最終ミッション:学園最後の男女をカップルにせよ!
毒針とがれ
最終ミッション:学園最後の男女をカップルにせよ!
教室の中は異様な空気に包まれていた。
授業のない日曜日にも関わらず、クラスの一同が会して着席している。その面持ちの真剣さたるや、期末テストの前すらも上回るだろう。
「諸君、本日はよく集まってくれた」
やがて、教卓の前に座っている議長らしき男子生徒が口火を切った。
「あまり前置きをしている時間もない。早速だが、我らがクラス・・・・・・いや、我らが学園全体の未来に関わる問題について、皆の知恵を拝借したいと思う」
すると、クラスの皆が一斉に顔を起こし、一点に視線を注ぐ。教卓・・・・・・いや、その隣に座らされている、一名の男子生徒に。
「むぐっ! むぐっ!」
控えめに言って、ふくよかな体型の男子だった。
風船のように丸々と膨らんだ太鼓腹から、学内での彼の通称がト○ロかカビ○ンであることは想像に難くない。
「むぐーっ! むぐぐーっ!!」
だが、彼が何かを主張しようとしても声にならないのは、決して彼の肉付きの良さが原因なのではない・・・・・・猿ぐつわを噛まされて、ロープで椅子に縛り付けられているからである。
ジタバタと暴れる小太り男子を無視して、議長は黒板に大きな文字で本日の議題を書き殴った。
『目指せ カップル成立率100%!』
「この小太り・・・・・・木鳥くんにどうやったら彼女が出来るか、徹底的に話し合おうと思います!」
「・・・・・・ぷはぁ!」
ようやく猿ぐつわを外してもらった木鳥浩一は、大きく息を吸い込んだ。
「まさか普通に高校生活を送っていてこんな非人道的な扱いを受けるとは思わなかった・・・・・・ひどいよ、小林くん」
「無駄口は控えてもらおうか、木鳥くん」
議長・小林は辛辣に言い放った。
「私はそんな言葉を聞くために君の猿ぐつわを外したのではない。君が何か言いたくて仕方がないようだから、発言を認めてあげたのだ。早く主張したまえ」
「じゃあ言わせてもらうけど、こんなの余計なお世話だから今すぐやめてよ」
「シャラップ!」
わずか三秒で前言を撤回する議長・小林だった。
「君も知っているはずだ。全国に栄えある我らが学園の特色を」
「そりゃ、知ってるけど・・・・・・」
この学園、私立番ヶ丘高校は学力偏差値こそ並以下のFラン高校であるが、その反面、恋愛偏差値は全国でもトップクラス。
要するに、学内カップルがものすっご~く多いのである。
その数たるや、全校生徒720名中なんと718名!
一部の例外を除き、在校生の全員が他の生徒とカレシとカノジョの関係なのである。
「この数字を見て何か思うところはないかね、木鳥くん?」
「分かってるよ。要するに、『一部の例外』である僕が彼女を作ればコンプリート達成ってことでしょ?」
「その通り!」
議長・小林の拍手を皮切りに、着席しているクラスメイトたちからも拍手を送られる。
「恋愛トップ校として栄えある我が校にとっても、コンプリート達成したことは未だかつてない・・・・・・君のように異性から相手にされず、どうしても売れ残ってしまう人間がいるからな」
「言い方ひどすぎない!?」
「だが私は、そのような悪習に終止符を打つ! 必ずや非モテの木鳥に彼女を作り、前人未踏のコンプリートを達成してみせる!」
先ほどよりも大きな拍手に教室が包まれる。
「議長。志は立派ですが、一つ大きな問題が」
「言ってみたまえ、村瀬くん」
「女子側の最後の一人が、『あの』針金はねるです」
しーん。
直前までの活気が嘘のように、教室内が静まりかえる。
針金はねる。
それは、学内でも一、二位を争う有名な女子だった。
凜とした外見から入学当初の男子人気は非常に高かったが、凍り付いたように笑わない顔と「寄らば斬る」とでも言わんばかりの厳しい態度に、寄りつこうとした男子全員の心がへし折られたという逸話を持つ。
人呼んで、『アイアンメイデン』。
誰も手を出さなかったのではなく、誰にも手が出せなかった。
「誰とも付き合っていない」という属性だけで見れば木鳥と同じだが、その理由はまったくの真逆なのであった。
「非モテの木鳥に彼女を作るというだけでも難題なのに、よりによって相手がアイアンメイデンとか・・・・・・」
「思い出すだけで身震いがする。一年の頃、あの女は虫ケラを見るような目で俺のことをにらみつけたんだ・・・・・・」
「何か、何か攻略の糸口はないのか!?」
クラスメイトたちが議論を交わすが、一向に解決案は出てこなかった。
(・・・・・・なんだかなぁ)
ロープで椅子に縛り付けられたまま、木鳥はため息をついてしまう。
別に番ヶ丘高校がカップル率が高いのは事実だし、小林のように偉業を達成したい人間の気持ちは分かる。だが、そのような周りの事情に振り回される側はたまったものではない。
三年間で針金さんと会話したことなど数回しかないが、彼女もそういう学園の空気・・・・・・同調圧力がイヤだったのではないだろうか。
