!」
武器屋に戻ると、ちょうど換金所から出てきたポチから金貨袋を投げ渡された。
重さからいって、1000枚か、それに少し届かないくらいだろうか。譲ると言った火脈石の分も、律儀にナナサン(7対3)に分けたのだろう。つまりはトータルで金貨3000枚弱となる。ワイバーン1体にしては良い金額だ。
「? どうした、あーちゃん?」
が、素直に嬉しそうにしなかったのが悪かったらしい。ポチから疑問の声が上がる。慌てて誤魔化した。
「いや、火脈石は譲ったつもりだったからな」
「いーや、俺がナナサンって言ったほうが先だね。
第一、独り占めなんて魚人族の恥だ」
アトラの化け物は、人間と違って真っ直ぐだ。
あの後、ヨハンナも、しばらく嬉しさに震えていたが、帳簿をつけ終わったレムスが戻ってくると、恥ずかしさを誤魔化すように、次の仕事をこなすべく、倉庫へと歩いていった。
迎えに来たレムスの方も、ヨハンナが落ち着くタイミングを見計らっていたのだろう。去り際に、まるで見ていたかのように礼を言ってきた。
いやに金貨袋が重い。
ポチから目をそらして、武器の並ぶ棚へと向けた。
「ん? また武器か? ちょっと前に、獣人族の鎧、買ったばっかだろ?」
「いや、あのガーディアンベビーを突破する手がかりがあればと思って……」
話しかけてきたポチを、再び誤魔化す。
同時に思い出した。
そういえば、武器屋に来たのは、元々、第二関門突破の手がかりをつかむためだったな、と。
「んだぁ? まだ行く気か?」
「当たり前だ。あんな数だけのザコに邪魔されたまま終わってたまるか」
「はあ、遺跡から戻って丸くなったと思ってたけど、その辺は変わんねぇな」
変に未練が生じては面倒だ。早く、元の世界に戻ろう。
改めて、武器の物色を始める。
剣や槍は……論外だな。なにせ物量戦。一対一を想定したものは使いようがない。
ならトラップは……駄目か。鋼鉄のネットで絡めとろうにも、ガーディアンベビーの腕力の前には、すぐに引きちぎられてしまうだろう。一応シャベル的なものもあるが、落とし穴を掘ろうにも洞窟の床は硬い岩盤だ。使いようがない。
困っていると、全長60センチほどの鎧を見つけた。どうやらドワーフ族向けに作られた鎧のようだ。全身を覆うタイプで、女性向けなのか、やけにグラマラスなシルエットをしている。ちょっと大きめのフィギュアに見えなくもない。
「んだぁ? 女モンの鎧なんかに興味あんのか?」
眺めていると、ポチが話しかけてきた。何こいつ変態という目をしている。
「いや、意外に使えるかもしれん」
「はあ? な、なんに使う気だよ」
盛大に引いているポチを置いて、鎧の隙間から触手を突っ込み、切り離す。そのまま切り離した触手を操って、鎧を歩かせた。そのまま棚から床へ飛び降り、立て掛けてある槍を取って、振り回す。が、数分もするとコケた。俺は切り離した自分の身体の一部を回収しながら、ポチに聞こえるようにつぶやく。
「無限には操れない……一体数分か。数は、肉の量によるが、同時に三〇くらいか?」
「あ、ああ、そういう使い方ね」
何やら微妙に残念そうな声を出すポチ。
化け物の性癖など分かりたくもない俺は、店員のドワーフに声をかけた。
「これと同系統の鎧、在庫があるだけ見繕ってもらえますか?
あと、ドワーフの武器を」
〈人間編〉
諸君。私ことアキュラムは今、先輩に連れられ、オカルト研究会へと来たところである。
研究会、と言うからには立派な設備でもあるのかと思いきや、部室自体は小さなもの。この身体の持ち主の住む部屋とさして変わらない。ところ狭しと四角い家具が並ぶのも同じだ。壁際の古書が並ぶ書棚に、デスクに「ぱそこん」とかいうカラクリ。靴とかいう防具のおかげで、足の小指をぶつける心配はないのだが、手や頭は気を付けなければ。
そう思いながら、先輩にすすめられた椅子に腰かける。
「えっと、まずは去年の課題だね。確か、この辺に……」
デスクの引き出しから、先輩が取り出したのは、紙束。表紙には、「民族宗教と地域信仰について」というタイトルが掲載されている。ページをめくると、始めにアトラの文字が。
(我が子孫のために、魔王城に隠された扉を開く法を、ここに書き残す……!?)
