青空にフクロウ

拝師ねる

青空にフクロウ

「君の願いは何? ひとつだけ、叶えてあげる」

 そう問いかけられた。

 これが童話なら、魔女は永遠の若さを願うかも知れないし、漫画であるならば主人公は最強の強さを求めるかも知れない。

 だけど僕は、何も持たないフリーター。色あせた毎日を生きるだけで精一杯。夢や希望といったものは、いつの間にか忘れてしまった。今更、何を願うというのだろうか。


 子どもの頃、なんのイベントだったか、僕はビンゴゲームでぬいぐるみを当てた。

 それは白い、フクロウのぬいぐるみ。

「フクロウは縁起のいい鳥よ、よかったわね」

 一緒にいた母親は、そう言っていた。

 たいして可愛くもないその顔を覗き込むと、わずかに微笑んだ気がした。

 

 僕は、どちらかというと運が悪い。子どもの頃から、そう自覚していた。

「お前、去年も大凶ひいてなかったか?」

 ゲラゲラと、大吉を手にした兄に馬鹿にされた。


「また雨だよ。雨男は来んじゃねぇよ」

 楽しみにしていた同級生たちとのサイクリング。三度目にして、僕が行かなかった日だけ、見事に晴れた。


「ずっと好きでした。僕と付き合ってください」

 勇気を出して振り絞った、ありふれた言葉。

 直後に鳥のフンが僕の前髪を白く染め、嫌悪の表情で走り去られた。


 そして、僕は大人になった。誰でも平等に年をとり、この不平等な世界を生きなければならない。

 

 それらに終止符を打つはずの、最後の日だった。


 玄関に置かれた、ほこりを被った白いフクロウが僕に問う。

「君の願いは何?」

 ――金があれば僕は変われるだろうか。

 いや、きっと周りが変わるだけで、僕は何も変われない。

 ――永遠の命があれば……

 ダメだ。終わりのない苦痛を誰が望むというのだ。

 ――いっそのこと、この世界を滅ぼす、とか?

 つまらない。僕から見れば、自分が消えるのと世界が無くなるのは同じこと。


 そうだ。

「ふくろう、君の願いはなんだい?」

 あのとき、違う人間に当てられていれば、もっと楽しい時間を過ごせたかもしれないね。

 君を自由にしてあげよう。そう思って、僕は白いフクロウに問いかけた。

 それを僕の願いとして叶えてもらうために。


「ボクは、もっとこの世界を見てみたい」

 予想外の答えが返ってきた。だけど、僕には別に、何でもよかった。


「ふくろう、好きに見てくるがいいさ。それを僕の願いにするよ。じゃあね」

 再び、白いフクロウは微笑んだ。今度ははっきりとそうわかる。


「ボクにつかまって」

 何の気なしに、僕はぬいぐるみを手に取った。

 バサバサと、白いフクロウは大きな羽を広げた。

 玄関を抜け、高く、高く、上昇する。青空が大きくなり、僕の住む町はどんどん小さくなる。

 僕は必死にしがみついた。ホーホーという鳴き声が、青空にこだまする。

 

 山を越えて、隣の町を見下ろす。

 海を越え、カラフルな建物に目を奪われる。

 砂漠を越え、熱に揺らめく町では人間が争っていた。


 世界は色に満ちていた。感情が、溢れていた。

「もっと、この世界を見てみようよ。大丈夫、ずっと一緒だから」


 気づくと僕は、自宅の玄関に立ち尽くしていた。涙が零れていた。

 今まで押し殺していた気持ちが流れ出す。それは清々しい、夏の清流のようだった。


 そして僕は、もう一度歩きだした。昨日や今日ではなく、明日へ向かって。

 夜行性であるはずのフクロウが見せてくれた、青空の白昼夢を道しるべに。

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