第四話: 巡り巡った出会い




 ――フッと、目を開けたサララが最初に焦点を合わせたのは、天井のシミであった。




 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……聞こえてくるのは、時計の音だろうか。視線だけを動かして、状況の把握に努め……己がベッドの中に居ることに気づいた。



 ――こ、ここは?



 そう考えた直後、サララが知覚したのは、全身の痛みと吐き気を伴う倦怠感。そして、遅れてやってきたのは、最も強烈な腕の痛み。脈動に呼応して響くその感覚に、サララは思わず呻き声をあげた。


 ……痛みのおかげで吐き気が引っ込んでくれたのは幸いだろう。


 けれども、反射的に力を入れてしまった分だけ余計に痛む。伝った涙をそのままに、サララは大きく息を吐いた。



 ……何か、身体に巻き付いて……いる?



 肌から伝わってくる感覚に、サララはふと気が付く。何だろうかと思って意識を傾けて……下着の感覚が無いことに気づき、大きく目を見開いた。



「いっ――!?」



 瞬間、四肢から激痛が走った。


 まるで、剣山で万遍なく穴を開けられたかのような痛み。覚悟していたよりも10倍は酷いその痛みに、サララは成す術も無く呻くことしか出来なかった。


 顔を上げることが出来ないサララは、仰向けになったまま室内を見回す。殺風景という言葉が真っ先に思い浮かぶほど、今いるこの部屋には動きというものが無かった。


 現在サララが横になっているベッドが一つ。テーブルとソファーが一つに、保冷庫が一つ。後は備え付けの台所と流し台。部屋の壁に取り付けられた時計に、外へと続いていると思われる、閉じられたドア。


 それが、サララが確認出来る全てであった。最低限の設備だけが用意された、この場所。サララが見た限りでは、おおよそ人が住んでいる形跡は感じられなかった。



 ……けれども、どこかデジャヴュを覚えるのは、サララの気のせいだろうか。



 以前、これと似たような……あるいは、ここに来た覚えがある。そんな感覚が、チクチクと頭の片隅を突いた……ところで、サララはハッと目を見開いた。



(よく考えたらこの状況――)



 かなり、不味い状況なのではないだろうか。


 そう思った直後、痛みとは別の理由で生まれた冷や汗が滲んだのを、サララは知覚した。



(――いや、待て)



 けれどもその直後、サララはすぐに心を落ち着かせた。



(経緯はどうあれ)



 ふう、と、痛みを堪えながらため息を吐いた。



(この身体では、どうすることもできない……か)



 その事実を理解した途端、サララの中からは焦りの色が消えた。


 そのまま大人しくしていると、次第に痛みが引いていくのが分かる。


 そのまま十分に楽になるのを待ってから、刺すような痛みを堪えて腕を見る。



(治療、されている)



 そこには、汚れ一つ無い綺麗な包帯が巻かれていた。しかも包帯の下に何かを塗ったのか、不思議な香りが鼻腔をくすぐる。決して不快ではないが、初めて匂う香りであった。


 おそらくは、これが肌に巻き付いている物の正体なのだろう。はっきりとは確認出来ないが、シーツで隠れている部分もしっかり巻かれているようだ。



(……ん?)



 ――ちょっと待て。



 その可能性を考えた瞬間、サララは思わず唾を呑み込む。下着越しではなく、肌に直接感じるということは、だ。つまり、包帯の下は……ああ、まさか――。



(見られて、しまった)



 そう認識した途端、サララはほんのりと熱くなる頬を抑えることが出来なかった。穴があったら入りたい……その言葉を実際に体感したのは、この時が初めてであった。



(……ごめんなさい)



 大丈夫、見られたのはおそらく女性相手だ……そう、己に言いわけする。



 他人からすれば、『そんなことを、今ここで悩むことか』と首を傾げるだろうが、サララにとっては重要なことで……心の中で、サララはマリーに頭を下げずにはいられなかった。



