第10話 物語を紡ぎ出すのは楽しいです

 物語を紡ぎ出すのは楽しいです。



「遠野さん。リンドバーグって知ってますか?」

「大西洋横断のか?」

「いえ、WEB小説サイトの作家応援AIです」


 どうにもご存じないようなので説明をして差し上げます。


「文章を投稿すると物凄く褒めてくれるんです。『凄いです』『面白いです』『PV伸びませんけど私はいいと思います』って」

「……それ褒めてるか?」

「物書きは、誰かに、たった一言『面白い』と言ってもらえるだけで数万文字書けちゃう人種なんです」


 逆に、理解されないと一文字も書けなくなる人種でもあるのですが。


「なんかあったのか?」

「……編集さんに『なんかイマイチなんだよね』と、書き直しを命じられまして」


『なんとなくよくない』というのは、作家の寿命を十年単位で抉り取る言葉の凶器です。

 直そうにも方向性が見えないと無駄に迷走してしまい、挙句、もがいて書き上げた改稿案は『そっちじゃない』という一言でバッサリ切り捨てられる。そんなことが日常茶飯事なんです。


「つまり、新作がよく分からない理由で没を喰らったと」

「うぅ……っ、編集さんめぇ……」


 編集さんが悪いわけではないのに、八つ当たりをしてしまいます。


 そんなわたしを救ってくれる存在、それが作家応援AIなのです!


「褒められるって尊いです!」

「おい、ちょっと目がヤバいぞ! 一回落ち着け」


 遠く、誰も傷付かない夢の世界へ旅立ちかけていた思考が遠野さんによって引き戻されてしまいます。

 痛みと苦悩の現実世界へと。


 思わずため息が漏れます。

 ため息を吐く度に幸せが逃げていくと言われています。

 今、この喫茶店内にはわたしの幸せがふよふよと漂っていることになります。


「遠野さん、お店の窓という窓に目張りしてください」

「どういう思考の飛ばし方をしてるんだ、お前は」


 そうしたら幸せは逃げられません。

 この喫茶店にいる間、わたしは幸せでいられるはずです。


「いいんです……ここにいればわたしは幸せなんです。もうずっとここにいます。居座ります。住みついてやりますもん……くすん」

「…………」

「…………」

「……なに言ってんだよ、しっかりしろよ」


 なんだか間がありました。

 顔を上げると、慌てた様子で顔を逸らされました。

 ……むぅ、つれないです。


「す、好きなだけいてくれても、まぁ、別に、こっちとしては、構わない、けど」


 カチャカチャと、さっき洗い終わったばかりのカップを再び洗い始める遠野さん。

 潔癖症なのでしょうか? と思ったら、洗ってないお皿を棚に戻し始めました。何かのおまじないでしょうか?

 今日のラッキーアイテムは汚れたお皿。棚にしまうとラブ運アップ――みたいな?


「わたしのラッキーアイテムは何でしょうか?」

「いや、知らないけど」

「牡羊座です」

「それは知ってるよ」

「あれ、わたし言いましたっけ?」

「思い出した、お前のラッキーアイテムパフェだったわー! スグ作るな」


 手を叩いて大きな声でそう言い、遠野さんはいそいそとパフェを作り始めました。

 どうしてちょっと遠いんですか?

 いつもはもっと近くで、すぐその辺りで作ってるじゃないですか……むぅ。

 なんで執拗にそっぽを向くんですか……むぅ!


