音も無く飛ぶ

亜未田久志

後ろにご注意


 夕焼けに染まる森の中。

 二人の男が対峙している。

 一人はテンガロンハットを被って茶色の革ジャンを羽織ってジーンズを穿いたすかした奴で。

 もう一人は、黒いコートに、黒いズボン。黒一色の地味なやつだ。

 その二人には因縁があった。

 譲れないモノを取り合っていた。

「お前に彼女は渡さない」

 テンガロンハットが言って。

「こっちのセリフだ、お前に彼女は不釣り合いだ」

 黒一色が返す。

 互いに腰のホルスターから銃を抜く!

 

 近距離の銃撃戦!

 互いに紙一重で縦断を交わし、時には地面を転がり、時には立って相手へと撃ち返す。

 銃声が鳴り響き続け、しばらく経った時。

「こっからは」

「これだ」

 互いに懐のナイフを引く抜く。

 シンプルなシースナイフと、軍用のサバイバルナイフ。

 一気に詰め寄る二人。

 切り結ぶ。

 ガキィン!という金属音が森にこだまする。

 先程までの銃撃よりマシだが、それでも、とても響く音だった。

「どうした? いつもみたいにここら辺で、動物けしかけてくるのが奇術師のお前のやり口だろう?」

 黒一色が言う。

「奇術師じゃねぇ。華麗なる獣遣いと呼んでもらおう」

 そういうと口笛を吹くテンガロンハット。

 すると森の奥から犬が駆けて来る。

 涎をだらだら垂らし、牙を剥き出しにして、臨戦態勢だ。

「言われてから出すなんてお前らしくない……なっ!」

 喉元目掛けて噛みついてこようとする犬の、その喉元を逆に掻っ捌く黒一色。

 だがそこでテンガロンハットがその隙を突く。

「もらった!」

「囮かっ! なら!」

 ボフンという音と共に煙が辺りに広がる。

「目くらましとはこすい手を!」

「こちとら本職は暗殺者なんでね」

 しかし、いくら暗殺者とはいえ、煙の中で目が効くわけではない。

 これは一時しのぎ。

 煙が晴れるまでに敵の位置を予測して、良いポジションを確保しておく。

 例えば、木の上。

 さっと音も無く駆け上がる。

 まだ煙は晴れない。

(煙が晴れた瞬間が、お前の終わりだ)

 黒一色はほくそ笑む。

「これで俺をなんとかしたつもりか!? 狂犬ならまだいるぞ!」

 口笛を吹くと森の奥から駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 どこかで、恐らく勝負が始まる前に、黒一色のにおいを覚えさえていたのだろう。

 真っ先に木の上の黒一色を見つけて、木を登ろうとして、群がりながら吠えたてる。

(なら、これをやる)

 犬が木を引っ掻く音をかき消すために、丸いモノを一つ投げた。

 爆弾だ。

 爆音と爆炎と爆煙をまき散らして、ついでに狂犬だったものもまき散らす。

 だが、これで煙は晴れ、位置はバレる。

 だが上にいるとまでは気づかない。

(これで終わりだ――)

 そこで「ひゅう」という甲高い口笛が一つ鳴った。

 上から奇襲を仕掛けようとしていた黒一色の動きが止まる。

 すっかり夜が更けた森の中。

 煙の中で一歩も動かなかったテンガロンハットが、言い放つ。

「知ってるか? 音も無く飛ぶ鳥の事を」

(鳥? まさか、コイツ――)

 スッ――と黒一色の首が切り裂かれた。

 それはナイフを器用に掴んで飛ぶフクロウだった。

「最高の切れ味のナイフを持たせておいた……ってもう聞こえてないか、だけど言っておくぜ。これが『華麗なる獣遣い』だ」

 木の上から落ちる黒一色に目もくれず。

 テンガロンハットはその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音も無く飛ぶ 亜未田久志 @abky-6102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