その八 第一歩にはトラブルがつきまとうもの

〈触手編〉


「というわけで、最終目標は魔王城だ」

「いや、ワケが分からんのだけど」


 数日後。俺は魚人のポチとともに、アトラの街の入り口まで来ていた。

 言うまでもなく、狩りに誘ったのだが、


「狩りに行かないと身体がなまる、と言っていただろう?」

「いやいやいや! なんでガーディアンがウヨウヨいる遺跡に行こうとしてんの!

 いつも行ってる洞窟はどうしたぁっ!?」


 目的地を聞かれて正直に答えたら、あっという間に炎上した。

 誇り高き化け物の皆様は高難易度の方を好むだろう、隠す事はない、と踏んだのだが、見通しが甘かったようだ。どうやら無謀と勇気はしっかりと区別しているらしい。化け物のくせに、こういうところは理性的だ。おかげで門前に来ても説得が続いている。


「大丈夫だ。テンタクラー族が誇る資料室の蔵書によると、魔王城の地上部分までは比較的安全と書いてあった。実行したヤツはいないようだが」

「信用できるかぁ!」

「信用できるようにするために行くんだろう。テンタクラー族の資料が正しいと証明できれば、狩りもぐっと効率的になる」

「そういうのはテンタクラー族だけでやれよ!」


 口とエラをパクパクさせながら叫ぶ魚人。キモい。そのくせ、意見はしごく真っ当だ。なるほど、本来ならヨハンナと一緒に行くべきだっただろう。が、月の史跡での一件が尾を引いているのか、学校で話しかけられる事は無かった。こちらから話しかけようかとも思ったのだが、触手が大量に並ぶ教室の中では、俺には誰がヨハンナか判別できない。蜂女の格好でもしてくれればいいのだが、残念ながら学校でモンスターのガワを被るのは禁止されている。ちなみに理由は風紀である。人間だと「髪を染めてはいけません」との校則に近い。化け物のくせに、こういう規則は誰も破ろうとしない。おかげで、どこか心にしこりを残したまま帰る事になってしまった。

 相手は化け物だから、感情的なしこりが残ることはないと思っていたのだが、我ながら意外である。ポチも、無理に遺跡まで連れて行くと後味の悪い結果となるかもしれない。ここは、当初の予定通り森あたりまでで妥協するか。


「しょうがないな。ならいつもの洞窟にしといてやろう」

「アーちゃんよお、はじめから行く気ないなら誘うなよ……」

「で、その洞窟だが、いつもとは違う入り口を見つけた」

「は?」


 間抜けな声を上げるポチをよそに、街から続く整備された道を進む。横には、やはり整備された川。この川に沿っていくと「アキュラムとポチがいつも狩り場に使っていた洞窟」があるわけだが、俺はちょうど洞窟まであと半分というあたり――整備された道が、ただ踏み固められた土道に変わったあたりで足を止めた。

 道の横のフェンスをよじ登り、川の反対側へ触手を伸ばす。いや、伸ばすというより、大量に蟲やら肉やらの塊を生み出すといった方がいいかもしれない。強引に作り出した触手の橋は、楽々俺を川の向こう側に運んだ。


「おお、アーちゃん、絶好調だな」


 川を泳いで渡ったポチが、すぐ横で水しぶきを散らしながら着地をきめる。犬だったら可愛い……いや、あえてコメントは避けよう。俺はそのままポチを連れて、川を越えた先に広がる森の中、道なき道を進んでいく。

 こう書くといかにも厳しい道のようだが、触手生物の身体では、整地よりも歩きやすい。木の枝の間を飛び回って移動するのは、突っ掛りの少ない地面を這い回るより楽だ。魚人にとっても木々が湿度を維持してくれる森の方がいいらしく、ポチも土の上を安定した足取りで歩いている。ただ見た目は……いや、よそう。