「初めにそんな史料が載ってるんだけど、実は内容はあんまり問題と関係ないんだよね」
先輩のおっしゃる通り、史料は始めの1ページのみ。続く問題文も、「図は近年見つかった史料であるが、いつの時代に書かれたものか」とか、「当時の風習は」とか、およそアトラには関係のないものが掲載されている。もちろん、魔王城や「隠された扉」とやらの記述もない。
「この史料、全文を読むことはできますか?」
「ん~? 保管してる神社に行かないと無理かな?
あ、でも、全部じゃないけど、一部なら、ネットで公開されてたはずだよ?」
言いながら、「ぱそこん」を起動させる先輩。
そういえば、痴漢に間違えられたり、小指をぶつけたり、筋肉痛に襲われたりですっかり忘れていたが、元々、この身体の持ち主の家に戻ったのは、「ねっと」でアトラに帰るための手がかりを調べるためだった。当初は百科事典のようなものを想像していたが、どうやらこの「ぱそこん」から閲覧できるらしい。
我々の感覚からすると、狐族が使う水晶球が近いだろうか。もっとも、あちらはあくまでぼんやりと幻像が浮かんでいるだけなのに対し、「ねっと」は四角いガラスの向こうに、鮮烈な絵と文字が浮かび上がっている。
魔術的なものではないようだが、どうなっているのだろう?
そんな疑問が首をもたげるが、この身体の持ち主も、この手の知識は持ち合わせていないようだ。ただ、何やら難解極まりない理論が存在することだけは確からしい。このあたりを理解してくれていれば、私がアトラに戻った暁には、いろいろと役に立つと思ったのだが、現実とは厳しいものだ。
「あ、ほら、出てきたよ? 古文書――正確には、『神境の書』っていうんだけど」
先輩の声で、画面に目を向ける。
そこには、「地域のオカルト情報まとめ」というタイトルと共に、古文書、いや、神境の書が映し出されていた。
「もともと、この世界には、我々イオネーとは別に、アトラの民が暮らしていた。
しかし、二つの民は互いに互いを醜いと罵り合い、戦乱に明け暮れていた。
結果、現れた魔神により、二つの民は、生きる場所を分断された。
だが、戦乱は続いた。
イオネーの民は、今度は同じ種族の中で争いを始めたのである。
不足していたのだ。生きるための食糧が、水が、領土が。
ゆえに、イオネーの民は神に願った。食料を、水を、領土を。
神々はイオネーの民に、食料を、水を、領土を得るだけの力をお与えになった。
食料でも、水でも、領土でもなく、「力」を。
あるものは、その「力」で食料と水と領土を得た。
またあるものは、「力」で食料と水と領土を奪った。
そして、大多数のものは、「力」を振るわねば食料と水と領土が手に入らない事に、ただただ不満を言い、食料と水と領土を得たものを妬んだ。
イオネーの民の敵は、イオネーの民となったのである。
魔王城の扉を守護してきた我が一族にも、戦乱が近づきつつある。
今のイオネーの民を、魔王城は、決して受け入れないだろう。
かつて、アトラの英雄と共に歩いた勇者より受け継いだ、扉を開く法が失われるのも、時間の問題だ。そこで、我が子孫のために、魔王城に隠された扉を開く法を、ここに書き残す――」
が、何という事だろう。文書はココで終わっている。
これでは、肝心の「扉を開く法」が、これでは分からないではないか。
いや、次のページ、と書かれたこのボタンを押せばいいのか?
だが、次に映し出されたのは、この文書が書かれた時代だの、文字が特殊で解読できないだの、「扉を開く法」とは関係のない話ばかりだ。中には、納められている神社との関係から、悪霊を退け、病魔を駆逐する呪文と考えられている、などという的外れな記述まである。
文書に書かれている通り、扉を開く法は失われてしまったのだろうか。
私は諦めきれず、画面を色々とクリックする。
「あ、ちょっと、そこ!」
「っ!?」
鮮やかな画像を押したと同時、人間の女性の、裸の画像が……!
先輩が、私の手から素早くマウスを取り上げる!
あっという間に閉じられていく画面!
先輩は、静かに笑って、一言。
「今日は、フィールドワークって事で、この神社まで行こっか?」
私は、ただ黙ってうなずくしかなかった。
※(エロサイトに引っ掛かっても)続きます。
※ 次回更新は、2019年5月15日(水)を予定しています。
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