その九 告白とは重いもの

〈触手編〉


 魔物達は逃げ出した。

 ということで、何とか無事に洞窟から脱出した俺とポチは、再びアトラの城門へと戻ってきていた。

 宇宙人モドキに追いかけられたのと、作戦が失敗したのとで精神的な疲労は大きいが、時間的にはさほどでもない。街の門をくぐった所にある時計台は、狩りの帰りとしてはやや早い時間を指していた。おかげで、普段なら長蛇の列ができている換金所も、ほとんど人が、いや化け物がいない。窓口で帳簿をめくっている妖精族くらいだ。

 妖精族、といってもレムスのような小さな触手ではなく、体長二〇センチほどの蝶の姿をしている。宇宙産の妖精とは違い、多種族が棲むアトラでは、森の恵みを象徴する蝶が選ばれたのだろう。もっとも、蝶の姿であって、決して蝶の羽根を持った小人ではない。いや、一応、なんとか、無理をすれば、人型に見えなくもない。6本ある肢のうち、一番上の二対と一番下の二対が長く、身体も頭胸腹のバランスも人間のそれに近い。が、鉢女となったヨハンナに比べると、まだ昆虫。地球産の妖精とは大きくかけ離れていると言わざるを得ない。


「あら、ワイバーン? この大きさなら、火脈石が金貨2000枚、翼の骨と爪が5枚ね」

「いくらなんでもそいつは厳しい。5000は行くだろうが」


 その昆虫もどきの妖精と交渉をするのは、ポチの役目だ。戦績にしか興味がないアキュラムではこういう取引ができない。もちろん、スピード重視のレジでのお会計になれた俺にもできない。


「たかが火脈石にいい度胸ですね。2100枚です」

「命がけの狩りにたかがとか、そっちこそいい度胸じゃねぇか! 4500枚だ!」

「そういうセリフはもっと立派な銛使いになってから言ってください。2300」

「窓口で帳簿つけてるだけの半人前に言われたくないね。4200」


 口とエラと手足をプルプル震わせながら喋るポチと、鱗粉をパタパタ撒き散らしながら応じる昆虫型妖精。売り込む側と売り込まれる側の、声だけなら微笑ましいやり取りを聞きながら、俺は換金所の隣に併設されている武器屋へ向かった。


 壁沿いに剣や槍、斧が並び、カウンターにはドワーフ族が座っている。

 ドワーフといえばひげを生やした小人のイメージが強いが、アトラでは体長50センチほどの、猪ベースの獣人だ。獣人といっても、妖精族と違い、「ただし」が付かない、いわゆる普通の獣人である。少なくとも、外見的には地球で想定されている獣人と変わらない。店主のドワーフだけでなく、武器を見に来ている猫や狼ベースの獣人も、それこそゲームや創作の中に出てきそうな格好をしている。アトラでは数少ない癒しだ。まったく、武器屋が癒し系スポットになるとは思わなかった。

 といって、今日は癒されに来たわけでもない。

 ポチ抜きで、あのガーディアンベビーの群れを突破する方法を考えなければならない。

 何か、ヒントになるものはないだろうか。

 そう思って、武器の並ぶ棚へとやって来たのだが、


「っ! アキュラム……」


 そこには、蜂のガワを被った、ヨハンナがいた。

 手にしているのは、店に並ぶ武器の在庫が書かれた帳簿。

 そしてその帳簿には、レムスが取り付いている。

 どうやら、この武器屋で在庫管理の仕事をしていたようだ。そういえば、戦闘は苦手だと言っていた。代わりに、バイトと言う平和的手段で日々の糧を得ていたのだろう。普段、史料の相手をしているから文書管理は得意だろうし、金にうるさいレムスも一緒。戦闘一本のテンタクラー族からすれば異色だが、合理的な選択と言える。問題は、あまりに合理的すぎて、本来の予定にない俺と顔を合わせてしまったところだろうか。