だから鋼鉄の仮面で、心を閉ざしてしまったのではないだろうか。
「あー、皆さん。ちょっといい?」
議論を紛糾させているクラスメイトたちに、木鳥が呼びかける。
「針金さんを攻略する方法について、僕から提案があるんだけど・・・・・・」
木鳥は思いついた『計画』をクラスメイトたちに説明する。すると、先ほどまで頭を抱えていた面々が、驚きに目を見開いた。
「木鳥・・・・・・貴様、実は天才か!?」
「小太り体型というマイナスをプラスに変える魔法・・・・・・これはいける!!」
湧き上がる空気を受けて、議長・小林が再び黒板に大きな文字を書き殴る。
『プロジェクト・オウル』
「・・・・・・切り札は、フクロウだ!!」
そんなわけで、次の日。
本日は高校生活の締めくくりである卒業式。急ごしらえで『計画』を整えたクラスの皆は木鳥と一緒にアイアンメイデンこと針金はねるを待ち構えていた。
「ついに決戦の時がやってきましたね、議長」
「ああ、あと一日でもズレればコンプリート前に卒業してしまうところだった・・・・・・間一髪で滑り込めたな」
「行き当たりばったり過ぎない、君たち?」
などと木鳥がため息をついたのもつかの間、教室のドアが勢いよく開けられる。
凜とした足先が、灰色の床を踏みつけて現れた。強く鳴らされる音、髪をかき上げる仕草、そして射貫くような瞳・・・・・・その全てが彼女の持つ拒否の意志の表れだ。
アイアンメイデン、針金はねる。
難攻不落の鉄乙女が今、教室へと入場した。
(相変わらず、恐ろしいプレッシャーだ・・・・・・!)
クラスの皆の中に緊張が走った。この三年間、誰一人として陥落させることはできなかった彼女。そんな彼女相手に、木鳥という最弱の駒をぶつけて勝利をもぎ取らなければならない。
はっきり言って、無謀な勝負。
だが、少なくとも不戦敗だけはあり得ない。
「針金さん!」
入学以来最高の力強さで、木鳥は声を発した。
「・・・・・・っ!?」
針金は目を見開いた。
だが、それは声の大きさに驚いたからではない。木鳥の出で立ちが、あまりに奇妙だったからだ。
その姿、あまりにずんぐりむっくり。
フカフカとした羽毛の着ぐるみの身にまとって、木鳥は教室のど真ん中に立っていた。
持ち前のふっくらとした体型も相まって、さながら、その姿は巨大なフクロウである。
追い打ちをかけるように、木鳥は叫ぶ。
「ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください!」
プロジェクト・オウル。
それは、巨大なフクロウに扮して木鳥が告白するという、一種の奇襲作戦である。
実行に移す決め手になったのは二つ。
一つは、針金はねるが所属している部活が『夜鳥研究部』であり、フクロウをこよなく愛していること。
もう一つは、小太り体型の木鳥はフクロウに似てると言えなくもないこと。
それだけだ。
迫真の告白から、およそ十秒が経過した。
教室の中は奇妙な空気のまま静まりかえっていた。端的に言って、リアクションに困っているようにも見える。
「・・・・・・議長、我々はとんでもない間違いを犯したんじゃ」
「そもそも、どうして行けると思ったのか今では疑問だよ」
きっと煮詰まった空気を取っ払ってくれるなら何でも良かったのだろうと気づいたときにはすでに手遅れだった。
珍妙な告白をされた針金は、わなわなと肩を震わせていた。そのまま大きく目を見開き、そして・・・・・・
ぶはっ。
「あはっ! あははははっ! あははははははははっ! ちょっと何これ、超ウケるんですけど。あははははははははっ!!」
アイアンメイデン、破顔。
三年間、誰にも笑顔を見せなかった針金はねるが、腹を抱えて大笑いしていた。
「これ、私のために用意したわけ? 卒業式の日に何やってんのよ、もう」
「・・・・・・卒業式だから、かなぁ」
正直に言えば、こんな妙な計画で針金を射止められるとは木鳥は思っていなかった。
ただ三年間、一度も笑顔を見せなかったアイアンメイデンをクスリとでも笑わせてあげたいと思っただけだったのだが。
「木鳥くん・・・・・・だっけ? 優しいんだねぇ」
ドキッとするような、いたずらっぽい笑みだった。
「ねえねえ、お腹ちょっと触ってみてもいい?」
「・・・・・・どうぞ」
すると、着ぐるみ越しに木鳥のふくよかな腹がプニプニと楽しまれる。
「ふふっ、柔らかいねぇ。この感じ、私好きかも」
「えっ」
「これからよろしくね、フクロウくん」
赤面する木鳥を、針金はぎゅ~っと抱きしめている。
「議長・・・・・・奇跡が起きましたよ」
「ああ・・・・・・おめでとう、木鳥くん! 無事にコンプリート達成だ!」
ついに誕生した最後の番いに、クラスの皆は盛大な拍手を送って祝福するのだった。(完)
最終ミッション:学園最後の男女をカップルにせよ! 毒針とがれ @Hanihiro
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