第十四話: 一番目は、はたして

※グロテスクな描写があります(人によりけり)、注意願います 





 伸ばされた触手を前に、最も早く行動したのはナタリアであった。



 照らされた明かりを反射する触手の、ぬらぬらとした光沢。それに嫌悪感を覚えながらも、ナタリアは開かれた窓から身を乗り出し……胸中で練り上げた破壊の風を、一息に吹かせた。



 “破壊の息吹!”



 ぼぅ、と放たれた破壊の風は、濁流が如き気流を生み出して、獣の触手を呑み込む。


 地面をバターのように抉り取るその息吹は、ナタリアの身体よりも巨大な触手を切り刻む。


 ものの十数秒程で無残な姿に変えられた触手は、体液を撒き散らせながら、ぶちりと千切れて後方へと転がっていった。


 削り取られて半分の長さになった触手が、びちゃびちゃと体液の手形を残していく。


 噴出して零れていく体液の滴が、長い線となって後を追う……しかし、獣の無機質な四つの瞳はそれら一切に目もくれなかった。


 ……もしかしすると、痛みというものを感じていないのかもしれない。


 体液で濡れた傷口を構うことなく、獣は触手を壁や地面や天井に叩きつけて追跡を続ける。周囲一帯に飛び散った体液が、ぽたぽたと車体の屋根にぶつかって、跳ねた。



「――やだぁ! 何こいつ!?」



 降りかかろうとする体液を、ナタリアは飛び退いて避けた。遅れて、今しがたナタリアが居た所に体液が降りかかった。「やだ、もう! なにコレ臭い!」、ナタリアは眉根をしかめる。


 同時に、新たな触手が伸ばされる。己に接近しようとしている二本目の触手を前に、ナタリアは再び大きく息を吸った。



“破壊の息吹!”



 二発目となる、破壊の暴風。大気の刃が、床、壁、天井、開け放たれた窓に傷跡を残しながら、二本目の触手を暗がりの向こうへと吹っ飛ばす。


 ……しかし、だ。やはり、獣には堪えた様子はない。削れて体液と肉が飛び散るのを構わずに、なおもマリーたちへと迫った。



「あ、あんまり、壊さないでくださいね!?」



 ナタリアの攻撃を見て最悪の事態を想像したのか、かぐちの口から悲鳴が飛び出したが、マリーたちの中で気に留める者は一人もいなかった。


 というか、気にしている場合ではなかった。無機質な獣の瞳が初めて、ぎょろりと意志を見せたからである。



 ――むくりと、化け物の胴体……胸と思わしき部位が、いきなり膨らんだ。



 脈動する血管が分かるぐらいにまで膨張したそれを見た瞬間、イシュタリアは反射的に叫び、全員の前へと飛び出していた。



「――耳を塞いで口を開けるのじゃ!」



 その警告にマリーたちは反射的に両手を耳に当てて口を開ける。と、同時に、前に出たイシュタリアは、魔力を巡らせながら両手重ね合わせ、獣へと突き出した。



「{ボンバー・リュア}!」



 イシュタリアの魔法術が発動する。十数発の炎の砲弾が、十数発。一発で大人の半身を消し屑に変えるソレが、防御に回った獣の触手を次々に吹き飛ばす。



 ――しかし、それだけであった。



 着弾して火柱をあげたそれらは全て、一度は触手を跳ね飛ばす。だが、そのほとんどは火傷を少し残した程度で終わった。


 熱によって乾いた体表が、新たに分泌された体液によって瞬く間に覆われていくのを見たイシュタリアは、己の失策を悟る。



 ――こやつ、熱では無理か!?