「で、どんな話を書こうとしてたんだ?」

「今回はテーマの指定がなかったので、流行りに載ってみようかと思いまして」

「今の流行りってなんだ?」

「異世界転生モノです」

「あぁ、聞いたことあるな、そういうの」


 読書はあまりしないと言っていた遠野さん。

 そんな遠野さんでもやはり耳にしたことがあるようです。さすが流行りモノです。


「ゲームみたいな世界に主人公が転生するんだろ?」

「はい。左右を絶壁に塞がれた主人公。その頭上から様々な形のブロックが落下してきて――一列揃うと消えるんです!」

「思ってたゲームとちょっと違う!?」


 わたしは『ゲーム』と聞くとそれが真っ先に思い浮かぶんですが。

 まさか遠野さんが編集さんと同じことを言うなんて……


「もしかして遠野さん、編集の才能が……」

「驚愕の表情してるところ悪いけど、大抵のヤツは同じ反応すると思うぞ」


 編集さんに「他のジャンルで」と言われたのですが、ゲームに造詣が深くないわたしには難しい注文でした。


「それで、刊行されている異世界転生モノをいろいろチェックしてみたんですが……余計に悩んでしまって」

「『剣と魔法の世界』とか、そういうのだろ?」

「そういうのが多過ぎて、知識のないわたしでは到底太刀打ち出来そうになかったんです」

「じゃあ、ちょっと奇をてらって『剣と機械マシン』とか」

「そういうのも多数刊行されていました」

「『剣と魔獣』!」

「テイマーモノはもはや定番です。それに現代日本の職業や技術が異世界で活用されるモノも枚挙に暇がなく……」


 だから、それらとは一線を画すオリジナリティ溢れる、それでいて奇をてらい過ぎない馴染みやすいモノ、そんな物語にする必要がありました。


「そこで、わたしがそこそこ詳しくて、世間に出回っていない世界感で勝負をかけたんです!」

「どんな世界だ?」

「『剣とデリカットの世界』です!」

「『剣と』の使い方を間違ってるな、お前は!?」

「編集さんと同じことを言わないでください!」

「百人に聞いたら全員が同じこと言うよ!」

「なら、もうわたしに書ける物語はありませんっ! AIに慰めてもらってきます!」

「はい、パフェお待ち!」


 駆け出そうとしたのに、あまりに美味しそうなイチゴたっぷりパフェにお尻が椅子から離れませんでした。

 まったく、ズルいです……もぐもぐ。


「もっと普通なのにしたらどうだ?」

「普通と言われましても……」

「例えば……作家と喫茶店のマスターの話、とか?」


 パフェが美味し過ぎて止まらなかった手が、止まりました。

 作家と、喫茶店のマスターのお話?


「作家とマスター……」

「ま、たとえばだけどな。取材費、タダで済むし」

「おまけに美味しいご飯が出てきますし!」

「お前なぁ……何が食いたいんだよ?」


 遠野さんのため息に、思わず頬が緩んでしまいました。

 これって、もしかして遠野さんの口から溢れ出てきた幸せがわたしの方に来ているからなんでしょうか?


「冴えない貧乏作家と優しいイケメンマスターのお話なら面白くなるかもしれませんね」

「いやいや、ヒロインは可愛くないとダメだろ。美人作家と不愛想なマスターの話にしとけ」


 ダメです。

 わたしは意外と影響を受けやすいタイプなんです。

 遠野さんみたいな素敵なマスターを知ってしまった以上、不愛想なマスターなんて書けません。きっと、どうやっても遠野さんの面影が出てしまうでしょうから。


「では、相談に乗ってもらってもいいですか?」

「美味いサンドイッチでも食べながら……だろ?」

「はい!」


 さっきまでずっと胸の奥でくすぶっていたもやもやした感情が一瞬で晴れました。

 わたしの心の中、今快晴です。どっぴーかんです。


「ふふ……当たってましたよ、遠野さん」

「何が?」

「ラッキーアイテム。効果抜群です」


 とても美味しいパフェを食べた直後、ラッキーがわたしに舞い込んできました。

 この物語なら、わたし、きっと素敵に書けると思います。



 作家とマスターの物語なら。



「遠野さん」

「ん?」

「一番に読んで感想を聞かせてくださいね」


 読書嫌いなんて言わせません。

 絶対に読んでもらいます。


 わたしと、遠野さんの物語を。


「出来れば褒めてください」

「面白ければな」

「面白くなかったら励ましてください」

「えぇ……面倒くさい」

「むぅ! そういう一言で傷付くんですよ、作家って人種は! もっと褒めて、煽てて、美味しいサンドイッチをご馳走してください!」

「最後の関係ないだろ!?」

「そこが一番重要なんですぅ!」


 そんなわがままを言って、遠野さんが「やれやれ」って呆れて笑ってくれる顔を見て、わたしは改めて思ったのでした。



 物語を紡ぎ出すのは楽しいです。




 大好きな人と一緒なら、尚更に。




☆★☆★☆★




「そこが一番重要なんですぅ!」


 そう言って満面の笑みを浮かべる広瀬みずきを見て、俺はこいつの次回作のヒットを確信した。

 こいつがこんな顔で語ってくれた物語は、楽しんでいる作者の思いが伝わってきて読んでいて幸せな気持ちになれるものばかりだった。

 この歳まで読書をほとんどしなかった俺が、発売日になると本屋の前で開店を待っているようになった。

 献本ってのを本人にもらっても、それは変わらない。


 広瀬みずきの本には、そうしたくなってしまうだけの魅力があるのだ。



 どんな物語でもいい。

 お前の書く本が読みたい。



 そんなことを考えてしまうのだ。


 けれど、もし……

 作家とマスターの本なんてものが刊行されたら。


 果たして俺はそれを最後まで読み切ることが出来るだろうか。


 恥ずかしくて表紙すら開けないかもしれない。


「冴えない作家がイケメンマスターの優しさに触れて奮起するお話にしましょう」

「美人作家の笑顔に癒されるしょーもない不愛想マスターでいいだろうが」

「それだとリアリティが」

「お前な。イケメンマスターなんて都市伝説だぞ?」

「そんなことないですよ!? 美人作家こそ未確認生物……とは、わたしの口からは、立場上ちょっと言えないですが……い、いっぱいいます先輩の美人作家」


 だろう?

 目の前にも一人いるしな。


 俺は、譲れない小さな論争に勝利し、得意な気持ちで空になったパフェの器を下げた。

 なんで急に「ラッキーアイテム」なんて話が出てきたのかは知らないけれど、こいつは本当にラッキーアイテムだったのかもしれないな。


 俺とこいつの物語が本になるかもしれない。

 ま、まぁ、あくまでモデルでしかないのだろうが……楽しみ過ぎる。



 そんな浮かれた気持ちでカウンターの下に隠したノートパソコンの蓋を閉める。

 残された懸案事項は、「ここに住みつく」と言われて咄嗟にネットショッピングで購入してしまった花柄の枕をどうしようかなぁ……ということだけだが、まぁ、なんとかなるだろう。





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作家とマスター 宮地拓海 @takumi-m

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