第十三話: 暗闇より垣間見えるモノ

※グロテスク描写があります、苦手な人は注意





……走り出した『乗り物』は、思いのほか静かに薄暗い線路を突き進んでいる。






 進行方向を照らすライトの光が様々な光景を映し出しては、また暗闇の中へと残して行く。むきだしになった窓から、びゅう、と生暖かい風が車内に入り込んでいた。


 『乗り物』の速度は、馬など足元にも及ばない速さだ。車内を照らす照明は驚くほどに明るく、まるでここだけ昼間になったかのようで、何とも不思議な気持ちにさせられる。


 最初のうちはぎゃあぎゃあと興奮に奇声をあげていたナタリアも、だんだん飽きてきたのか、今ではぼんやりと通り過ぎて行く後方のウィッチ・ローザを眺めている。


 モンスターであるナタリアには、人間とは異なる何かが見えているのだろうか。途中から、十、十一、十二といった感じで、何かの数をかぞえているようであった。



(やれやれ、この『モノレール』とやらは、随分とまあ奥に入って行くもんだな)



 その声をぼんやりと聞き流しながら、サララに膝枕をされたマリーは、のんびりと床に寝転がっていた。


 さすがにプレートを付けた状態で膝枕はどうかと思ったのか、サララの胸を覆っているプレートは既に外されていた。


 この『モノレール』というやつは、実に大したものだ。走り出してから十数分、独特の振動を感じながら、マリーは率直にそう思っていた……当初の内は。



 チラリと、マリーは横目でイシュタリアの様子を伺う。



 何か思うところがあるのか、『モノレール』という、この乗り物のことをいくつかマリーたちに語ってからは、ずっと難しい顔で黙り込んでいた。



 ……少し前から、ずっとこの調子である。



 マリーたちはもちろん、バルドクたちが話しかけても上の空で、今一つ反応が薄い。乗り込んでからは特にそれが顕著のようで、普段の態度が嘘のように大人しい。


 心ここにあらずとは、このことを差すのだろう。至る所に視線を彷徨わせては俯くイシュタリアを見ながら、マリーはどうしたものかと頬を掻いた。



 そりゃあ……マリーだって、最初は驚いたものだ。



 こんな『東京』からそう離れてはいない場所の地下に、今も使用出来る骨董品……それも、『戦争前に使用されていた』乗り物があったのだ。


 ナタリアのようにはしゃぎこそしなかったが、その希少価値は素人にも分かる。興奮で鼻息を荒くしてしまったのはマリーも同じであった。



 ……とはいえ、だ。



 マリーは隣で寝転んでいるドラコの寝顔を見やる。その骨董品の中ですやすやと寝息を立てているドラコの寝顔の方が、マリーにとっては価値が有った。



(うむ、相変わらずこいつは色々と自由なやつだな)



 こんな場所だと言うのに、ドラコはずいぶんとリラックスしているようだ。


 少しばかり寝相が悪いせいで、ぽろん、と豊かな膨らみの片方が零れ出ているのが見える。


 メンバーの中では最も大きいそれは、重力に負けることなくツンと先端が天へと飛び出していた。何ともまあ、男にとっては目に毒な光景である。


 幸いにも、バルドクは運転(台から手を離すと、止まってしまうらしい)に集中しており、かぐちはそのバルドクの傍に立って話し相手になっているので、まだドラコの姿に気づいてはいないようだ。


 最後の男である源も、隅の方で膝を抱えるようにして寝息を立てていた。どうやらモノレールが生み出す独特の揺れには抗えなかったようだ。


 同じ姿勢で大人しくしているテトラは、眠ってはいない。まあ、『人形』が寝るのかはさておき、一緒に、しばしの休息を味わっているようであった



(……ふむ、これはもう揉むしかない)



 無言のままに手を伸ばして、その膨らみに手を宛がう。ぷにょん、とした独特の感触に思わず頬を緩めると、「んぅ……」うっすらと瞼を開けたドラコと視線が合った。



「…………」



 しばしの間、ドラコはマリーの顔と、己の胸をむにゅむにゅと揉みまくる小さな手を交互に見やる。


 ……しばらくしてようやく状況を呑み込めたのか、まん丸に見開かれた瞳が、不思議そうにマリーを見つめている。


 けれども、眠気が勝ったのだろう。大口を開けて欠伸をすると、くるぅ、と鳴き声をあげて再び目を閉じてしまった。



 ……ドラコの中で、胸を揉まれるということはその程度のようだ。



 許可が出たので気の図むまでマリーはもみもみし続ける。揉めば揉むほど味わいが出てくる、奥深い弾力であった。



(そろそろサララの視線が強くなってきたし、いいかげんにやめるか)



 ……だが、いつまでも揉み続けるわけにはいかない。少しばかり鬱陶しそうに眉根をしかめ始めたドラコを見て、マリーは手を離した。


 途端、目を瞑ったままのドラコがくるぅ、と喉を鳴らした。だが、マリーは気づかないフリをして反対側を向いた。


 反対側には、バルドクとかぐちの背中があった。それを見たマリーは、ふと「あのさあ、二人とも」気になっていたことを訪ねた。



「そういえば聞いていなかったけど、その『化け物』っていうのは何時もどういう時に姿を見せるんだ?」



 色々と衝撃的な状況ではあるが、今回の依頼内容はそもそも、『化け物の討伐』である。


 しかし、館で一通りの話を聞いていたマリーは、その化け物の正体を『害獣』と判断していた。


 害獣とは、要は人間を主に捕食対象として狙う、突然変異の獣を差す。モンスターと混同される事が多いが、全く別な……話を戻そう。


 その理由として挙げられるのが、襲われた者が食べ物を所持していたこと、女や子供と言った非力な者ばかりが被害にあっていたからであった。


 被害を受けた者の証言が『奇妙な形をした四本足の化け物』というものだったことから、『化け物』と呼んでいるともバルドクは話していたが、それでもマリーの中では変わらなかった。


 襲われたことで記憶が混乱しているのだろう……その程度に考えていた。


 おそらくは迷い込んだ獣か、それに近いもの……つまり、害獣ではないかとマリーは半ば確信めいた予想を立てていたのである。



(これはちょっと、軌道修正しなければならんかも分からんな)



 しかし……ここに来て、マリーは少しばかり予想を改めていた。『地下街』というのだから、だいたいの場所はイメージしていたが……さすがにここまで奥深い場所にあるとは思わなかったからだ。


 だいたいにして、獣は警戒心が強い。いくらここが温かくて雨風に晒されない場所だとはいえ、果たして、こんな奥深いところにまで獣が迷い込むのだろうか。


 マリーはこれまで、『害獣』と遭遇した経験はない。それ故にか、想像していた害獣のイメージが変わっていくのを、マリーは感じていた。



「……そうだな。特にコレといった時間は無いんだが、皆が寝静まった時か、あるいは一人になった時に襲われたりすることが多い」



 マリーの質問に、バルドクが振り返ることなく答えた。



「『化け物』は妙にすばしっこいうえに、警戒心が強いのか人目を避ける。既に話した通り、『化け物』の正体を見た者は少なく、被害を受けた者以外は誰もその姿を見ていないんだ」

「つまり、化け物の数が単体なのか、複数なのかも分かっていないってことでいいんだな?」

「……その通りだ」



 罰が悪そうに縮こまるバルドクとかぐちの姿に、マリーはため息を吐く。それによって、ますます縮こまる二人にマリーは苦笑すると、仰向けになって目を閉じた。


 バルドクたちの話では、『化け物』について分かっていることはほとんどない。なのに、襲われたり、何らかの被害を受けたりして、負傷者だけがどんどん増えていく。


 見回りを増やして常に監視の目を光らせたところで、隙間というものはどうしても生まれてしまい……その隙間を待っていたかのように、新たな被害者が出てしまう。


 そういったジリ貧的な事情もあって、最終的には『亜人と共闘し、亜人と共に行動する人間』であるマリーに助力を申し出た……というのが、バルドクとかぐちから語られていた今回の経緯であった。



(群れから外れた一人を狙う知能を有し、決して姿を見せない強い警戒心と俊敏性を持つ。襲われたやつらが全員生きていることと証言から考えれば、『化け物』自体はそこまで脅威ではない……か)



 そこまで考えた辺りで、ふわりと、髪を優しく梳かれる感触。


 サララの手から伝わってくる温かみに軽く頬を緩めながら、マリーは頭の中でこれまで得た情報を整理する。


 そうしてから改めて覚える違和感にマリーは、ふむ、と内心にて頷いた。



(ダンジョンにしか生えない植物に、戦争時代以前の骨董品が有って、しかもそれが今も普通に使える場所で生息する『化け物』……考えてみたら、不自然な部分があまりに多い)



 気を付けろ……か。



 イシュタリアの言葉が、マリーの脳裏にふと浮かび――。




「あら? あれは何かしら?」

「――んん?」



 フッと聞こえたナタリアの声に、マリーは目を開けた。見れば、ナタリアがはるか後方……遠ざかって行く暗がりの向こうを凝視していた。



「どうした?」



 サララの手を借りて身体を起こしながらマリーが尋ねると、ナタリアがくるりと振り返った。何とも言えない顔で首を傾げると、ほら、と後方を指差した。



「何かがこっちに近づいて来ているわ」

「……なんだと?」



 近づいてくる? この場所で? この速度で走っているのにか?


 穏やかな車内の空気には似つかわしくない、不穏な言葉だ。


 もう嫌な予感を覚えてしまったというのに、その予感が現実だと知らしめるかのように、今しがたまで寝息を立てていたドラコが、むくりと身体を起こした。



「マリー」

「ドラコか……どうした?」

「……敵意を感じる。強い気配……大物だ」



 それだけを言うと、ドラコは零れ出ていた乳房を仕舞いながら、ゆっくりと身体を起こした。


 その瞳は――ナタリアが指し示した方向へと向けられている。


 離れた所で、源とテトラが静かに立ち上がり……テトラも、ドラコと同様の方向へ視線を向けていた。



「――ねえ、どうかしたの?」



 聞こえてくる声に、只ならぬ事態を感じ取ったのだろう。幾分か緊張に表情を硬くしたかぐちが、マリーの傍に駆け寄って来た。


 かぐちの少し後ろでは、台から手が離せずにいるものの、こちらへ振り返って精一杯でいるバルドクの姿があった。



「何かが近づいて来ているんだとよ」



 マリーが率直に状況を伝えると、かぐちの表情が目に見えて強張った。それは恐怖と困惑が入り混じっていた。


 もはや確信めいていたが、念のため「なあ、この乗り物意外に、ここを走る物は本当に無いんだよな?」尋ねてみる……返ってきた答えは、肯定であった。


 ……かぐちたちも知らない、謎の接近物。まだ肉眼による確認は済んでいないが……どうやら、これで決まりのようだ。



「――サララ、準備は出来たか?」

「もう少し」



 手早くプレートを身に着けているサララに声を掛ける。



「焦るなよ。まだお客さんはこっちに来ていないんだからな」

「うん」



 マリーは未だに思考の坩堝に入り込んでいるイシュタリアの頭に「いたっ!?」ごつん、と拳を叩き込んだ。思いのほか重い手応え……しっかり中身が詰まっているようだ。



「考え事しているところに悪いが、お客さんだ」

「――なぬ?」



 涙目で睨んでいたイシュタリアの表情が、一気に引き締まった。



「数は?」

「不明だ。明かりを頼む」

「任せるのじゃ……少し待つがよい」



 それだけで、イシュタリアには十分であった。


 魔法術発動の為に集中し始めたイシュタリアから離れ、マリーはナタリアの隣に立ってジッと目を凝らした。「ほら、あそこ」と指差された場所に目線を彷徨わせ……フッと、生まれた黒い影に、「あっ」と声をあげた。



 ――いた。ナタリアの言うとおり、そこには何かがいた。



 ウィッチ・ローザの明かりを遮る黒い影が、フッ、フッ、と点滅を繰り返しているのが見え……その陰りが、点滅を繰り返す度に大きくなっていた。


 近づいて来ている。見間違いではなく、気配がこちらへと向かって来ている。


 そう、マリーが判断すると同時に、「さあ、用意は出来たのじゃ」魔法術発動の用意を終えたイシュタリアの手から、ボール大の光球がふわりと飛び出した。


 淡い光を発する光球が、ふわふわと窓から飛び出して、『乗り物』に併走するようにして、そこに静止する……そして。


 準備を終えたサララが立ち上がったのと同時に、淡い光を放っていた光球が……爆発したかのように光を強め、通路全体を明るく照らした。



「――おいおい、なんだよあいつは……!」



 そして、露わになったお客の正体を見たマリーたちは一斉に、息を呑む。ポツリと零したマリーの声が、皆の心の内心を代弁していた。



 影の正体は、巨大な獣であった。



 だが、ただの獣ではなかった。



 まさしく、『化け物』に足り得るおぞましい姿をしており、傘を連想させる不気味な身体を激しくくねらせていた。


 おそらくは胴体と思われる部分から伸びる、九本の足……否、もはやそれは、足というにはあまりに奇形であり、足と形容してよいのかすら分からない造形をしていた。


 強いて言い表すのであれば……触手。そう、触手だ。


 触手としか思えない九本の足を、まるでタコのように蠢かせ、叩きつけ、ぜん動させながら、物凄い速度でマリーたちが乗るモノレールを追いかけてきていたのだ。


 吠えることもなく、唸ることもせず、威嚇する素振りすらない。怖気を覚える気色悪い造形のその獣は、ガラスのように無機質な四つの瞳でマリーたちを捉えていた。



「……ああ、うん」



 ドラコですら絶句する光景。それは、この場では最年長であるイシュタリアすら絶句させるに足る、凄まじい光景であった。


 また、視界の端で、同様に。さすがに、ぽかんと呆けている源の姿に少しばかり親近感を抱いたマリーは、ポツリと背後に居るかぐちに尋ねた。



「いちおう聞いておくが、あそこにいるよく分からんやつが、お前らの言う『化け物』ってやつかい?」

「そんなわけないでしょ! あんなの、私たちも初めて見たわよ!」



 緊張と恐怖を孕んだかぐちの悲鳴が、開戦の狼煙となったのか……それは定かではない。


 しかし、その悲鳴と共に巨大な獣が伸ばした触手の一本が……車体の天井へと伸ばされて、車内に飛び込んできたのであった。


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