 イシュタリアが舌打ちをした次の瞬間――獣は鳴いた。あるいは、吠えたのかもしれない。どちらにしても、それは突然で、信じられないぐらいに大きかった。



 閉じられた口から、どうやって声を上げているのだろうか。



 鉄と鉄を擦り合わせたかのような、あまりに耳障りな音が通路の中を反響する。それはもはや音の爆撃と呼ぶに等しく、マリーたちはあまりの衝撃に膝をついた。


 両手で耳を塞いだマリーたちでさえ、こうなのだ。この場で最も耳の良いドラコに至っては、耐えられずに泡を拭きながら床の上をのた打ち回っていた。


 両手で押さえた程度では防ぎきれない、常人とは比べ物にならないぐらいに優れた竜人の五感が、仇となってしまった――と。



 唐突に、がくん、と車体が揺れた。



 電車の速度が落ちたのだとマリーたちが理解すると同時に鳴き終えた獣は、ぐっとその身を屈ませると……一気に、モノレールに飛び乗った。


 ――ずどん、と車体が揺れた。


 遅れて、フラリと身体を揺らしたイシュタリアが……その場に倒れた。とろりと、イシュタリアの耳と鼻から血が滴り落ち、ゴシックドレスの股部分が見る間に黄色く汚れていく。


 最初から耳を塞いで多少なり音を防いだマリーたちとは違い、魔法術を発動させていたイシュタリアはモロに直撃した……その結果であった。



「イシュタリア!」



 マリーがイシュタリアの名前を呼ぶが、返事はない。今の衝撃で、気絶してしまったようだ……これでは、逃げられない。


 獣の体重で歪に凹む天井に目をやりながら、マリーは己が彼女の失禁で汚れるのも構わずに、己と同じぐらいの身体を車内の真ん中へと引っ張り込む。


 バチバチと火花を立てていた車体が、目に見えて速度を落とす。辛うじて止まるわけではないようだが、走る方が速いぐらいにまで速度が落ち込んでしまった。



 ――しゅるりと、窓から入り込む巨大な触手。



 粘液で覆われたソレの先端は、まるで剣山のように小さな触手が隙間なくびっしりと生えている。ぬるぬるとしたソレから、夥しい量の粘液が滴り落ちた。


 間近でそれを見やったサララは、あまりの気持ち悪さに怖気を走らせながらも『粛清の槍』でもって、車外に突き飛ばす。


 だが……しかし、触手は一つではない。次から次へと車内に侵入してくる触手を前に、槍という武器は……ココではあまりに不利であった。



 そして、不利なのはマリーも同様であった。



 絡み付くようにして伸びてくる触手を拳で持って薙ぎ払い、体液を飛び散らせるが……ダメージはかなり薄いようであった。


 獣の触手は、打撃に対して耐性があるのだろう。


 迫りくる獣の触手を拳で持ってせき止め、蹴りでもって弾き飛ばすことは出来るものの、触手が持つ不思議な弾力が衝撃を分散させているようで、破壊するまでには至らない。


 引きちぎろうと思っても、体表を覆う滑りが邪魔をする。それならば、手刀による断裂を試みるが、それも衝撃を分散させてしまって切断には至らない。


『神獣』とはまた違う、初めて経験する方向性の難敵。打撃のみに特化した防御力を持つ獣の前に、攻勢の糸口を見つけられないマリーは、一方的な防戦を強いられた。



 ――やべえ、このままじゃあジリ貧だ!