 ――不覚。そう、不覚である。



 ただそれだけが、サララを強く責める。見られた相手が誰であれ、不用意に肌を晒す結果になってしまった己を強くなじった。弱い己を、心の底から罵倒した。



 ――サララは、思う。



 マリーのことだから、きっと『いや、俺に謝る必要はないぞ』と言って笑うだろう。それは、サララも分かっている。状況が状況なのだからということは、サララ自身、一番理解している。


 だが、問題はそこではない。そう、そんな話ではない。


 単にこれは、マリーへの操の問題であり、サララが一方的にマリーへと立てた、自分なりの処女性。それを穢してしまったことに対する、己の不甲斐なさが問題なのであった。



(……いったい、誰が治療してくれたのだろう?)



 とはいえ……何時までも落ち込んでいるわけにもいかない。


 些か無理やり思考を切り替えたサララの脳裏にまず過ったのは、本当に今更な疑問であった。


 あの場所に行くことは誰にも話していないし、『貧民街』に知り合いはいない。そして、『貧民街』に友人を持つ知り合いも、サララにはいない。


 そんな状況で……いったい、誰がサララを助けてくれたのだろうか。



(もしかして……あの子が?)



 そこまで思考を巡らせた辺りで、サララは己を助けたであろう存在……己を襲った緑髪の少女と同じ風貌をした、あの少女のことを思い出した。


 全身に浴びた血飛沫に興奮して暴れたあの子とは、対照的な雰囲気を纏っていた、同じ顔の少女。いったい、何者だったのだろうか?


 意識を失う寸前の二人の会話を、霞掛かった記憶の中から手繰り寄せる。


 あの時のことは酸欠と極度の疲労とダメージで意識が朦朧としていたので、はっきりと思い出すことは出来ないが……幾つか、気になることを言っていたことに気づく。



(あの二人は互いに私のことを知っていたようだけど……?)



 しかし、サララの方は違う。記憶の奥を探っても、断片にすら触れない。


 何度記憶の奥を探っても、サララの頭が導き出す答えは『初めまして』であり、それ以外は出てこない。



 思い返せば、あの二人の会話も、どこか変だった。



『私』と『私たち』……断定は出来ないが、あの二人は何かしらの組織かグループに属していることは推測できる。


 だが、それにしては奇妙な言い回しだった……と、サララは思う。


 加えて、今のサララですら手も足も出ない、あの力。いったい、彼女たちは何者なのだろうか。


 また、あの子を殴ることが出来たということは、助けてくれた方も相応の力を持っていることが分かる。


 つまり、サララ以上の実力を持った者が二人……ますます奇妙だ。



 ……あの子は、あの狂った化け物とどういう関係なのだろうか。


 ……何故、自分を助けてくれたのだろうか。


 ……そもそも、なぜあいつは私に襲い掛かり、あの子は私を助けてくれたのだろうか。



 疑問が、グルグルと脳裏を渦巻き始める。



(あれだけの力を持っているのならば、嫌でも噂ぐらいは広がるはずなのに……)



 しかも、それが双子という特徴まであるのに、だ。以前、マリーから教えてもらった『二つ名持ち』の特徴と照らし合わせるが……何一つ一致しない。


 あれだけの力を秘めながら、情報屋が至る所に居る『東京』にて無名でいられる。名前はおろか、その特徴すら知られることなく、噂にすらのぼらない……そんなことが、本当にあるのだろうか。



(そういえばあの時、私を襲った方は……私の目の前で、姿を消した)



 まるで、幻だったかのように……あれは、魔法術なのだろう。というか、それ以外に説明のしようがない。


 しかし、姿を完全に消す魔法術など有るのだろうか。仮にそれが有って、あの子が習得していて……それならそれで、余計に噂が立ちそうなものなのだが。


 ……そうして思い返せば思い返す程、疑問が次々に湧いて、深まってくる。


 けれども、一向に答えが出てこない。点在する謎と、二人の会話から生まれたヒントが、全く線を結ばない。どうにも、もどかしい。



 ……マリーなら、この難問を前に、どう答えを出すのだろうか。ふと、サララは思う。



 あるいはイシュタリアなら、二人のことを知っているのかもしれない。あの二人か、と言って、得意げに語り出す……そんな光景を夢想して、思わず頬を緩めた――直後。


 カチャリ、とどこかでドアが開く音が聞こえた。それは、閉められたドアの向こう……おそらくは、玄関の扉が開いた音であった。



(――っ!?)



