フクロウ部隊

石上あさ

第1話

 ――『操縦士としての従軍要請通知』

 彼の元にその命令が届いたのは、警戒態勢を告げる非常ベルのうるさい、ある夏の日のことだった。その日も彼はFPSゲームに熱中していた。

 太陽がただれたように暑かった。部屋を外界から隔離する窓ガラスがケロイドみたく溶けてしまうんじゃないかと思うほどの灼熱だった。それでも戦時中の都合のため、各家庭に供給される電量には限りがあった。その中で彼は空調をつけて得られる快適さよりもゲームをすることに電力を割いた。それほどの中毒者であった。

 ――戦時中。そう、今現在日本は〈大厄災〉によって突如発生した未知の怪物〈鬼〉たちとの交戦状態にあった。〈鬼〉たちは物理法則を嘲笑うかのような超常的な力をもっており、その異能の前に現代兵器をもってしても自衛隊はじわじわと後退を余儀なくされていった。

 東京タワーもスカイツリーもへし折られ、首都は三日で陥落した。未来への希望以外のすべてを捨てて逃げ延びた人たちが千葉県に最終防衛戦線を築き必死の応戦をしているが、劣勢を覆すのは難しかった。

 当然、ほとんどの国民もなんらかの形で戦争へと駆り出される。兵士、軍需工場の労働者、その他思いつくあらゆる形で戦争と結びつけられ、誰もが戦いとは無縁ではいられなかった。なにもしないで駄々をこね続けるのは彼のような面の皮の厚い社会不適合者くらいのものだった。

 なにかしなければ――。

 そう思うことが全くないわけではなかったが、次の瞬間にはいつも誰かのせいにするための言い訳が頭をよぎる。そうしている間にも時は過ぎ去り、全身を汗が伝い、無情にも日々が過ぎ去っていく。

 そんなある日、彼の部屋が控えめにノックされた。

「賢ちゃん、あの……防衛省のお偉い方が、あなたに会いたいって」

「――は?」

 文字通り、言葉を失った。今このご時世で最も忙しいであろう肩書きを背負った人間がこんな一般庶民の家まで立ち寄ってきて一体なにをしようというのか。

「お母さんにも詳しいことは分からないんだけど、とにかくドアを開けてちょうだい」

 動揺のために身体が硬直しかけてはいたが、母の不安そうに震える声がそれ以上に気がかりで、言われたとおりにドアを開ける。出てきたのは高そうなスーツに身を包んだ黒服の男だった。

「君が森福賢太郎だね。私はあるプロジェクトの関係者として防衛省から派遣されてきた者だが、ぜひとも君に手を貸してもらいたい。君自身の人生だけでなく、これからの日本の未来をも左右する大事な話なんだ。早速一緒に来てもらおう」

 そう言うが早いか、汗まみれの彼の腕を掴むと、寝間着のままの彼を有無を言わさず引きずって階段を降りる。玄関を開けて外に出ると、そこに待っていたのはこれまた高そうな黒塗りの車だった。

「出してくれ」

 彼の戸惑いをよそに無慈悲にも発車する。彼はほとんど出荷されていく家畜のような気分だった。まさか、戦時中にニートをしていたせいで処刑される?もしやそのまま明日の配給食料にされたりする?

 やがて車が辿り着いた先は、自衛隊のとある作戦基地だった。

 通された部屋にはすでに何人かの男女が座っていた。そして彼と同じように怯えきった目で新しく入ってきた彼を見上げてくる。そうして同じなのはその目つきだけではなかった。太っているもの、過度に痩せているもの、いくらかの違いはあったけれども例外なく日に焼けてない彼らの共通点はどんな人でも一目で分かる。

 彼ら全員がニートだったのだ。

「よし、全員揃ったところで早速説明を始めさせてもらおう」

 状況が飲み込めないまま彼が着席すると、迷彩服を着た中年の男が口を開く。

 その内容は彼の想像の真逆をいくものだった。

「戦況は苛烈を極め、我々はことごとくの人員を損失し、無人兵器の操縦士ですら底をつきはじめた。そこで政府は思い切った舵取りを行った。軍用に開発した無人兵器の制御ステーションを家庭用ゲーム機と全く同じ扱いができるように改良を加えたのだ。

 その狙いはたったひとつ、無人兵器を扱うための訓練の時間と予算を削ることだ。最初からゲームにおける戦いに慣れた「猛者」を徴収すればその者は即座に戦場に適応することができる。貴様らのように運動神経がなかろうと、忍耐力やコミュニケーション能力がなかろうと、無人兵器を操り〈鬼〉を殲滅できれば問題ない。これが貴様らが今ここにいる理由であり、今まで家畜以下の存在であったにも関わらず生かされてきた理由でもある。分かったならこれまで社会の足を引っ張ってきた分、キビキビ身を粉にして働いてもらおう」

 

 その後、それぞれの得意分野に合わせて所属が割り振られていった。

 フライトシューティングが得意な者なら無人航空機部隊、FPSが得意ならば無人戦闘機ドローン部隊か、無人攻撃機ロボット部隊。彼が割り振られたのは無人戦闘機ドローン部隊だった。