 圧し掛かる様にして飛び掛って来た触手を回し蹴りで弾き飛ばしながら、マリーは現状の悪さに思わず舌打ちをする。


 足元で意識を失っているイシュタリアを見やりながら、マリーは車内を見回し……思わず眉根をしかめた。



 ――思っていた以上に、状況が悪くなっている。



 変形させた攻撃腕で新たに侵入してきた触手を薙ぎ払っているナタリアは、いまだ立ち上がることすら出来ないドラコを庇いながらである為、思うように戦えない。


 マリーの後ろを守ってくれているサララも、思うように槍を振るえずに苦戦を強いられている。


 『粛清の槍』が体液で染まるぐらいにまで槍を振るっているが、『破壊の息吹』をまともに浴びても怯まない触手を前に、徐々に押し切られようとしていた。


 モノレールを操作していたバルドクは耳から鮮血を流して倒れている。減速した理由の原因が、判明する。


 代わりに運転台に手を置いたかぐちが、その背中に向かって、涙を滲ませながら声を掛けているのが見える。


 そして、二人に迫ろうとする三本の触手を、短剣を構えた源と凄まじい俊敏性を見せているテトラの姿が有った。


 初めて見るテトラの力……実に見事な徒手空拳だ。


 繰り出される小さな拳や蹴りの全てが触手を切り裂き、その身を体液でずぶ濡れにしながらも怯む様子は微塵も見受けられない。どこまでも無表情のままに、『人形』は手足を繰り出していた。


 力だけではない、その素早さもまた、相当なものだ。


 まともな相手であれば、まず一分と立たずに勝利を得ているだろう……しかし、だ。マリーは力強く唇を噛み締めた。チラリと視線を落としてイシュタリアを見やり……かぐちへと声を張り上げた。



「速度を上げられないのか!?」

「――無理よ! どうにかして上のやつを引きずり下ろさないと、これ以上の速度は出せないわ!」



 半ば怒鳴り返されたマリーは、やはり……と二度目の舌打ちをした。


 何時まで経っても速度が上がらないことに違和感を覚えていたが、思っていた通り定員オーバーのよう――!



「――っ!?」



 ――しゅるりと足首に絡み付いた生暖かい感触に、マリーはギョッと視線を落とし「うぉっ!?」視界が反転した。


 強かに頭を打ち付けたマリーは、あまりの痛みに思わず呻き声をあげる……しかし、相手は待ってくれなかった。


 魔力で強化してもなお、踏み止まれない。絡み付いた触手を反射的に殴りつけたが、無駄に終わり……マリーの身体は瞬く間に引きずられていく。


 注意を向けていた九本の触手とは別の触手が、足を掴んだのだ。


 そう、マリーが理解する後ろから、「マリー!?」サララの悲鳴が後を追い掛ける。


 伸ばされたサララの手はするりと空を掴み、マリーの身体はそのまま車外へと引きずり出された。



 ――視界いっぱいに広がる、通り過ぎて行くウィッチ・ローザの残照と暗がりの壁面。



 逆さになった世界で、マリーがそれらの後に目にしたモノは……視界いっぱいに広がる、獣の眼光であった。


 獣の顔は、どちらかと言えば狼に近い。知性を感じさせない四つの瞳と、口からぞろぞろと伸ばされている数十本の触手さえなければ、まだ嫌悪感を覚えるには至らない顔立ちをしていた。


 獣の瞳が、ぎょろりと動いてマリーの全身を見つめる。観察しているのだと悟ったマリーは、いつでも迎撃できるように身構えながら、引き攣った笑みを浮かべた。



「ははは、これまた間近で見ると随分と気持ち悪い顔をしているぜ……」



 目の前でプラプラと揺れる大小様々な触手の束を見やりながら、マリーは静かにフルパワー状態になる。サララたちの助けが期待できない以上、己の身は己で守るしかない。



 食えるものなら、食って見ろ。その牙ごと顔面を粉々に砕いてやる!



 その一心で覚悟を決めたマリーは、ナックル・サックを握りしめると、つり上げられたマリーの身体は、獣の頭上へと持ち上げられた。


 踊り食いかと身構えたマリーの眼前で……ぐばぁん、と、獣の顔が左右に分かれた。分かれた断面から姿を見せたのは、脳でも無ければ牙でもないし、舌でもなかった。


 そこに有ったのは、隙間なくびっしりと生え揃った、小さな触手の群れ、群れ、群れ……触手で埋め尽くされた、触手の海であった。



「…………」



 思いもよらない光景に、思わずマリーはこの状況にも関わらずに呆気に取られた。気持ち悪いどころではない、おぞましい光景であった。


 呆然とするしか出来ないマリーは、するりと腰に巻きついた触手によって、正しく姿勢が戻されたのを理解するよりも早く――。



 ぬるりと、マリーの腰から下が触手の海に沈められた。



 腰から下が、触手の束が邪魔をしてマリーの目では確認出来なくなる。下半身全てに、生暖かい触手の滑りが瞬く間に絡み付いてくるのが分かった。



 ……うわぁ、なんかすげえ温かくてぬるぬるしてるんだけど。



 ドレスの裾、パンツの中に入り込む触手の感触に、しばしそんな感想を抱いていたマリー……ようやくマリーの頭が状況を理解した瞬間、人生で二番目となるレベルの悲鳴をマリーはあげていた。