 考えるよりも前に、サララはベッドから飛び起きた。途端、涙が滲むほどの激痛が全身を走ったが、呻く猶予はない。歯を食いしばって堪えると、急いで室内を見回す。



 だが、得物になりそうなのは室内のどこにも無かった。



 と、同時に、己の得物は、あの燃え盛る家屋の中に放置されたままだったのを思い出し……らしくなく、サララは舌打ちをした。


 あの後どうなったかは分からないが、おそらくはもう駄目だろう。


 様々な耐性が付与されているとはいえ、あの炎の中だ……例え掘り出したとしても、熱で変形なり劣化しているうえに、元の強度は期待できない。



(ならば――)



 足音を立てないように、素早くドアの隣に立つ。次いで、大きく息を整え……気功を練る。負傷した身体でどこまでやれるかは分からないが、これしか武器はない。



 ――とん、とん、とん、とん。からからからからから。



 玄関が閉まって、すぐに聞こえてきた足音……と、何かを引きずる音。それらが、どんどん近づいてくるのが分かる。


 ドアまで、もうすぐ……もう少し……もう少し……もう少し……足音が、止まる。同時に、カチャリ、とドアノブが回った。蝶番がキィッ、と音を立てて、静かにドアが開かれた。



「――っ!」



 ふわりと姿を見せた緑髪が目に映った瞬間、反射的にサララはその顔面へと蹴りを放っていた。今のサララが出せる、渾身の力を込めた一撃であった。



「まったく、もう」



 ――だが、入って来た緑髪の少女には通じなかった。事前に分かっていたかのように、少女はスルリとサララの蹴りを、片手でいなした。



「だっ!」



 いなされた勢いのまま身体を反転させ、続けて放つ後ろ回し蹴り。びゅう、と音を鳴らした一撃が、吸いこまれるように少女の鳩尾へと――。



「その身体で動き回るなんて」



 それすらも、少女は予測していたようだった。ぱしん、と軽い調子で、あっさりとサララの二撃目を優しく凌ぐと。



「せっかく助かった命、無駄にしたいのかしら?」



 痛みで動きが鈍くなったサララの、包帯が巻かれた胸の辺りに、とん、と拳をぶつけた。


 それ自体には何の威力も無く、気功も魔法術もない。ただ拳で軽く叩いた……という程度のことでしかなかったのだが。



「~~~~っ!!??」



 悶絶。サララは身体をくの字に曲げて、その二文字を体現したかのように呻き声をあげる。痛い、の言葉では到底言い表せられない苦痛であった。


 大げさでも何でもなく、痛みで涙が出る。


 自分はこんなに痛がりだったのかと思うと同時に、呻いている場合ではないと頭の中で警報が鳴る……が、サララはすぐに次の行動が取れなかった。


 次の動きが取れないぐらいに、痛むのだ。


 何時ぞやの、血抜きの為に皮膚を切った時以上に痛い。いったい、この包帯の下はどうなっているのだろうか。まるで、傷口をむき出しにしているような錯覚すら覚えた。



「……ああもう、あなたって、本当にお馬鹿さんだわ」



 顔中に脂汗を浮かべたサララを前に、少女は「本当、お馬鹿さん」駄目押しと言わんばかりにため息を吐いた。



「12日も眠り続けたのに、よくもまあそんな無茶が出来るわね」

「~~じゅ、12日!?」



 聞き捨てならない言葉に、サララは顔をあげた――直後、痛みに呻き声をあげる。それを見た少女は、蹲ることも出来ずにいるサララに苦笑した。



「はあ、ほら見なさい。立っているだけでも相当辛いはずなのに、無茶をするからよ」



 そう言うと、少女は悶絶しているサララをしり目に部屋に入る。からからから、と音を立てていたのは……小さな車輪が付いた、金属の棒。顔をあげてそれを見たサララは、思わず絶句した。



(こ、こいつ、これを片手に持った状態で、私の蹴りを……!?)



