お願い、フクロウ様。
美澄 そら
お願い、フクロウ様。
わたしの両親は動物好きだった。
犬にハムスター、インコに文鳥。家に人間だけという状況になったところを一度も見たことがない。
そんな両親が最近飼い始めたのはフクロウ。モリフクロウという、丸くてお腹のふわふわ部分に茶色縦線がある、愛嬌のある顔をしている子だ。
フクロウの中では人懐っこい部類に入るんだと、父親が力説していた。
猛禽類のフクロウは飼うのはなかなか大変だけれど、そのきょとんとした表情にとても癒されて、気づけばわたしも率先してお世話していた。
今日も今日とて餌のお肉をあげていると、スマホからお気に入りのバンドの曲が流れてきた。画面を覗くと、二週間前からお付き合いを始めた愛しの彼氏くんからの着信だった。
「ごめんね! もりりんちょっと待ってね!」
もりりんとはモリフクロウの名前である。ちなみに名付けたのは父親だ。
もりりんは「はいはい」と言わんばかりに目を細めた。
逸る胸を抑えて、咳払いをし、喉の調子を整えると、ちょっと可愛い声を意識して、画面の通話マークをスライドした。
「もしもし」
「こんばんは、今大丈夫?」
彼氏くんのセクシーボイスにときめきながらも、「うん」なんてしおらしく頷いてみる。くねくねと身を捩らせるわたしを、もりりんが冷やかに見ていた。
「なんかさ、今雨がすごいよね。明日のデート、大丈夫かなって思ってさ」
「え。あ、雨……?」
夕方過ぎにはカーテンを閉めてしまっていたから、外の様子など全然わからなかった。
カーテンに手をかけて、隙間からそっと覗き込むと、部屋の明かりを反射して雨粒がキラキラと光った。
もりりんに夢中で気付かなかったけれど、こうして窓に近付くと、音が聞こえてくるほど降っている。
「すごい降ってるね」
「気付かなかったんだ」
くすくすと笑う声が、耳に響いてくすぐったい。
「明日まで待ってから決めようか。朝連絡するよ」
「うん、朝にはやめばいいなぁ……」
明日は記念すべき二回目のデートで、某有名テーマパークに行く予定だ。
彼氏と行きたいという夢がやっと叶うはずだったのに。
通話が終わっても、呆然と夜の暗い空から降り続けている雨を見上げていると、風でひらりと煽られて視界に白いものが映った。
「ああああ!!」
思い出した。明日着ようと思っていた服を外に干していたのだ。
「絶対濡れちゃってるよ……」
お気に入りのブラウス。デートに着たいと思って買ったものだ。
あまりに踏んだり蹴ったりで、項垂れて落ち込むわたしに、もりりんが慰めるように肩に留まってきた。
「もりりぃん……」
振り返ると、もりりんはきょとんとしている。
ああ、可愛い。とっても可愛い。
背をそっと撫でて、癒されると、パニックを起こしていた頭がすっきりとした。
落ち込んでいても仕方が無いので、もりりんの餌やりを再開する。
お肉を啄ばむその姿も可愛らしい。
フクロウは森の賢者なんて言われたりもするが、もりりんは賢者というよりも妖精のようだ。
――そういえば。
父親がもりりんを飼うに当たってフクロウの伝説やことわざをいろいろ聞かせてくれたのだが、その中に雨が止むような話があったような。
記憶が曖昧なので、手元のスマホで検索をかけることにした。
『フクロウの宵鳴き、糊すって待て』、宵にフクロウが鳴くと明日は晴れるので洗濯物を干せ。
――これだ!
「もりりん、鳴いて?」
「……」
「もりりーん」
「……」
「お願いです! もりりんさまぁぁ!!」
こうしてもりりんとわたしの攻防は一時間に及び、最終的にもりりんはお情けのように一度だけ「ホー」と鳴いてくれた。
翌日、空は見事なまでの快晴で、ブラウスは諦めたものの、デートは予定通りに行われた。
おわり。
お願い、フクロウ様。 美澄 そら @sora_msm
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