知恵が欲しい

増田朋美

知恵が欲しい

多分きっと、私は頭がよくないのだと思う。だって、テストでこんなに悪い点数しか取れていないんだ。国語のテストは、たったの53点であった。

それはきっと、試験で要求される答えを、しっかりかけないと、合格したことにならないのだと思う。

でも、私は、どうしても、その通りだとはおもえないのだ。ああいう状況で、うれしい気持ちなんてわいてくるものだろうか?

ことの発端はこうである。小説を解読する国語の定期試験を受けたのである。小説解読は、文書の中に答えがすべて書いてあるっていうけれど、果たしてそうだろうか?逆に文書しか書いていないので、それを通して連想し、一人ひとりイメージを思い浮かべるのが、解読の楽しみなのではないか。と、私は思うのだが、どうも、学校が要求する頭のいい人というのは、そういうことではないらしい。ただ、試験でいい点が取れればそれでいい。ただ、先生が教えたこと、教科書や参考書に書いてあることを丸暗記して、それを書けばいい点が取れる。私は、学校に隠されているトリックを知った。そうなると、この世の中はなんてつまらないものだろうか。そういうことができる人だけが偉い人として、学校であがめられるのだから。

以前、というか、少なくとも小学校くらいまでは、解読したことを口に出して言っていいという場面があった。もし、相反する意見が出たとしても、議論をすることもできた。反対意見を出しても、先生がうまくまとめてくれて、自分が納得するように、正しい答えを頭に入れることができた。よく意見を述べれば、真剣に授業に参加しているとして、高い評価をもらうこともできた。周りの人もそれを認めてくれて、頭が良くていい子だとほめてくれた。しかし、中学校では、授業にいくら参加しても、そのことは一切評価されず、其れよりも何はともあれ、試験の結果だけがすべてになってしまう。いくら授業態度が悪くても、試験さえよければ、優等生になってしまう。だから私は、一気に優等生から劣等生への転落だった。こんなつらいことを三年間も繰り返さなければいけないなんて。中学校というのは、こんなに砂をかむようなつまらない場所だったのか。私は、中学校という場所に、絶望した。

そして、私は頭がよくないという結論に至ったのである。

でもなんだか、そういう劣等感を持っていると、私は、もうだめだという気持ちばかりになって、もう何もやる気は出なくなった。どうせ、試験の点数がとれなければ、部活だって、楽しむ権利もなくなるのだ。それよりも、試験の答えをひたすらノートに書きまくり、それを徹底的に暗記して、点数を獲得するという悲しく苦しい毎日が繰り広げられた。それは、自分の答えとは相反するものを覚えなればならないことが多くて、非常につらい作業だった。

今日も、私は部活をすることも許されず、趣味的なものをやることも許されず、まっすぐ家に帰って、机にむかった。そして、自分の気持ちに相反する答えをひたすらノートに書きまくって、暗記することに費やしていた。

「ホウホウ。」

どこかで鳥の鳴き声がする。あの鳴き方は間違いなく梟が鳴いている。この辺りは、完全な市街地ではなかったから、時折森の中から野生の梟が飛んでくることがあった。梟と言えば、知恵の神様と呼ばれるほど知能が高い鳥だという。よく私が、昔読んで聞かせてもらった絵本の中でも、梟は大体物知り博士として登場し、よくほかの動物たちに知恵を授けたりしていた。

「知恵の神様、私にも知恵をください。其れも試験で百点を取れるような知恵をください。それをいただけるなら、私は何もいりません!」

私は、思わず勉強する手を止めて、思わずそんなことを叫んでしまった。そんなことは、かなうはずもないけれど、どこかでまた、

「ホウホウ。」

と梟の鳴き声がしてきた時には、また知恵の神様が何かお返事してくれたのではないかと思った。

翌日。学校は土曜で休みだった。でも私は、勉強ができないから塾に行けと親から言われていた。塾だって、学校と同様に、というかそれ以上に、勉強ができないという劣等感を味合わされる場所なので、私は行きたくなかった。

一応、鞄をもって塾に向かおうと思ったが、もうこんなに苦しい生活はしたくなかっつた。一度でいいから、自由になりたい。私は、塾の反対方向へ歩き出したのであった。

その日は陽が高く照っていたから、なんだか少しのどが渇いた。ちょっと飲んでいくかと思って、ある自動販売機のまえで止まった。財布を出してみると、小銭入れに500円しか入っていなかった。それを出して、自動販売機に入れようと思ったが、なぜか指が滑って、コロンとお金を落としてしまった。500円は、まるで私から逃げていくネズミのように転がっていき、ぼちゃんという音を立てて、ちょうど反対側にある、用水路に入ってしまった。ほかにお金も持っておらず、結局飲み物を買うどころか、500円という大金を落としてしまうという大損をしてしまった。せめて本屋さんでも行こうかなと考えていたが、お金を落としてしまったら、もとも子もない。