「――うぉぁあああああ!!!??? 放せ放せ放しやがれこの糞野郎ぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」



 魔力切れなど、考えている余裕は無かった。


 無我夢中のままにマリーはその拳を触手の海へと叩き込み、持っている全ての力を使って蹴りを放つ。


 打撃に耐性があるとはいえ、全力強化を行ったマリーを押さえられるのは至難の業だ。


 振り上げる拳のたびにブチブチと千切れ飛ぶ触手の束。踏み砕くたびに間欠泉のように飛び散る体液。


 かつてないレベルで行われるマリーの必死な猛攻によって、体液溜まりが徐々に広がっていくが、獣はまるで怯まなかった。



「うぉぉぉぉおおおおお!!!! 放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せぇぇぇぇぇぇ!!!! てめえなに人のケツをまさぐってやがんだよこの化け物がぁぁぁぁああああ!!!!!」



 マリーの絶叫が、洞窟内を木霊した。「マリーぃぃーーー!!!!」列車の中から、サララの怒声と罵声が響く。


 おそらくは、必死にマリーの救出に向かおうとしているのだろう。


 乙女が発するには些か酷い罵詈雑言を獣へと叩きつける声が、うぁんうぁんと洞窟内を反響した。


 だが……獣は、それでも全く反応を変えなかった。


 うねる触手をマリーの身体へと伸ばしながら、千切れて負傷した傷口を直ちに修復し、即時再生を行う。


 文字通り、破壊した傍からそれ以上の修復力を獣は見せる。悪夢のような再生力を前に、マリーの抵抗は徐々に押さえ込まれていく。



(くそっ! 振り払っても振り払っても纏わりついてきやがる!)



 無尽蔵に迫る触手を次々に振り払いながら、マリーは思わず内心で弱音を吐く。


 物量と質量によるゴリ押しに、踏み込み難い不安定な足場と、唯一の攻撃手段である打撃の耐性……いかな超人的な力を発揮出来ても、脱出は困難であった。



「この! この! 放しやがれ!」



 肩に纏わりついた触手を、握力で持って千切り落とし、手当り次第に手足を動かす。


 だが、腰まで触手の海に飲み込まれていたマリーの身体は、今や鳩尾のあたりにまで呑み込まれようとしている。


 それと同時に、ひと際熱い熱源が、ぬるりと尻房を掻き分けようとしているのが分かった。


 反射的に片手で遮るように手で覆う……こつん、と手の甲に触れる触手の、これまでのモノとは違う異様な固さに、マリーはゾッと怖気を走らせた。



 こいつ、何を……!?



 戦慄に息を呑むマリーであったが、獣が何をしようとしているのかは分からない。


 しかし、コツコツ、コツコツ、と何度もノックを繰り返す触手がピタリと動きを止めたと思ったら、にゅるぅ、と固い何かを吐き出したのが分かった。



 ……もしかして、これって……



 ごくりと、マリーは唾を呑み込んだ。掌を反対に向けて、固い何かを突く。生暖かい触手の中でも存在感を示すソレの大きさは、おおよそ掌に収まる程度のものであった。



(……卵……か?)



 ということは、こいつ……俺の中に、卵を埋めようとして――それを理解した瞬間。マリーは、己の頭の中で何かが切れる音を聞いた。



「――っ!!!???」



 声にならない咆哮と共に、マリーの中でリミッターが外れる。と同時に、小さな鬼神と化したマリーの身体は、もう触手の海であっても止めることは出来なかった。



「せやぁ!!」



 体液を撒き散らしながら、マリーは渾身の蹴りを獣へと放つ。反動で拘束から抜け出したマリーは、その身を反転させて車体の屋根に着地した。


 直後……マリーは、屋根から伝わってきた異様な冷気に目を白黒させた。


 見れば、マリーの身体から滴る体液と粘液が屋根に触れた途端、瞬く間に白色の塊へと姿を変えていっている。


 マリーからすれば、かなり冷たいという程度の感覚ではあるが……そこまでというわけではない。



 ……とはいえ、だ。何が起きたんだと顔を上げたマリーは、ギョッと目を見開いた。



 なぜならば、今しがたまで蠢いていた九本の触手全てが、まるで時を止めたかのように動きを止めていたからであった。


 頭部が有った場所に有る触手こそ傍若無人に蠢いているものの、どうやら獣自身も違和感を覚えているようだ。


 しきりに触手の顔を左右に振りたくっており、おそらくはマリーの尻に放ったと思われる塊がいくつも屋根の上へと飛び散って、転がる。



 しかし――獣の抵抗は無意味であった。



 いくら獣が身じろぎしようが、制御出来ているのは上ばかりで、その上の動きも徐々に鈍くなっているのが、傍目にも見て取れた。



「いったい何が……」

「なあに、熱が駄目なら、逆を試しただけの話じゃ」



 ポツリと零した独り言を遮る声。ハッと我に返ったマリーが振り返れば……そこには耳元と下腹部を汚したイシュタリアが、悠然と立っていた。


 そのイシュタリアは、マリーの視線ににこやかなウインクを返すと、文字通り真っ白になっている両手をマリーに見せた。



「触れたモノを凍りつかせる{タッチ・フリーズ}という、冷気系の魔法術でのう……どうやら、この化け物は特別冷気に弱いようじゃな。触手の一本を掴んだだけで、こうまで動きを鈍らせるとは思わなかったのじゃ」



 ――とはいえ、何でも凍らせるわけではないし、色々な意味で使い勝手が悪い魔法術じゃがな。


 そうため息を零したイシュタリアの後ろから、「マリー!」涙を滲ませたマリーが駆け寄って来て……マリーのあまりに酷い姿に絶句した。



「ま、マリー……その恰好……」

「ああ、これか?」



 ぬちゃり、と身体中から滴り落ちる体液を見やったマリーは、はっきりと苦笑いを浮かべた。


 シャワーを浴びたかのようにずぶ濡れになったマリーの身体からは、特有の臭気がモワッと立ちのぼっていた。


 ……サララの身体が、無言のままに震えた。


 獣に対する怒りと己の不甲斐なさに対する怒りが交じり合った奇妙な感覚に、サララの脳裏を、カッと熱気が循環した。



「……ああ、うん、なあ、サララ。落ち着け、後でお前に色々してもらうつもりだから、今は落ち着け」



 そう言って宥めるマリーであったが、ふー、ふー、興奮に顔を紅潮させるサララの耳には届いていない。


 それを見たイシュタリアは困ったように首を傾げてから、ほとんど動けなくなっている獣を見あげると、ふむ、と頷いた。



「まあ、念入りに凍らせておこうかのう」



 屋根を蹴って宙を跳び、今しがたまでマリーが嵌っていた場所に着地する。既に三半規管のダメージの回復を終えているようで、その身のこなしは軽やかだ。


 パキパキと音を立てて踏み砕ける触手の海の中から、ミミズのようにとろい数本の触手がイシュタリアへ伸ばされるが……イシュタリアは逆に、その伸ばされた触手を掴んだ。



 ――途端、パキリ、と獣の顔が軋んだ。



 瞬く間に脳を……脳があるのかすら分からないが、頭部を芯まで凍らされた獣は声一つ発する間もなく……絶命した。わけが分からないままに襲い掛かって来た化け物の、呆気ない最後であった。






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