ネズミと牛の12支レース 切り札はフクロウ
おしゃかしゃまま
第1話切り札はフクロウ
ある時、神様が動物たちに言いました。
「1月1日の朝に、この門に来た動物を、順番に12匹選ぼうと思う。その動物達で、年に名前を付けるのじゃ」
それを聞いた動物達は一部のモノをのぞいて、1月1日に、誰よりも早く、神様がいる門までたどり着こうとしました。
その中で一番張り切ったのは、牛さんです。
なんと、まだ皆が寝静まっている夜中から、神様がいる門に向かって歩き始めたのですから。
「僕は神様を運ぶ牛車もしているんだ。僕が一番最初に神様のところへ着かないと」
月明かりを頼りに、ゆっくりと、牛さんは神様の門へと向かいます。
その歩みは決して早くはないですが、誰よりも早起きして向かっているため、きっと誰よりも早く神様の門へと向かうでしょう。
……そう、考えるモノがおりました。
「んー快適」
それは、小さなネズミさんです。
ネズミさんは、牛さんが早起きして神様の門へ向かうことを知り、牛さんの頭の上に隠れていたのです。
「……ん? なんか声が聞こえたような?」
(……やべっ!)
牛さんは辺りを見回しますが、頭の上にいるネズミさんには気づかなかったのでしょう。
「……気のせいか」
そのまま、牛さんは歩き始めます。
(……ふぅ。ビビらせるぜ)
ほっと、ネズミさんは息を吐きます。
(……俺は体が小さいからな。誰かに運んで貰わなきゃ、神様の門までたどり着くことも出来ないのさ)
ネズミさんだって、牛さんに運んでもらうことが、卑怯なことだとわかっています。
でも、神様が決めた、年を自分の名前にすることが出来るレース。
こんな名誉なこと、卑怯なことをしてでも選んで貰わなくてはなりません。
(……弱いからな、俺は。でも、だからこそ俺には名誉が必要なんだ)
自分が小さくて、弱い生き物であることをネズミさんは知っています。
そんなネズミさんは、何か弱みを見せた瞬間。踏みにじられ、獲物になるだけです。
だから、誰にも負けない名誉が必要なのです。
牛さんの頭に揺られながら、ネズミさんは決意を堅くします。
そのときです。ふっと、月明かりが消えました。
(森?)
牛さんが、森に入ったのです。
(神様の門へ向かう道とは少しズレているが、近道か?)
牛さんは、森の奥へと進みます。
木々がざわめく、深くて暗い森。
(なんでこんなところに?別に近道なんてしなくても、あのまま歩けば十分間に合うだろ?)
ネズミさんが、牛さんの行動に疑問を持ち始めた、そのときです。
「ネズミさん」
「っ!?」
牛さんが、急にネズミさんに話しかけてきました。
ネズミさんは、返事を返しません。
「あれ? だんまりかい? いるんだろ? 僕の頭の上に。小さく震えるだけが取り柄の弱い生き物が」
「……なんだと?」
牛さんのあおりに、ネズミさんは我慢が出来ずに返事をしてしまいます。
「ああ、いたね。小さく弱いネズミさん。よかった。まだ無事で。ほら、僕ニブいから、もう死んでいるかと思ったんだよ」
「……死んでいる?」
不穏な、しかし聞き流すことは出来ない牛さんの言葉に、ネズミさんが疑問を返したときです。
「はっ!?」
ネズミさんは慌てて牛さんの頭から降りようとしました。
しかし、遅かったのです。
ネズミさんは、大きな爪に、がっしりとその体を掴まれていました。
掴んでいたのは、森の賢者。夜の狩人。
ネズミさんの天敵。
「……フクロウさんっ!?」
驚愕するネズミさんとは裏腹に、牛さんは落ち着いた様子で言います。
「この森はフクロウさんの巣なんだよ。じゃあね、ネズミさん。小さくて弱い生き物は、大人しく震えていたらよかったのに。ガタガタと、ね。そうすればフクロウさんに捕まることもなかった」
「……うわぁあああ!?」
ネズミさんは、あっと言う間に、夜の森に消えていきました。
「……さてと、行くか」
牛さんは、のんびりと神様の門へと向かいます。
ネズミさんが、今回のレースで一番を狙っていたことを、牛さんは知っていました。
そして、とってもズルいことも。
例えば、猫さんをその口の上手さで騙したり、していることも。
そんなネズミさんが次に利用するのは、真面目で、でもノロく見える自分だろうと、牛さんはわかっていました。
だから、牛さんはフクロウの森へとやってきたのです。
フクロウさんは、今回のレースをあきらめている動物の一匹でした。
理由は、フクロウさんが夜行性だからです。
朝開く門がゴールのレースは、自分には向いていないとフクロウさんは思ったのです。
だから、レースのことなど気にせず、いつも通り、夜の狩人をしていることを、牛さんは知っていました。
そのフクロウさんに、頭に乗っているズルいネズミさんを排除して貰おうと考えたのでした。
そして、その作戦は上手く行きました。
「切り札は、フクロウだった、と」
これで、牛さんの邪魔をするモノはいません。
ネズミさんのことを、小さくて、弱い。と牛さんは言っていましたが、実はネズミさんのことを一番、牛さんは警戒していました。
