フクロウのTシャツ

人口雀

フクロウのTシャツ

 今年の3月14日は平日だ。こんな日の放課後に彼氏から「一緒に帰ろうぜ」なんて言われてソワソワしない女子なんて居ない。

 しかも彼氏はあからさまにお洒落な紙袋を持っていると来たもんだ。


 でも世の中はそう単純にはできていない。この中に入っているのはこの間の日曜に買ったクッキーと香り付きハンドクリームではない。

 フクロウがデカデカとプリントされているTシャツが入っている。


 理由は分からない。昼休みに一応チェックしたらフクロウだった。

 確か、何年か前に変な店で買ったXLサイズのフクロウのTシャツが入っている。俺のサイズはMだから当然一度も着たことは無い。しばらく部屋の壁に掛けていたのだが、いつの間にかタンスの奥に眠っていたフクロウだ。


 フクロウのTシャツ。

 バレンタインデーから付き合い始めた恋愛経験1ヶ月の初心者カップルに、こんな最弱な切り札でホワイトデーというビッグイベントをどう乗り切れと言うのだろうか。このいけすかない猛禽類め。


「あのさ、エリちゃん。」

「ん、なに?」

「好きな動物とかっている?」

「ねずみ!」

「ねずみか、可愛いよねねずみ。」

 なぜ!どうして!むしろ可愛い過ぎてフクロウに食べられちゃうよ!

 もしかしてあれか?別の意味で俺に食べられちゃいたいとかって意味か?年頃の男の子のむっつりスケベは甘く見てはいけないぞ!


 しかし、この可愛い彼女は更に追い討ちを掛けてくる。

「ちゅーちゅーって鳴き声が可愛いよね。」

「そうだね。」

 断末魔はきっと「ヂィッ」みたいな感じだと思うけど。


「実は私、家でハムスター飼ってるんだよね。」

「そうなんだ!今度見に行きたいなぁ。」

「春休みとかだったらいいかな、親居ない時なら。」

「ありがと。楽しみだよ。」

 フクロウのシャツなんて着ていたら心労でハムスターが早死にしてしまいそうだ。


「あ、今日も夜まで親居ないや。」

「マジ?」

「マジ。」

「……行ってもいい?」

「えっ。う~ん、少しなら。」

 勢いで言ってしまったが、本当はフクロウを里親に出すまでの時間の猶予が欲しかったたけである。ハムスターと喧嘩せずに暮らせるといいなぁ。





「お邪魔します。」

「部屋こっちだから、ついてきて。」

 母親の香水の好みとか、使ってる洗濯洗剤の匂いとか、たぶん色々なものが他の家庭の匂いを漂わせていた。

 彼女の部屋は全体的に彩度低めの色合いだったが、丸いものとか柔らかそうなものが多かった。そんな中、黒いゲージに囲われてフクロウの餌が寝ている。全部で三匹。

 どうでもいいが、フクロウは一日にどれくらいのハムスターを食べるのだろうか。間違ったネズミだ。

「三匹いるんだ。柄が少しずつ違うんだね。」

「六匹だよー。たぶんあっちこっちに隠れてる。その子たちは左からミロ、スイカ、コマ。」

「名前覚えてるんだ、すごいね。」

「スイカと今隠れてる目玉焼きの二匹は分かるけど、後はローテーションで呼んでる。」

「マジか。」

「マジ。あ、じゃがりこ食べる?」

「うん、ありがとう。」

「飲み物も取ってくるから待ってて。」

 実は間違ってフクロウを持ってきたことを伝えて明日本物を渡してもいいかなとも思っていたのだが、ここまでされると今日何も渡さず帰るというのも忍びない。やはりフクロウは渡すべき運命なのだろう。



「お待たせ。牛乳でいい?」

「うん、牛乳好きだし。」

「私も好きなんだ。一日一本くらい飲んでる。」

 因果関係は分からないが、彼女は身長より胸に行くタイプの人間らしい。ちなみに俺は身長にも筋肉にも行かないタイプだ。

 

でも、その代わりに勇気に行くってことにした。牛乳飲むと勇気が出る。


「ホワイトデーなんどけど……」

 おずおずと紙袋を差し出す。

「ありがと!見ていい!?」

「うん、いいよ。」


「それ、実は……

「かわいいいいいいい!」

「え?」

「フクロウだ!私めっちゃフクロウ好きなんだよね!フクロウのパンツあるよパンツ!」

「え……パンツ?」


 少し時間が止まった。

「パンツは忘れて。」

「オッケー忘れた!」

「でもありがとう。でもこれシャツ?あははは、でっかい。」

「ちなみにサイズはXL。」

「面白過ぎるんだけど、なんでそんなの買ったの?」

「つい出来心で。」

「着てもいい?」

「いいよ。」

 そして彼女はいきなり脱ぎ出した。見てないフリをしつつ横目で見ていたが、セーラーの冬服の下にはシャツを着ていた。

「別に制服しか脱がないから見てもいいよ?いや見てるか。」

「バレた?」

「けっこう分かるよ。たまに胸見てるでしょ。」

「ごめん。」

 俺はいつも見ているから、実際あまりバレないらしい。 


「いいけど。」

 彼女は着ていたシャツの上からフクロウを重ね着して、制服のスカートを下ろした。

 牛乳に育てられた胸の膨らみのせいでギョロ目になってるフクロウとか、スカートと同じくらいの長さなのに物凄く無防備に見えてしまう裾が気になって仕方がない。

「ワンピースみたいになるけど、どう?似合う?」

「めっちゃかわいい!マジでいい。」

「そう?ショーパンに合わせたら外でも着れそうだね。」

 上機嫌で一回転すると、裾がふわっと上がってパンツが……見えなかった。今日のパンツはフクロウなのだろうか。

「あ、他にも入ってる!可愛いー。」

 

 さっき俺が渡した紙袋からクッキーもハンドクリームも出てきた。どうやらフクロウに焦りすぎてよく中身を確かめなかったらしい。このスケベフクロウは彼女のパンツだけでなく俺のプレゼントまで隠していたのだ。


「こんなにいっぱいありがとうね。フクロウ大事に着るから!」

「うん、喜んでもらえて嬉しいよ。」



 笑顔の彼女と、少しエッチな服装の彼女と、彼女の部屋。あとパンツの柄。この頼れる猛禽類は、思った以上に活躍してくれた。


 感謝の印として、俺もフクロウのパンツを買おう。

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フクロウのTシャツ 人口雀 @suenotouki

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