 一瞬にして、癒しの武器屋が気まずい空間に変わってしまった。


「あーあー、せっかく狩りの時間にバイト入れたのに、残念だったなぁ」


 雰囲気を変えようとしたのか、レムスが帳簿から声を上げる。

 ヨハンナは余計なお世話とばかりに、帳簿を閉じて強引にレムスを押し込めると、どこかおっかなびっくりという調子で話しかけてきた。


「そ、その、どうしたの? みんな、狩りに出てるのに……」

「あ、ああ、遺跡に行こうとして、森の封印を壊したまではよかったんだが、洞窟で失敗してな。ガーディアンベビーの群れから逃げてきたところだ」

「ふん。作戦考えるとか言って、俺を無視するからだ」


 再び帳簿から飛び出すレムス。

 お付きの妖精からすれば、まだ会話がぎこちないらしい。

 再び帳簿を押さえつけるヨハンナ。


「……」

「……」


 が、今度は完全に会話が尽きてしまった。

 気まずさが加速する。


「だーっ! お前ら! どんだけこじらせてんだ! せめてなんか話せよ!」


 なんかって何? 俺とヨハンナの言葉が重なった。

 呆れた、という様子で触手をだらりと下げるレムス。


「分かった。仕事はやっておいてやる。だから、店の裏でゆっくり話ししてこい」


 ヨハンナの指の間に触手を絡ませたかと思うと、帳簿ごとスルリと抜けるレムス。空中で体勢を整え、足が生えた帳簿と化したレムスは、小さな音とともに着地。そのまま棚の前でページを広げると、ペンを持った触手を伸ばして記録をつけ始めた。

 ふてくされたかのように仕事に打ち込むレムスを、俺はヨハンナと一緒にあ然と見つめていたが、


「あ、あの! こっち、来てもらっていい?」


 ヨハンナに手を引かれて、店の裏口をくぐった。

 扉の先は、渡り廊下。

 奥の倉庫から武器を運ぶために使われているのだろう、壁には刃物をぶつけた様な跡がある。店員の休憩スペースとしても使われているのか、廊下の真ん中には長椅子が置かれていた。

 腰掛けるヨハンナ。

 俺も隣に座る。

 目の前には、静かに流れる水路。

 その先には、午後の光に揺れる並木道。

 絵に描いたような光景の中、ヨハンナはじっと、何かタイミングを探しているようだったが、やがて、椅子を小さく軋ませた。


「この間、レムスが言いかけてたけど、私はテンタクラー族と狐族のハーフなの」


 景色の中に響く声は、史跡で聞いたヨハンナとは、別人のようだった。


「私が生まれた時、両親は期待してたらしいわ。テンタクラー族の力と、狐族の魔力を併せ持つ、すごい才能の持ち主になるって」


 張りつめた声。

 拒絶される不安と受け入れられる期待が、混ざりあった声。


「でも、私はテンタクラー族よりちょっとだけ魔法が使えて、狐族よりちょっとだけ力が強いだけの……中途半端な生物だった」


 この世界に来てから何度となく聞いた――女生徒が、想いを告白する声だ。


「お父さんとお母さんは、それでも色々してくれたわ。訓練もしてくれたし、魔法も教えてくれた……それに、レムスもつけてくれたし」


 その声を、俺は相変わらず話しかけてくる相手から目をそらして、景色を眺めながら聞いていた。


「でも、やっぱり身体は弱くて、魔力もダメで、学校でも、狩りの実習じゃ足を引っ張って……結局、非戦闘員に組み込まれたの」


 相手が醜いから――ではない。

 真っ直ぐぶつかってくる相手を、どう受け止めていいか分からなかったのだ。


「だから、私は狩りに行かずに、ずっと史跡と図書室の中で、誰も読まない資料を相手に過ごしてきた。お金は武器屋さんの手伝いでなんとかなるし、資料や帳簿の扱いだけは、お父さんとお母さんの力を引き継いで得意だったから……それでも、妖精族に負けるんだけどね」


 一緒になって、まるで分かったかのように、いかにも深刻そうにうなずくか?

 ゲラゲラ笑って、茶化して誤魔化すか?

 素直に分からないと言うか?

 思い浮かぶ反応は、自分でも不快になるようなものばかりだ。


「きっと、私はこのまま、自分の意味を見つけられないまま死ぬんだと思ってた。

 訓練だって、史跡に行のだって、いつも命がけだし」


 思い返せば、もとの世界では、こうしてまともに気持ちをぶつけた事も、ぶつけられた事もなかった。さっき思い浮かんだ様な、不快な反応をしないと主張する人間はいても、しないと思える人間などいなかったのだから。