 しかも、腕にはバケットを引っ掛けていたうえで、だ。


 もはや乾いた笑みすら出てきたサララに気づいているのかいないのか、少女はバケットから様々な物体を取り出してテーブルの上に並べ始めた。


 薄黄色の液体が入っているのが透けて見える、半透明な袋。チューブと一体化した、不思議な形状の針。汚れ一つ無い綺麗な綿が入った透明な箱。そして、大小様々な包帯やら、良く分からない物体の数々。


 そのどれもが(包帯だけは見覚えがありまくったが)サララにとっては見慣れない代物であった。だからなのか、不信感を覚えるよりも前に、サララは目を瞬かせた。



「……それ、なに?」



 少女が持っている薄黄色の液体が入った透明な袋を指差す。「あら、見て分からない?」少女は手慣れた様子でそれを金属の棒の先端に引っ掛けた。



「栄養素と電解質液と幾つかの薬液とナノマシンを配合させた、現在この世に一つしか存在しない特性の点滴用の溶液よ」

「えいよう……でんかい……なのましん……?」



 少女が発した言葉の意味が分からずにサララが首を傾げると、「まあ、知らないのも無理はないかしらね」少女は笑みを見せながら作業を進め……「さて、と」サララの前に立った。



 直後、ふわりとサララの身体が宙を舞った。


 あっ――そう、サララが声なき声をあげると同時に、サララの身体はベッドに戻されていた。恐ろしいことに、身体には全く痛みがなかった。


 戦慄すら、した。立ち上がるだけでも相当の苦痛を伴ったのに、それをこの人は……呆然と、サララは少女を見上げることしか出来なかった。



「さあ、点滴をするから、横になってちょうだいな」



 優しく微笑みを向けられながら、それ以上に優しく横にさせられる。


 あまりにも少女の笑みからは敵意が感じられないからなのか、サララは自分でも意外に思う程大人しく指示に従っていた。



「あなたは知らないでしょうけど、本当に危ないところだったのよ。後3分治療が遅れていたら、今頃あなたの身体は棺桶の中よ」



 そうして気づいたら、仰向けのまま片腕の包帯が少し外され、「チクッとするわよ」何が何だか分からないままに針が腕に刺さり……滴り落ちる液体をボーっと眺めていたところで、ハッと我に返った。



「おっと、動いちゃ駄目。せっかく刺した針が抜けちゃうでしょ」

「……っ」



 だが、寸でのところで待ったを掛けられた。腕に刺さったままのソレに目をやり、しばし迷いを見せたサララは……また、静かに身体の力を抜いた。



「安心なさいな、それは薬よ。解熱鎮痛剤も入っているから、そのうち楽になるわ」



 それを見た少女は、続けて用途が分からない不可思議な物体をカチカチと動かす。次いで、その物体から伸びた何かをグイッと伸ばすと、サララの手に優しく押し当てた。


 途端、不可思議な物体に映像が表示された。


 始めて見るそれに思わず目を見開くサララを他所に、「……うん、安定しているわね」少女は安堵のため息を零すと、今度はそれをサララの胸に押し当てた。



「――っ!?」

「息を止めちゃ駄目、ちゃんと呼吸は続けて」



 それなら、やる前に声を掛けて……その言葉を涙と共に呑みこむと、ヒッ、ヒッ、ヒッ、と引き攣った喉を鳴らして呼吸をする……また、少女は安堵のため息を吐いた。



「はあ、良かった。各臓器の修復も順調のようね。これなら傷も残らないし、明後日には動けるようになるわよ」

「ああ、そう……んん?」

「さすがに心臓が破けていたのを見た時はどうしようかと思ったけど、諦めなくて良かった……あなたが死んでしまったら、あの子が悲しむもの。そんなの、私は見たくないから」



