第8話
帰り支度をする客がぽつりぽつりと増え始めた。翡翠と遠雷は、彼らを見送った。
「遠雷、翡翠、おやすみなさい」
「今日は楽しかった」
これからよろしくね、と彼らは口々に言って、ひとり、またひとりと遠雷と翡翠の庭から去っていく。
最後に残った五、六人の友人たちと一緒に、私は後かたづけを手伝った。そして、最後には、また翡翠と遠雷とタフタ、そして私にだけになった。
賑やかさは去ったが、寂しさはなかった。
「後は明日にしよう」
遠雷がそう言ってのびをして、私と翡翠に家に入るように言った。翡翠はタフタを抱えるようにして、先に中に入る。遠雷が私を肩を軽く叩いた。
「上出来だったな。本当は人間なんじゃないのか」
彼はそう言って薄く笑った。言葉にはひとつも表れていないのに、私は彼が私を労っているのだと感じた。
浴室を使う順番を、翡翠と遠雷は私に一番に譲ってくれた。私はかたちばかりシャワーを浴びて、そして遠雷に渡された洗剤で、赤いしみの広がったシャツを洗った。しみは薄くなったが、きれいには落ちなかった。けれど私はそれで満足だった。
浴室を出て翡翠とすれ違った時、彼は立ち止まり、
「今日はありがとう。助かったよ、ジェイド、疲れたでしょう。ゆっくり休んで」
そう言って私に笑いかけた。私も翡翠におやすみを言って、三日目となった私の部屋へ引き下がった。窓際に濡れたシャツを掛ける。そしてカーテンを開けた。地球が見える。
それを眺めながら、私は今日一日の私の行動を振り返り、評価した。
百点だ。もし、千点満点なら千点だ。これ以上の高得点はつけられない。
それが私の出した結論だった。
今夜は私のことを誰も、人造人間だとは気づかなかった。気づいてもそれを責める人はいなかった。みんな私を人間だと思ってくれたはずだ。少しおかしなところもあったかもしれないが、それを不愉快に感じた人はいなかった。
私は翡翠と遠雷の役に立ったのだ。
その時、私の手の甲に水滴が落ちた。私は水滴の出所を探した。水滴は私の両目から流れていた。涙だ。私には泣く、つまり涙を流す機能が備わっている。人間に限りなく近づけるように作られたからだ。
だけどこんなふうに泣くのは不具合だ。
やはり私は欠陥品だ。そう思うのに、涙があとからあとから出てきた。
私が泣くのは、私を使う人間のためだ。こんなふうに、自分のために泣くなんて、欠陥以外のなにものでもない。しかも今、私の涙腺を刺激しているのは、悲しみでも苦しみでもなかった。
私は嬉しくて涙を流していた。私の満たされた気持ちが、涙となって溢れていた。
私が自覚していた欠陥、それは、私に感情があることだった。喜ぶのは欠陥だ。楽しいのは欠陥だ。寂しいのも、嬉しいのも、悲しいのも欠陥だ。感情があるなんて許されない。
私は人造人間だ。それなのに、私の中に芽生えた感情は、人間として扱われることを望んでいた。それは不遜で、大それた望みだった。そんな望みを抱くことが、欠陥そのものだった。欠陥品には価値がない。それが人造人間としての私の判断だった。
だから私は私の機能を停止させ、処分しようとした。
それなのにこの翡翠と遠雷が私にしてくれたことを再生するたび、涙が出てきた。今夜のパーティーで共に過ごした人々のことを再生するたび、涙が出てきて止まらなかった。
翡翠と遠雷は、私を人間として扱ってくれた。私は私を処分するためにここまでやってきたのに、それとは逆に、彼らに望みを叶えられたのだ。
そして、人間らしく扱われるということが、こんなに嬉しいことだとは知らなかった。嬉しい気持ちが涙となって溢れ出ることも、知らなかった。
私は嬉しかった。心が浮き立っていた。そう、私ははっきりと自分に心があるのを感じる。この人造人間の私に、感情の揺れ動く心があるのを。
涙があとからあとから出てきて、止まらなかった。
このすべてが私の欠陥だとしても、私は今、こうしていることが嬉しかった。人造人間として動いているのではない。私は生きている。そう思った。そう感じた。
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