 とにかく、順調に足を進めた結果、数分もすると、先ほど、街に流れ込んでいた川の支流、そして、その水の流れに根をつける、巨大な木の前にたどり着いた。

 当初の目的地である「魔法陣」だ。正確には、魔法陣の一端と言うべきか。この巨木と同種の樹が森に5つ点在し、それをつなぐと魔法陣となる。なるほど、森の生命力を集めているだけあって、どこか威圧感のようなものがある。


「で、あの木の根のちょうど裏側に、洞窟に続く道があるみたいだな」


 身体の中から引きずり出した地図を広げながら、ポチに伝える。ヨハンナと描き写した地図だ。


「つーか、そういうの持ってきてるんなら早く出せよ」

「いや、古い地図だから、不安があってな」

「おいおい、パーティ組んで狩りに行くなら調査は済ませとくのが常識だぜ、アーちゃん」

「いや、調査自体は前に済ませた。地図の通り、ワイバーンに襲われたが」

「は?」

「まあ、わざわざ木の前で長々と立ち話をしたんだ。今回も……」


 言い終わる前に、高温のブレスが降り注ぐ。

 俺はそのブレスの先に巨木があることを確認すると、ポチを掴んで川の中に飛び込んだ。


「おごぼごっ! お、おぼれ、溺れる!」

「魚のくせに情けないヤツだ」

「エ、エラを離せ! エラを!」


 間違った場所に触手が引っかかっていた事に気づいて、手を離す。

 ポチは俺ごと、というか周囲の水ごと飛び上がった。


「ハア、ハア、狩りのレートはナナサンだからなぁ!」


 発達した魚人の足によるキモ、いや、恐るべき跳躍力は、川の中の獲物を屠ろうと急降下してきたワイバーンを飛び越えた!

 そのまま落下する勢いで串刺しにしようと銛を構える魚人!

 だが、ワイバーンも振り向きざまにブレスを吹き出す!

 ポチの周囲の水が、高温の炎をせき止める!

 押し勝ったのは、ワイバーン!

 だが、それを触手が受け止める!

 焼けた後から切り捨てては次々と触手を生み出して、壁を維持、そのまま開いた口に飛び込んだところで、一気に触手を膨らませ、


「やれっ!」「おうっ!」


 ポチが触手の壁ごと、ワイバーンの喉を貫いた。

 ワイバーンはくぐもった咆哮を上げ、しかし、間違いなく大地に倒れ伏す。


「よし、第一関門突破だ」

「おう……って、なに喰ってんのお前!?」

「いや、ほら、肉、使っちゃったから」


 ワイバーンの死体に取り付いて消化していく俺に、ぷるぷる震える魚。

 キモい。いや、キモいのは俺か? 気持ちは分かる。ここに来たばかりの俺も、この体外消化はないと思った。


「さっきナナサンって言ったばっかだろうがぁー!」

「え? そっち?」

「え、そっち、じゃねぇ! その肉いくらで売れると思ってんだ!」

「金貨千枚ぐらいじゃね?」

「分かってんなら離れろや!」


 体外消化を続ける俺に、ポチが叫ぶ。


「まあ、そう言うな。これはやるから」


 俺は慌てることなく、ワイバーンの口から炎のように赤い宝石を差し出した。

 火脈石と呼ばれるもので、膨大な魔力が詰まっている貴重品だ。


「いいのかよ? それ、二千五百は軽いぜ?」

「七対三に分けるんだろ? それに、俺は肉のほうが大事なんだ」


 本当に七対三(魚人の言うナナサン)で分けるとは思ってなかったのか、意外そうに受け取るポチ。俺は喰った肉で燃やされた分の触手を回復していく。身体をグチョグチョ動かすこと数分。ようやく再生を終えた俺は、ポチに声をかけた。


「さて、喰い終わったし、洞窟行くぞ? ナナサンはこのワイバーンだけだからな」

「ははっ! 言うと思ったぜ!」


 機嫌よく笑い声を上げるポチ。もっとも、魚だけに表情は動いていない。代わりに足と腕がプルプル動かしている。これが魚人族の感情表現なのだろう。俺は目をそらしながら洞窟へと入った。