 疑問符を脳裏に浮かべるサララを他所に、少女はいそいそと取りつけた何かを片付ける。


 そして、滴り落ちる点滴の装置をカチカチと弄った後……サララの身体に触れないように、そっとベッドの縁に腰を下ろした。





 ……。


 ……。


 …………静かだった。



 ……。


 ……。


 …………点滴の滴の音が聞き取れて、耳鳴りすら覚える程に。



 カチ、カチ、カチ、カチ……静まり返った室内の中で、時計の秒針が自己主張を繰り返している。その合間を縫うように、何を言うでも無く黙っていたサララは……ふと、少女に視線を向けた。



(……この人が、私を助けてくれたの?)



 そういえば、まだ誰が自分を助けたのかが分かっていない。


 だが、意識を失う前の記憶と、こうして治療を行うのを見る限りでは、おそらく目の前の少女がそうではないかとサララは推測する。



(……不思議な、人。何故、何も言わないの?)



 けれども少女は、何もサララに語ろうとはしなかった。ただ、黙って自分を見守っている……そう、サララは率直に感じた。


 そして同時に、隠し事とは少し違うと、サララは思った。



 聞かれないから、答えない。


 尋ねられてないから、教えない。



 サララが抱いている疑問も何もかも分かっているのに、サララが言葉にしないから、自分も言葉にしない。



(この人は……そういう人なんだ)



 身動き一つしない少女の後ろ姿を見て、ふと、サララはそう思った。なんでそう思うのか、サララ自身分からなかったが……なんとなく、サララはそう思った。


 だったら……話は早い。


 そう結論付けたサララは、「あの――」すぐに閉じていた唇を開いた。



「礼を言いたい」



 ピクリと、少女の肩が震えた。



「……私に?」

「うん、あなたに」



 理由も経緯も知らないけど、助けてくれたのはあなただから……そう続けたサララは、次いで、少女を見上げた。



「名前を教えてほしい」



 少しの間、沈黙が生まれた。



「……知ったところで、どうするの?」

「お礼を言うのに、名無しでは変でしょ?」



 間髪入れずにサララが答えると、しばしの間少女は無言のままだった。


 だが、カチ、カチ、と音を立てていた時計が、ぽーん、と時刻を知らせた直後。



「――オドム」



 ポツリと、少女……オドムは呟いた。



「それが、私の、私たちの名よ」



 私たち……サララは、あえて気づかないフリをした。



「そう、ありがとう、オドム」



 ポツリと、サララも言い返す……その後、「それじゃあ、オドム、私はあなたに一つ聞きたいことがある」サララはオドムを改めて見つめた。



「あなたは、マリーの何?」



 ――一瞬、オドムが息を呑んだ……そう、サララは感じた。


 目に見えた変化は微塵も感じられなかったが……何故かサララにはそれが分かった。


 そんなサララの視線を受けて、オドムはまた静かになった。


 しかも今度はさっき以上で……息をしているのか不安を覚える程に、彼女は動きを止めていた。



「……何、か」



 たっぷり時計の長針が数字三つ分ほど動いた後……また、オドムはポツリと呟いた。



「そうねえ、何か、と聞かれれば、とっても返答に困るけれども――」



 そこでオドムはまた、言葉を止める。だが、今度は先ほどよりもずっと早かった。



「一言でいえば、あの子の母親を務めていた……ってところかしらね」

「…………えっ」



 そして今度はサララが、動きを止める番であった。



「ああ、言っておくけど、あの子にはこのことは内緒だからね。こうしてあなたの前に姿を見せたのも、『私』の最後が近づいているからなの」



 見なくとも、サララの動揺を感じ取ったのだろう。


 ふふふ、と笑みを零したオドムは初めてサララへと振り返ると、柔らかな微笑みを浮かべた。



「あなたの知らないことを知りたいのであれば、特別に、あなたにだけは教えてあげるわ」



 そして、オドムは……少しばかり寂しそうに視線を逸らすと。



「覚悟があるのであれば……私が、私たちが愛しているあの子が愛した、あなたにだけは……ね」



 そう言って、悲しそうに……俯いた。


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