第3話

 私は遠雷から、必要な情報を得た。

 翡翠と遠雷は、先月ブリアルドス市からこのトリスネッカー市に引っ越してきた。ブリアルドスの大学を卒業した翡翠が、この町の大学院に通うことにしたからだ。遠雷はそれまで調理師として働いていたビストロを辞めて、彼についてきた。月では珍しい保存家屋に住んでいる理由は、飼い犬のタフタのために、広い庭が欲しかったからだという。

 翡翠はすでに学校に通い、その他に研修生インターンとして、あるシンクタンクで働くことが決まっている。遠雷は自分は無職で、専業主夫みたいなもんだ、と言って笑ったが、知人に紹介されたホテルのレストランで働くことが決まっていて、月曜から仕事を再開するという。

 お互いの生活が慌ただしくなる前の土曜の夜に、彼らは引っ越しの挨拶を兼ねて、トリスネッカーで知り合った人々を自宅に招く予定なのだと言った。

「天気予報では雨が上がると言っていたのにな。明日も雨だったら、ちょっと困るな」

 窓の外を見ながら、遠雷は顔を曇らせる。硝子の向こうは薄曇りで、昨日ほどではないが弱い雨が降り続いていた。

 せっかく広々とした庭があるので外のつもりでいたが、雨が止まないと室内になってしまう。この広さじゃ客が入りきらない、と遠雷は頭を抱えていた。

 午後には買い物を頼まれた。私を助けたせいで、行けなくなったという買い物だ。

 財布を渡しながら遠雷は、

「少しましな服を買えよ。あんまり高いのは困るが、今乾かしてる服じゃ、人の集まるところにはちょっとな」

 と、私に言った。私は彼の端末を借りて自分に接続し、データベースから適当な服装を選び、遠雷に見せた。彼の好みとは合わないようだったが、遠雷が良しとする組み合わせをいくつか収集すると、彼の好みも問題である可能性が浮上した。それを指摘すると、

「翡翠と同じことを言うな。嘘はつけないのに嫌味は言えるのか」

 と、彼は苦笑しながら言った。買う服のパターンを決めた後、私は彼に言った。

「遠雷、買い物のリストはありますか? 転送してください」

 端末と私は接続したままだ。

「人造人間になりきってるな」と、遠雷は笑って、手早く作ったリストを私に送信した。

 出掛ける直前に、私は聞いた。

「私に財布を預けてもいいのですか?」

 体内の一部を機械化し、外部のデータを直接脳に取り込むデバイスを持つ人間は少なくない。遠雷の言葉や態度や表情で、彼が私のことを人造人間だとまるで信じていないと、わかっていた。

「なんでそんなことを」

「財布を預ける、というのは人間の生活の中で重要な位置を占めるはずです。あなたは私の言葉を完全には信じていませんから、信用できない相手に財布を渡すのは、的確な行動ではありません」

 遠雷は軽く肩を竦める。

「その通りだな。でも、いくらも入ってるわけじゃないし、財布を持ち逃げされたら、ジェイドは嘘つきだったんだとわかる。あんたが本当に人造人間で、ちゃんと買い物に行ってくれたら、俺と翡翠は助かる。それだけのことだ」

 遠雷の返事に、私は納得した。そして財布を持ち逃げしたりしなかった。車を借り、教えられた店に行き、必要な分量を正確に買い、まっすぐに帰った。買って来た服の上下を見せると、遠雷はわずかに眉を顰め首を傾げ、

「イマイチだけど、まあ、あんたには丁度いいさ」

 と、言って肩を竦めた。そしてすぐにその話題を忘れたように、私の買い物の確認した。それが完璧だとわかると彼は、これでタフタの散歩にゆっくり行ける、と喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る