「しかし、中は意外に静かだな。

 地図によると、この辺でモンスターがいるはずなんだが?」

「ああ、これは『外れ』だったか?」


 ポチの言う「外れ」とは獲物がいない狩り場という意味だ。古い地図に乗っているような狩り場だと、既に獲物が狩り尽くされている事もある。そういえば、テンタクラー族の資料にも、勇者の通った道はモンスターが多く、魔王討伐後は狩り場として人気になったとあった。数千年と経つうちに、獲物が狩り尽くされてただの森になり、勇者の存在もろとも忘れ去られたのだろう。俺としてはありがたい。このまま遺跡につながる空洞まで行ければ……

 が、わずかな期待が油断になったのか、卵状の物体が、足元に転がっているのに気づかなかった。

 殻を砕く特有の音が、洞窟に響く。


「あ」

「あ、って、おい、それっ!」


 ポチが叫んだのも無理はない。

 踏みつぶしたのは、「ガーディアンの卵」と呼ばれる「罠」だったのだ。

 この「罠」、見た目は卵そのものなのだが、中にはガーディアンの幼体、通称ガーディアンベビーが入っている。ガーディアンとしては本物の卵と思って近づいてくる敵を狙っているつもりなのだろうが、探索者からすればとんでもないトラップボックスである。地図にも載っていたが、当時の記録だと置いてある場所はもう少し先だったので油断していた。

 気の緩みを裂くような、甲高い叫び声。

 同時、体調三〇センチほどの人型の影が飛び出してきた。人型、と言っても大きな頭に大きな目、だが身体は小さくやせ細っている。エイリアンのような見た目だが、どういうワケか力は強く、肉弾戦を得意とし、その腕は鉄をも引きちぎる。

 が、触手に肉弾戦は通用しない。

 殴り掛かって来た宇宙人モドキを受け止め、暴れているうちに触手で絡めとる。そのまま、体外消化を始めた。


「うへぇ。よくそんなの喰えるな……」


 ポチが引いている。どうやら「毛の生えていない人型」は魚人族の視点ではゲテモノらしい。まったく、化け物の美的センスは理解できない。


「しかし、ここにコイツがいるってのは、どういうことなのかね? ガーディアンは、遺跡にしかいないはずだろ?」

「確かに気になるな。ガーディアンベビーを1匹見たら、30匹いると思えって言うし」

「は?」


 ポチの間抜けな声をかき消すかのように、洞窟の右奥の壁がはじけ飛んだ。

 いや、壁と見えたのは、洞窟の床から天井まで積み重なる、卵の塊だったのだ。もとは別れ道だった通路の片方を、見事に塞いでいたことになる。どちらの通路も遺跡に通じているはずだが、どちらへ行くにしても、洞窟の天井まで積み重なる勢いで迫ってくる宇宙人モドキを何とかしなければならない。

 地図に描いてあった、第二関門だ。

 もちろん、対策は考えてある。鍵はポチなのだが、


「うぎゃぁぁああああ!」


 そのポチは、悲鳴を上げて逃げだした。俺は慌てて追いかける。


「おい、お得意の水で川に落とせ! 奴らは泳げん!」

「はあ!? 街に流れ込んでる水だぞ! あんなヤツらを放りこんだら魚人族の恥さらしだ! 同朋から袋叩きにされるわ!」

「使えない魚だな」

「んだと! お前こそ! 消化液で何とかしろよ!」

「あんな数が消化できるわけがないだろう?」

「どっちが使えねぇんだよ! ちくしょう!」


 ……まさか魚人の美的センスで失敗するとは思わなかった。

 どうやら、第二関門を突破するには、別の攻略法を考えなければならないようだ。

 これからまた、図書室だの資料室だのにこもる日々が続くな……。


〈人間編〉

 諸君、私ことアキュラムは今、ガクショクなるところに来ている。

 要は、食堂である。

 ゴミ拾いという、床材より難しい問題に直面した時は、どこに連れていかれるのかと思ったものだが、先輩は私がまだ食事を口にしていない事を知ると、ここに案内し、簡単に利用方法を教えてくれた。


「すみません。助かりました」

「いいよ別に。初めてだと、ここってちょっと分かり難いし……それより、掃除、手伝ってもらおうとするの、断ってゴメンね?」


 そして、ゴミをまき散らかした時から続く気まずい空気を何とかしようと、いろいろと気を使ってくれる。まったく、構えてしまった自分が恥ずかしい。せめて、好意にはキチンと応えるべきだろう。


「いえ。正直なところ、自分もどうすればいいか分からなくなってしまって……今思うと、掃除の間、隣でじっと立ちっぱなしだったのはよくありませんでした」

「あはは、まあ、ああなったら、誰だって混乱するよね」


 なるほど、人間はこうやって笑うのだな。

 アトラでも、獣人族はコミュニケーションをとる上で表情がもっとも大切だと聞くが、なるほど、先ほどの気まずい雰囲気が霧散している。常識に従えば、私も笑って会話すべきなのだろう。憑りついた人物の知識で笑い方も分かる。

 しかし、私はテンタクラー族。

 どうにも、先輩の容姿のせいで、素直に笑い合うことが出来ない。

 いや、別に先輩が人間の中でも特に醜いとか、そういう事ではない。

 ただ、我々テンタクラー族にとって、毛の抜け落ちた獣人そのものが、あまり美しいと思えないのである。

 なに? お前の美的センスは良く分からない?

 ならば、得体のしれぬ多足類が等身大になり、寄ってくる光景でも想像するがいい。もし、諸君が私の憑依している人間と同じ感性の持ち主なら、きっと皮膚がゾワゾワする感覚を思い起こすはずだ。

 もちろん、九十四円を建て替えてくれた上、現在進行形で便宜を図ってくれる先輩を、そのようなおぞましいナニかに例えるのはよろしくないとは分かってはいるのだが、長年身につけた感覚はどうしようもない。

 そもそも、我々が異質な特徴を持つ相手を気持ち悪――いや、美しくないと評するのは、相手の危険性を見た目から判断する能力の一種であり、戦士として必要なものだ。人間が毒虫を気持ち悪いといって、本能的に避けるのと同じである。無表情を保つだけで精一杯となっても、見逃していただきたい。


「この間、サークルの話したけど、考えてくれた?」

「初回の授業の後、オリエンテーリングがあるんだけど、知ってる?」

「サークルの紹介とかもやるから、気が向いたら部室まで来てよ?」


 しかし、当然というべきか、私がテンタクラー族と知らない先輩は、親切にも話を振ってくださる。

 い、いかん。ここは無理にでも笑わなければ……


「あ~、もしかして、興味ない? ゴメンね?」


 が、笑う前に謝られてしまった。

 今朝に引き続き、先輩に謝罪されるとは、このアキュラム、一生の汚点である。

 取りなしておこう。

 しかし、そう思ったとたん、予鈴が鳴った。慌てて叫ぶ。


「そ、その! すみません! どうも、こう、話しかけられるのが初めてで……」


 先輩はきょとん、とした顔でこちらを見ていたが、すぐにまた笑い始めた。


「ああ、ごめんごめん、緊張させちゃった? まあ、興味があったら、オリエンテーリングの時、部室まで来てよ? 歓迎するから。ところで――」


 そして、席から立ち上がった先輩が、冗談まじりに付け加えた。


「お金、今日は足りる?」


 この後、冗談が冗談でなくなったのは言うまでもない。

 よもや一生の汚点を、この短時間で繰り返すことになろうとは……。


 ※(美的センスがおかしくても)続きます。

 ※ 次回更新は、2019年5月4日(土)を予定しています。

  (GWという事で倍速更新です)


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