その四 罠とは突然襲い掛かるもの

〈触手編〉


「昔はこの月――アルミスも、アトラと同じ緑があふれる星だったの。

 テンタクラー族の始祖はね、そんなアルミスの王様だったんだ。

 でも、すごい大災害が起こって、今みたいな砂だけの星になってしまった……

 だから、テンタクラー族はアトラに移ったんだけど、最近の研究で、アルミスが砂の星になった時期と、魔王城の出来た時期が同じって分かったの。

 それで、この二つには何か関係があるんじゃないかって……」


 魔法陣が描かれた黒い柱の間を、図書委員の触手――ヨハンナというらしい――の話を聞きながら、歩く。

 やけに詳しい、と思ったら、両親は歴史遺産を管理する仕事についているのだという。ヨハンナが学校で図書委員をやっているのも、こどものころから歴史の話を聞かされた影響というわけだ。


「しかし、地上と月だろう?

 魔王城と成立時期が同じ、というだけじゃ、偶然という可能性もあるのでは?」

「それが、この先の大きな柱からいける場所に、魔王城に関係する資料が見つかったの。始祖が資料室に使っていたと考えられてる場所なんだけど……」


 柱、というよりピラミッドに近い、真っ黒な三角錐状の物体に、触腕をかざすヨハンナ。表面に書かれた不気味な魔法陣が、心臓のように脈打ちながら変形し、扉のような記号に変わったかと思うと、ぽっかりと穴が開き、入口が現れた。

 中は、真っ黒な空間に白い本棚が並ぶ、奇妙な部屋。

 どうやら、ここが始祖の資料室らしい。

 周囲を見回す俺をよそに、ヨハンナは迷うことなく本棚の間を進み、タイトルのない本を取った。手渡される。銀色の表紙にタイトルは書かれていない。

 代わりに、何かウヨウヨ動く、思わずモザイクをかけたくなるような見た目の、小さな触手生物が引っ付いていた。


「うげっ!」

「ぐがっ! 何しやがる!」


 思わず放り捨てると、ヒキガエルがつぶれたような声が聞こえた。

 あまり考えたくないが、本に引っ付いていた触手だろう。


「あ、もう、ダメだよ。急に手を放したりしちゃ。その子、飛べないんだから」


 飛んでくる奴がいるのか!

 宙を浮かぶモザイク必須の生物を想像して悲鳴をあげそうになるも、何とかこらえ、本を摘み上げる。

 ……鎧を着て来てよかった。さすがに素手で持つ勇気はない。


「あ、ああ、えーっと、その、悪かった。つい……」

「チッ……気を付けろよ?

 このオレが棲んでやる本棚なんかそうないんだからな」


 当り前だ。学校の図書室にお前みたいなのが居たら、本を読むどころではなくなってしまう。

 今度は文句を言いたくなる衝動に駆られたが、気力で押さえつけ、ヨハンナへと向き直る。


「ええっと、こいつは……?」

「あ、うん。本の妖精のレムス。この資料室の調査に協力してもらってるの」


 なるほど、地球の妖精が万物の霊長たる人間を小さくした姿をしているように、宇宙の妖精は支配者の触手を小さくしたような姿をしているという訳か。

 知りたくなかった事実にうんざりしながら、表紙をめくる。

 少なくとも、本を開いている間は表紙を見なくて済むからだ。

 適当に開いたページには、四角い部屋に白い長方形が並んでいる部屋が描かれ、横には何やら本のタイトルのようなリストと共に、「レベル1資料室」とある。


「もしかして、ここの地図か?」

「そうだ! 一万二千年前から続く資料室……っておい!」

「あ、だから、手を離しちゃダメだって!」


 ヨハンナに声をかけた途端、表紙にへばりついていた(触手の)妖精が開いたページの真ん中から現れ、またしても本を放り出してしまった。

 今度はヨハンナが綺麗に受け止める。


「ああ、悪い。急に声をかけられたものだから、つい条件反射で……」

「だぁ! もう、これだから最近の若いモンは!

 声だけで攻撃とかどんだけ脳筋なんだ! 少しはこの嬢ちゃんを見習え!」


 攻撃の意思はなかったんだが……いや、それよりも、嬢ちゃん?