なぜなら、卑怯なことをするほど、真面目に、このレースで一番をとろうと、ネズミさんはしていたからです。
だからこそ、牛さんは全力でネズミさんを排除する必要がありました。
たとえ、騙してでも。
牛さんが森を抜けると、空はすでに白くなっていました。
そろそろ太陽が昇るころ。つまり、神様の門が開かれるころです。
「少し遅くなってしまったか。でも、十分間に合うだろう。他の動物たちは、まだ寝ている」
そう言いながら、ほんの少し早歩きで、牛さんは神様の門へと向かいます。
「うん、やっぱり。誰も来ていない。僕が一番だ。誰もいない。誰も……」
草原にそびえる大きな神様の門の周りには、他の動物の姿がありません。
このまま歩けば、牛さんの一番で間違いないでしょう。
そう、他にいません。
そのはずです。
でも、牛さんは、思わず、一瞬。止まってしまいました。
「草が……動いた?」
風は吹いています。なら、風に草原の草が揺られることはあるでしょう。
でも、何か違和感がありました。
その草の動きは、まるで、神様の門へとまっすぐ向かう誰かがいるように動いているからです。
「……まさか!」
牛さんは走り始めました。
牛さんの遙か前方。
門の近くに、いるはずのない動物がいたからです。
その動物は……
「ネズミさん!!生きていたのかっ!!」
ネズミさんが、門へと向かって走っています。
「ああ、当たり前だろ!俺は、このレースで一番になるんだからな!!」
後ろに迫る牛さんに目もくれず、走りながらネズミさんは答えます。
「バカな!どうやって!?」
「簡単なことだ。騙したんだよ、あのフクロウさんを」
ネズミさんは、語ります。
「俺のことを食おうとするフクロウさんに言ったのさ『俺と協力すれば、レースに勝てる。アンタは空を飛べるんだ。だったら、今から門へと向かえばあんなノロマな牛さんよりも早く門へとたどり着ける。……ん? 起きていられない? まだ朝まで時間がある? 大丈夫、俺が起こしてやるよ。』ってな」
「そんなことで!」
激高し、叫ぶ牛さんに、ネズミさんは笑います。
「案の定、門に一番近い木にとまって、朝を待っていたら、フクロウさんは眠りはじめてなぁ。そのスキにこうして門へと向かっていたわけだ」
「おのれ!所詮はフクロウか!」
牛さんの、罵声はどんどん大きくなっていきます。
「そんなこと言ってやるなよ。12匹の動物に選ばれようなんて、皆考えることじゃない。大抵はあきらめたり、最初から選ばれようとしない。もっとも、俺はあきらめないし、選ばれるつもりだ。しかも、最高の……」
ネズミさんは、ちらりと後ろにいる牛さんに振り返ります。
「一番を、だ。ノロマな牛さん。悔しかったら追いついてみな」
「……こ、の……モォオオオオオオオオオオ!!」
牛さんは、大きな声で鳴きます。
そして、全速力でネズミさんを追いかけ始めました。
その早さは、ノロノロと歩いていたのんびりな様子は一切ありません。
牛さんは、実は早いのです。
当たり前といえば当たり前でしょう。牛さんは、だって神様の牛車をしているのです。
遅いわけがないのです。
かなり離れていた牛さんとネズミさんの距離が、どんどん近づいていきます。
「どうした! このまま追いついてしまうぞ!!」
「くっそ……!」
もう、門は目の前です。
この調子なら、二匹はほとんど同時に、門へとたどり着くでしょう。
若干、牛さんが早く着いてしまいそうではあります。
何かあれば、決定的な決着がつくでしょう。
そんな時です。
ネズミさんの体が、少しだけ揺れました。
よく見ると、ネズミさんの体から、血が流れています。
牛さんはそれを見て笑いました。
「勝機! フクロウさんに掴まれた傷が残っていたか!」
怒っていた牛さんは、ネズミさんの赤い血を見て、さらにスピードを早め、ネズミさんに向かいました。
「つぶれて死ね! ノロマと言った私に引かれてな!!」
牛さんの前足が、ネズミさんの体をつぶそうとした、そのときでした。
突然、何かが牛さんの顔に当たります。
「……ぬぅ!?」
それは、フクロウさんでした。
ネズミさんを踏みつぶそうと前足をあげていた牛さんの体がグラリと揺れます。
「な、なんでフクロウさんが……」
「小さくて弱いヤツは踏みつぶす。ましてや、弱ったヤツは皆から獲物にされる」
バランスを失った牛さんを見もせずに、先ほどまでフラフラだったはずのネズミさんは、走っていきます。
「だから、狙うだろうさ。あのタイミングで、俺を。牛さんも、騙されて怒っていたフクロウさんも、牛さんの大きな声で起こされて、不機嫌度最高潮でな」
「ネズミさん!!」
牛さんが、地面に倒れます。
「俺の一位だ。牛さん。それと助かったぜ、フクロウさん。アンタは俺の、切り札だった」
完全に開いた神様の門に、一番で到着したネズミさんが、堂々としていました。
こうして、ネズミさんが一番から始まる12支は出来た……のかもしれませんね。
ネズミと牛の12支レース 切り札はフクロウ おしゃかしゃまま @osyakasyamama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます