つながり
仲仁へび(旧:離久)
01
「あー、ずりぃ、俺が先に見つけたのに!」
「へへーん、俺の方が早かったもんねー」
視線の先で友人同士だろう少年が、スマホをかざして電柱の上を見つめながらはしゃいでいる。
こちらからは見えないけれど、おそらくそこには彼等にしか見えない生き物がいる。
彼等に見えているのは、彼等だけの優しい幻。優しい世界。
子供だけに許される時間。
電子生物マニアの彼女なら、きっと彼等と交ざってあれこれ騒いでいただろう。
「飼い主の名前登録っと、ホームの登録は……あれ大きそうだから、俺の部屋だと窮屈だな。家の物置にしとこっと。あっ餌って何与えればいいんだっけ。」
「分かんね、明日学校で今度あっちゃんに聞いてみようぜ。先生がいない放課に教室で見せびらしてやろう! 飼い主のよっちゃんが呼べば、すぐ来るんだろ?」
彼らは楽しくお喋りしながら、向こうへと走り去っていく。
他に人影はない。
学校帰り。
夕暮れに染まる道路を歩いていると、せつなくなるのはなぜだろう。
胸をつかれたような気分になって、ほんの少しだけ寂しくもなる。
そこが人通りの少ない道だったりすると、なおさらそんな気分になる。
そんな感傷的な気分に浸る自分はおかしいだろうか。
「おかしくはないんじゃないかな。私もそんな事考えてるし」
隣を歩く彼女が、こちらの心を読んで呟いた。
同じ気持ちだったらしい。
そんなささいな共通点がひどく嬉しくなった。
「あと、何回だろうね」
彼女は夕日に目を細めながら言う。
僕はとぼけたように「さあ」としか口にできない。
実は答えは分かってた。
それは、何度も数えた事がある。
彼女とこの道を通れるのは残り一回。
こんな風に学校帰りに並んで歩けるのは、あと一回しかないと。
分かっていたけど、言えなかった。
「賭けは私の勝ちだね」
彼女は勝利を確信したように、こちらに笑いかけた。
まぶしい。
まるで今この道路を照らしている夕日の様だった。
「君が負けたら、例の件は諦める事」
彼女が口にするそれは、一週間ほど前にした賭け事にまつわる話だった。
今、町で流行している電子生物を何種類見つけられるかという勝負の。
買った方は、負けた方にアイスを奢る。
それだけの、学生にとってはありふれた小さな賭け事だ。
彼女とのつきあいは、今通っている学校の入学式依頼のつきあいだ。
三年間だけの短い付き合い。
けれど、ごく普通の生活を送る一般人からすれば、彩り鮮やかな青春の中の、大切な付き合い。
けれど、明日で卒業だ。
長いようで短くて、あっというまに過ぎていってしまった宝物の様な日々。
思い出の中の彼女はいつも楽しそうに笑っていた。
きっとこれからも彼女は同じ笑顔で笑い続けるのだろう。
知らない誰かに向けて。
「さみしくなるね」
さびしげな彼女の声。
しかし表情は見えない。
彼女は、俯いてた。
しっかり見れば、彼女の心は分かったはずだ。
でも、こちらに前髪の隙間から向こうを覗き込んで確かめられるほどの勇気はなかった。
卒業式を終えたら、彼女はどこか遠くの町へと行ってしまう。
ちょっと思い立ったら顔を見に行ってみよう、なんてそんな事絶対できない場所へ。
この町も、この町に住む自分達も、とりたてて奇抜な所があるわけではない。
自分達を、適切な言葉で言い表すとするならば、何だろうか。
おだやかでのんびりで、勇者がいるような世界だったらモブとでも呼称されるような空気みたいな存在だろう。
彼女はきっと忘れてしまう。
時々はあんな事があったね、あんな人がいたねみたいな事を思い出してくれるだろうけれど、それまでだ。
お互い違う人生を歩んで、違う経験をして、出会いを重ねていくうちに、あっさり忘れてしまうだろう。
「え?」
けれど、それが嫌だったから、最後になる前に強烈な思い出を残そうとしたのだ。
「明日?」
願わくば、この試みが成功しますように。
「いいけど……」
怪訝な表情になった彼女と別れて、家へと向かう。
翌日、彼女より先に学校を出てから、ある場所へと向かった。
その木に止まっていたフクロウの姿を確認して、ほっとする。
見つけたのは偶然だ。
公園の一画、あまり目立たない場所に建つ木で、その子が鳴いていたから。
一緒に連れて行ってもらおうと思う。
忘れる事は簡単で。
忘れない事は難しい。
忘れられてしまったら、きっとそれまでだろう。
でも、忘れられないように努力する事はできる。
夜。
冷たい空気。
いつもよりほんの少し遅い時間に歩く帰り道は、薄暗闇の中にある。
世界は眠りについている。
もういっそ、そのまま目を覚まさないでいてほしい。
彼女の目に映る世界を、優しい世界だけでいっぱいにして、そのままでいてほしい。
無理な事だ。
よく分かっている。
「来たよ」
待ち合わせをしていた彼女がやってきた。
残り一日の、今日限りの貴重な帰り道の時間を消費してしまった。
それがただの無駄に終わるか、それとも意味ある時間になるのかは、今はまだ分からない。
周囲を見回す彼女に、指をさした。
方向は当然、フクロウのいる木の方だ。
「すごいね、よく見つけたね」
笑顔の花を咲かせて子供っぽく喜ぶ彼女。
捕まえてごらん、と促すと彼女は「いいの?」と遠慮がちにこちらを見た。
フクロウは、レアな電子生物であり、滅多に人のいる住居空間には出現しない。
電子生物の収集家でコンプリートを目指している人は、山林の中を丸一日かけて歩いてやっと見つけたというほどだ。
彼女が戸惑うのも理解できる。
けれど、だからといって自分で手に入れる気はなかった。
あのフクロウは、彼女に捕まえてもらわなければ意味がないのだ。
彼女に忘れないでいてもらう為。
「分かった」
そして、彼女がどこか遠くの地に行ってしまってから、一週間が経った。
だけど、彼女はこれからも僕の事を忘れないでいてくれるだろう。
スマホをかざした画面には、窓枠をコツコツ嘴でたたくフクロウの姿がいた
ちょうどよくスマホに着信がなったので、一週間ぶりに電子生物マニアである彼女の呼び出しに応じる事にした。
「ひどい!! いつの間にデータをいじったの!? 私のホウちゃんの飼い主の登録と、家の登録別々の所にしたでしょう! 飼い主の欄に私の名前が入れられなくなってたから変だなって思ってたのに、今日こそホウちゃんを返して」
返事はとうぜん、やだ、だ。
つながり 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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