 ああ、ヨハンナのことか。

 会話ひとつでも次々湧いてくる疑問を再び気合で押さえつけ、本をヨハンナに押し返す。


「本はヨハンナが持っててくれ。というか、なんで俺に見せようと思ったんだ?」

「あ、うん。もう少し先のページに、レベル3の資料室っていうのが載ってるの。で、巻末にはどのレベルの資料室にどんな本が置いてあるかが書かれてるんだけど、レベル3は魔王城に関係する資料だってあるから……」

「なるほど、つまりはそこへ行けばいいわけだな」


 入り口とは反対側に目を向けると、白い扉。

 この先に帰る手掛かりがあるという訳だ。

 ようやく見つかった帰るための道筋に、早速、一歩踏み出す。


「一緒に来てくれるの?」


 が、ヨハンナからはさも意外そうな声が上がった。

 またしても、常識が常識でなかったのだろうか?


「何か問題があるのか?」

「え? それは……ないけど」

「いいじゃねぇか。

 せっかく嬢ちゃんの理解者が出てきたんだから、手伝ってもらえば」


 いや、今まさに理解に苦しんでいる最中なのだが。

 心の中でツッコミを入れながら、そして出来るだけ姿を見ないようにしながら、レムスに話しかける。


「理解者、とは?」

「ほれ、『誇り高きテンタクラー族の戦士は、戦功を上げてこそ!』とか言って、みんなこういう遺跡には見向きもしないだろ? 嬢ちゃんみたいな、非戦士系の家系は肩身が狭いんだよ。まったく、キッチリ製本された資料が泣くよな」


 あの無駄に多い図書室の蔵書にこもっている間、ポチに変な目で見られ、ヨハンナが何かと声をかけてきたのは、そのせいか。どうやら、変に同族意識を持たれたらしい。まったく、泣きたくなる。


「俺が一緒に行かなきゃ、どうするつもりだったんだ?」

「え? 私ひとりで資料を取りに行くつもりだったけど……」

「おい、そっちの戦士様ならともかく、嬢ちゃんがトラップだらけのこの遺跡を超えられるわけないだろ?」

「でも、私もテンタクラー族だし、案内した以上は責任を取らないと……」

「いや、始めから案内するなよ!」

「テンタクラー族は、命惜しさに同胞へ貸せる力を惜しんだりしません!」


 トラップがあるのか! というツッコミを入れる間もなく、レムスとヨハンナの間で展開される論争。

 互いの無理解と思想の違いからくる争いほど不毛なものはない。

 現代社会でそう教えられ続けた俺は、とりあえず割って入る。


「俺は魔王城に挑戦したい。そのためには早急に資料が必要だ。探してもらっている時間も惜しいから同行する。つまりは早く先に進みたいんだが?」

「あ、う、ん。ごめんなさい」

「そんな怒るなや。嬢ちゃんに悪気はなかったんだから」


 ようやく静かになった二匹に背を向け、奥の扉へ。

 開くと、長い階段が続いている。


「さっきトラップがあると聞いたが、どんなトラップがあるんだ?」

「お? 知りたいか? なら三十ゴールドだ」


 が、踏み出した一歩は、容赦なくレムスによってくじかれた。


「金をとるのか?」

「当たり前だ! こちとら妖精族!

 ばっちりナビはするが、それ相応の対価ももらう!

 なにせそれで生きてるんだからな!」


 先ほど静かになったのはどこへやら、威勢を取り戻すレムス。

 金自体はあるのだが、こういう態度を取られると、払いたくなくなるのが人情というものだ。


「では、本をよこせ。直接見れば事足りる」

「は? いや、それは困る……」

「何故だ?」

「何故ってそれは……ほら!

 テンタクラー族なんだから、読んでる時間があれば訓練に使うべきだろ!」


 つまりは、戦闘行為を至上とするテンタクラー族から、戦闘以外の事が書かれた本をよこせなどと言われたことがないのだろう。まったく、金にがめつい連中はどこの世界でも他人の精神的空白入り込もうとする。


「だ、大体、三十ゴールドを渋るとか恥ずかしくないのか!」

「その分、装備品に資金をかけるべきだな」

「い、いや、訓練に当てる時間の方がよっぽど大事だろ!

 本読む時間が増えるんだぞ!」

「勝利のために、情報をじっくり吟味するのも、重要な戦闘行為の一部だ」

「……お前、ホントにテンタクラー族か?」

「……ヨハンナ、本を貸してくれ」


 痛いところを突かれて、強引にヨハンナへ話を振る。

 ヨハンナは何がおもしろいのか、身をくねらせて笑いながら、本に触手を絡みつかせた。


「大丈夫だよ、私が払うから。

 普段、レムスには資料探すの手伝ってもらってるし、機嫌悪くされても困るし」

「その時は、他の妖精を雇ったらいいのでは?」

「だぁー! 純情な嬢ちゃんに余計なこと吹き込むんじゃねぇ!」


 本の隙間から尖った触手を振り回すレムス。

 既得権益にしがみつく連中が感情的になるのも、どこの世界でも変わらない。

 まあ、俺としては情報が得られるなら問題ない。

 早速、ヨハンナに問いかけた。


「で? 結局トラップは何なんだ?」

「えっと、『最初の扉をあけっぱなしのまま一定時間が経つと、足元が崩れる』」

「だから、それ読むの俺の仕事ぉーーーおっ!?」


 レムスがヨハンナを止めようとした瞬間、トラップが作動。

 そのまま3匹そろって、地下深くへと落下していった。


〈人間編〉

 諸君、私ことアキュラムは今、毎度のごとく困った状況に陥っている。

 言うまでもないことだが、戦士たる私には毎日欠かさず訓練を行うという、崇高にして神聖なる義務がある。これは少し変な、いや、変わった獣人に憑依したからといって揺らぐものではない。つまり、我々テンタクラー族にとって、トレーニングルームは生活必需品と言っていいものなのだ。

 それが、ないのである。

 魔法が存在しないのだから、狩り場に直結する魔法陣もないことはある程度覚悟していたが、獣人族のトレーニングルームのように、器具が置いてある部屋があるだろうと、そうでなくとも、近くに狩り場があるのだろうと、そう思っていた。

 が、ないのである。

 この身体の持ち主の知識を探る限り、アトラで獣人族が使っているようなトレーニング器具は高価な上に場所を取るため、一般家庭には導入されず、狩り場に至ってはそもそも存在しないという。

 地球に来てから驚愕の連続ではあるが、これほどの衝撃を受けたのは初めてだ。

 これでは義務をこなせないではないか!

 いったい、人間なる種族はどうやって身体を維持しているのだ?

 そう思ったとたん、「筋トレ」なる簡単なトレーニング方法が思い浮かぶ。

 何と、自重で訓練するのが主流であったか!

 早速、やってみよう。

 まずは腕立て!

 触手なら筋肉は肉を喰って増やせばいいが、この身体ではそうもいかない。

 とりあえず、百回、いや、人間は十進法が基本のため百三十回か? とにかく、テンタクラー族で基本となる十三進法で百回くらいはやっておこう。

 次にスクワット!

 我がテンタクラー族と異なり、移動専門の脚がある。

 こちらも重要な部位。鍛えなければならない。やはり百回ほどやっておくか。

 そして腹筋!

 いちいち消化器官近くの筋肉も鍛えなければならないとは……。

 こちらも加減が分からないが、とりあえず百回ほどこなしておこう。

 ぐ、しかし、何とも身体が重いな!

 どうやらこの身体の持ち主、少し前まで受験という難関の試験を突破するため、学業に明け暮れ、身体をロクに動かしてなかったらしい。

 しかし、文官志望とはいえ、これでまともに生活ができるのだろうか?

 これでは狩猟どころか、まともに鎧も着られないのでは?

 まあ、いい。

 鍛え直せばいいだけの話!

 このアキュラム、たとえどんなに現実が厳しかろうと、乗り越えてみせる!

 さあ、基礎的な肉体のトレーニングが終われば、実戦的な運動だ!

 幸いにして、私には狩りを少しでも有利にするため、獣人族の鎧を着こんでの剣の扱い方や、剣を失った時のための徒手空拳を身につけている。

 残念ながら刀がない以上、剣術の鍛錬はできないが、徒手空拳での練習は容易!

 相手を目の前に想像し、拳を振るい、蹴りを放ち……

 ぐわぁ!

 足の小指が棚の角にぃい!


 ※(小指をぶつけても)続きます。

 ※ 次回更新は、2019年4月10日(水)を予定しています。

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