 そして、簡単な操作説明のあと実力テストを兼ねた簡単なVR模擬戦闘の末、彼らはどんな自衛隊員も成し遂げなかったハイスコアをたたき出し、早くも翌日から実戦投入されることが決定した。――といっても、実際に戦うのは彼らが操縦するドローンなのだけれど。

 ともかく、運命のイタズラによって彼の人生はたった数時間で逆転した。なんと、つい数時間前まで引きこもりのニートだった彼はこれから「操縦士」という軍人となって自衛隊とともに対〈鬼〉特殊作戦につくことになるのだ。けれど、国家を守る重圧というよりかは今までプレイしたことのないゲームを遊べるという興奮と期待の方が大きかった。それほどまでに彼は重度のFPSゲーム中毒者だった。そして、母にいくらかの親孝行ができることも彼の罪悪感を軽くした。

 訓練やテストからようやく解放されると、驚くべきことに必要なら家に帰ってもいいという通達まであった。というのも、これまではひとつの基地に操縦士が集中していたのだが、そこを攻撃されると物資だけでなく人員まで損失してしまう。そのため、ネット環境さえ整っていれば各員が自宅から操作する方がリスク分散にもなるため申請さえすれば帰宅も許可されるのだという。

 迷わず、彼は己の戦場として自宅を選んだ。


 翌日、昨日とはうってかわり彼の部屋には空調が行き届いていた。

 よく冷えた快適な環境の中で、初陣を控えた彼はリラックスと興奮の入り交じった、とても充実した精神状態にあった。 

 かつてFPSガチ勢としてネット上に君臨してたときと同じように、簡単な準備運動をする。首回り、手首、そして指の動きを入念に柔らかくする。かたわらにはわざと冷ましてあるコーヒー。画面には出撃待機中のドローンの視界がそのまま表示されている。

 出撃まであと五分。特にすることもないこの時間は、余計なことが頭に巡ってしまうため変に緊張してしまいそうな宙ぶらりんな時間でもあった。

 すると、同じ事を考えた者もいるのか、同じ小隊に配属されたチームメイトがチャット欄に書き込みをしていた。


* ここにいるのは、日常生活でも曲がり角を見るとクリアリングしちゃう病にかかったやつなんか?


 それに反応して、また別の書き込みがある。


* 足音に異様に敏感奴もおるやで

* これから戦争に参加する実感とか全くでらんわ

* それでええやろやることは結局ゲームと変わらんし

* それよりワイらのクラン名を決めた方がええんやないか?

* そのまんまNEETでええやろ 

* NEETの定義調べなおしてきてみい


 それらのやりとりを見ていると、まだ半信半疑ではあるものの、少しずつ実感が湧いてくる。まさか本当に俺が戦争に参加するの日がくるだなんて。興奮で胸を躍らせながらチャットの流れを見守る。


* こういうのはどう?自宅警備員じゃなくて日本警備員

* 何言ってんだこいつ

* 嫌いじゃないけどもう少し捻った方がよくないか?


 そこで彼はちょっとした遊び心で思いつきを書き込んでみた。 


* ワイらは働きもせずウンコ製造機やったやろ?そこでこういうのはどうや。苦労を知らないっちゅう意味で「フクロウ(不苦労)部隊」

* フクロウ(不苦労)部隊(キリッ

* 好き

* 日本警備員よりかはマシ

* ま、ええんちゃうんか


 思いのほか、反応は好感触だった。こうして彼のの所属する小隊の、彼らだけに通じる部隊名が決定した。


* そろそろ出撃だぞ

* よっしゃ、やったるで

* ワイが今日の撃墜数トップになるんや


 出撃の合図がなり、それぞれのドローンが発進する。FPSの手練れということで呼ばれたけれど、操作感でいうと、ロボットゲームに近い部分でもあった。そして、言うまでもなくオープンワールド。残機なしの一本勝負で、怪物たちとしのぎを削る。

 広い空に躍り出ると、言葉にできない高揚感が全身に快感をもたらした。

 狭い狭い部屋の中で、しかし心だけは青く広い大空の中にいた。

 逆転してみせる、と彼は思った。

 このジリ貧な戦況も、引きこもりのニートとして過ごしてきたクソみたいなこれまでの人生も。

 無駄に思えてならなかったこれまでの積み重ねが、なんの役にも立たない時間の浪費だったものが、今こうして実を結ぼうとしている。初めて誰かに能力を認められて必要とされたのだ。成し遂げられるかどうかの分岐点に今自分は立っているのだ。


 その日の戦績は上々で、上官でさえも予想しなかっためざましいものだった。やがて彼らは空を翔け獲物を狩る「フクロウ部隊」として名を轟かせ、猛禽類さながらの戦いぶりによって「防衛省の切り札」と言われるまでの躍進を遂げた。その数年後には敵味方の識別も可能な完全自律行動型のドローンが開発されることになるのだけれども、その開発が完了するまでの間、彼らは日本の命運、人間の尊厳をかけて得体の知れぬ怪物、〈鬼〉たちと昼夜を問わず戦い続けいくつもの勝利に貢献したのであった。


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