今日は本当に最悪だと考えながら、仕方なく帰ろうか、と思う。でも塾を休んだら、親からこっぴどく叱られるのも間違いない。塾の先生にも、叱られるだろう。結局私は、そうやって生きていくしか、ないということか。自分で何かしようということは許されない身分なのだとはっきりわかった。

不意に、私は、ある人に肩をたたかれたのを感じた。誰だと思って、後を振り向くと、一人の人が立っていて、その人に肩をたたかれたのだ。一体何ですかと、私が言うと、その人は黙って、右手を差し出した。その手の平に真新しい500円が乗っていた。

「これ、いいんですか?」

思わず言うと、

「どうぞ。」

と、彼が言う。こんな時にお金を貸してくれるなんて、天からのパンのようなもの。「でも、返済など。」

と、私は、しどろもどろにそういったが、

「返済はいりませんよ。それより、ひどく悩んでいるようでしたから、心配になったんですよ。」

にこやかに笑って言うその人は、本当にきれいな人という表現がまさにぴったりな人で、でも痩せて窶れていた。

「なんでもいいですから、これで好きなものを買ってくださいませ。」

その人はそういって、別の方向へ歩き出していくのだった。

「待って下さい。」

と私は言った。その人は立ち止まって、私のほうを見てくれた。

「ご、ごめんなさい。何かお礼しなきゃ。たいしたお金持ちではないから、ジュース一本くらいしか買えませんけど。なにが欲しいか、言ってくれませんか。」

「いや、お礼など結構ですよ。僕は、お茶くらいしか飲めませんもの。」

と、彼は言うが、私はただ恐縮して言うだけだと思って、急いで自動販売機を見て、紅茶を選び出し、彼にペットボトルを渡した。それは、私にとっては日常的に飲んでいる、ロイヤルミルクティーと呼ばれるものであるが、基本的に平成生まれの私にとっては、お茶というと紅茶をさしてしまうのである。緑茶なんて、年寄りの飲むものだと思っていたし、ここにいる人は、さほど年寄りではないとおもわれたから、やっぱりそうだと思って、私は当然のごとく紅茶を出したのである。

続いて私も、同じ紅茶を出した。ここまで綺麗な人と、同じものが飲めるなんて、本当にうれしかった。

自動販売機の近くに、小さな木製のベンチがあった。私はすぐに腰かけて紅茶をがぶ飲みした。相当のどが渇いていたのか、私のペットボトルはすぐになくなってしまった。でも、その人は、ほんの一口程度しか、口にしなかった。

どうしてなのだろうか、私は聞いてみたかったが、答えは数分後にすぐわかる。その人がせき込み始めたのだ。

「ごめんなさい。」

私はすぐ言った。以前、覚えていたことがある。親戚の子供さんで卵とか乳製品で、こうやって激しくせき込んでしまう子がいた。彼とおなじなんだなと、すぐ確信した。私は、その子にしたことと同じことをその人に実行した。背をさすったり、たたいたりして。とりあえず、その人は、数分後にせき込むのをやめてくれたが、口を拭ったハンカチーフには、赤いものが付いていた。

「あ、ああ、すみません。気持ち悪いところを見せちゃいましたね。」

「いえ、悪いのは私です。紅茶とか、乳製品で当たってしまう人は結構いるって、私、忘れてました。」

「忘れていないんじゃありませんか。」

不意にその人がいった。

「どういうことですか。そんなことありません。ただ、対処しただけの事ですよ。私の親戚に似たような人がいただけの話です。それだけの事です。」

「でも、覚えているなんてすごい。」

と、その人は笑った。

私って、そんなに暗記力あっただろうか。

「そんなことありません。あたしは、ただ、試験の答えを暗記するだけの、ただのさえない中学生です。」

私は、それを否定したのだが、

「いいえ、いつも勉強や部活に追い詰められて、そういうことを忘れてしまう人のほうが多いから、すごいなと思っただけですよ。」

と、彼は言った。

「それでは、僕はもう帰りますが、どうか試験の答えを出すよりも、僕みたいな人を助けられるということを忘れませんよう。」

立ち上がって、私が来たのと反対方向へ歩いていく彼。私が「間違って」買ってしまった、紅茶は、彼が持って行ってくれた。

その日の夕方、また梟が飛んでいく音がした。

「ホウホウ。」

という、鳴き声も聞こえてくる。もしかしたら、知恵の神様は、私に試験で百点を取ることはできない代わりに、こういう知恵を授けたのではないだろうか。

決して、陽の光を浴びることはないかもしれない。でも、ああいう人に偏見なく手を出せるのだということを。


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知恵が欲しい 増田朋美 @masubuchi4996

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