「貴方から図書室や史跡で協力して欲しいって言われて、役に立つって言われて、嬉しかったよ」


 ここの化け物は、真面目で、誠実だ。

 元の世界では、バカにされ、利用される程に。


「だから、魔王城にも一緒に行こうと思ったの。何か、役に立てることがあればって」


 ヨハンナの視線は、真っ直ぐにこちらを向いている。

 映画やドラマに出てくる主人公ならば、気の利いたセリフも自然に出てきて、きっとそれが「正解」として受け入れられるのだろう。

 そして、どこかで聞いたようなセリフをつなぎ合わせれば、あるいは「正解」と思える返事もできるかもしれない。

 しかし、


「魔王城、一緒に行っても、いい?」


 俺はただ、うなずいただけだった。


〈人間編〉

 諸君、私、アキュラムは今、講義室で授業を受けている。

 座学はいい。

 精神を落ち着かせてくれるし、少なくとも、ノートを取っているうちは、痴漢に間違われることも、棚に小指をぶつけることも、金銭トラブルで先輩にご迷惑をかけることもない。

 もっとも、内容の方は、その、教授の方々には大変申し訳ないのだが、テンタクラー族の私にとって、あまり興味を引くものはなかった。

 なにせ、戦闘に関するものが一つもないのである。

 我々テンタクラー族ははるか古、月のアルミスに棲んでいた頃から、戦を司る種族として生きてきた。今でもそれは変わらず、ある時は街を守護し、ある時は狩りで恵みをもたらして暮らしている。当然、学校でも、戦闘技術がカリキュラムの中心となる。

 しかしである。

 この地では、必修科目は外国語である。

 戦闘技術は影も形もない。

 妖精族が好みそうな会計学や、ドワーフでは必修の建築学はあるというのに!

 まったく、我々テンタクラー族にこの世界は鬼門である。

 いや、どうも、この必修科目が苦手なのは、私だけという訳でもないらしい。

 他の学生も、小さく私語を交わしたり、小さな板(すまほ、というらしい)をいじっている。

 ……いくら退屈だからといっても、こう露骨な態度をとるのはいかがなものだろうか?

 そう思っていると、すまほを触っていた学生が、教授から注意された。

 ほら、言わぬことではない。


「あー、そこのキミも、授業中にキョロキョロしないように」


 そう思っていると、なんと私まで注意された。

 なんという理不尽!

 訴えてくれる!

 が、抗議をする暇もなく、授業が終了。

 あと十分で、次の教室に移動しなければならない。

 ええいっ! これでは、理不尽なる指摘の修正が出来ぬではないか!

 ……いや、私は誇り高きテンタクラー族。

 この程度の怒りで、理性を忘れてはならない。

 次の教室へ向かおう。

 そういえば、次も外国語――正しくは「第二外国語」だったな。

 外国語を二つも必修にするとは、この地の教育制度はどうなっているのだろうか。

 尽きぬ疑問を抱きながら講義室の扉をくぐると、そこには、先輩の姿が。

 一瞬、沈黙が流れた。


「あ、あはは、去年、単位落としちゃって」


 が、先輩はすぐに笑って、沈黙を吹き飛ばした。

 先輩の努力を無駄にするわけにはいかない!

 私は慣れないながらも、必死に表情を動かし、何とか笑みを浮かべる。

 ひきつってなければいいのだが。


「あ、席、埋まってるから、隣、座る?」


 どうやらうまくいったらしく、先輩は荷物をどかして、席を開けてくださった。

 正直、私はまだ、先輩の容姿には、その、ほんの少し慣れないので、隣に座るのは避けてさせていただきたかったというのが本音だ。

 もちろん、私は誇り高きテンタクラー族。

 ここはひとつ、先輩の顔を立てて、一緒に講義を受けようではないか。

 ちょうど、担任のタナカ教諭もいらっしゃった。

 今度こそ、誤解されぬよう、まともに授業を受けよう。


「……ねえ、なに書いてるの?」


 そう思っていると、先輩が小声で話しかけてきた。

 もちろん講義の内容をメモして、と答えようとして、気づく。

 今、ノートに書いているのは、アトラの言語だった、と……!

 思わず青くなる。

 しかし、先輩は、


「あ、もしかして、宗教学の課題かなんか、やってた?

 それ、近所の神社で見つかったていう古文書の文字でしょ?

 昔の答案、オカルト研の部室にもあるからけど――見に来る?」


 驚くべき事実を告げた。


 ※(言葉が出てきても)続きます。

 ※ 次回更新は、2019年5月8日(水)を予定しています。



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