あの星々は沈まない。
庭花爾 華々
第1話 貪狼は、今日も叫ぶ
カタカタッ、キーボードがたたかれて出る無機質な音が、一軒家のガレージ程の小さな部屋にこだまする。ここは、一応高層ビルの一室だが、1階のその中でも一番奥の角部屋に当たる。窓はあっても日が直接入ってくることはほとんどなく、蛍光灯によって何とか輪郭を保っている。
カタカタ音が停止した、誰かが扉を開けて入ってきたからだろう。20代くらいの天然パーマ全開の男は、その誰かを警戒してか、
「誰だ?」
と無愛想に一言発した。
しかし、部屋に入ってきたのは、真っ白なペルシャ猫だった。迷い込んできたと見られるその猫を、男は睨んでこう言った。
「おいフォルテ! お前も遊んでないで、何か手伝えよ。というか、ペルシャ猫の姿で入ってくるな、まったく。お前のせいで、変な噂は立つし、上には睨まれてるし、、、、。」
男は涙目になりながら立ち上がった。
「それは、わたしだけが原因じゃないでしょう。あんただって色々やらかしてるんだから、、。」
いつの間にか猫は消えて、長く美しい金髪に青い目をした外国人らしき女が立っていた。さっきのペルシャ猫のように、真っ白いワンピース姿で男に向かい合う形で立っている。女、いやフォルテの背は高く、180cmあるかにも見える。
背でも、口論でも負けた男、貪狼 定 は苦々しく笑みを浮かべて言った。
「まあ、座って話そうぜ。」
定は、邪魔をされるまで座っていた背もたれのついた椅子に座りなおした。そして、物であふれかえった机を使えるくらいには片付け、またパソコンを打ち始めた。
フォルテ・ロバート・メラク、フォルテは定の机に向かい合う形で設置されているもう1台の机を使用していた。この部屋にあるのは、これら2台の机と椅子のセットと、もう1台。これはほかの2台より奥に設置され、薄く埃を被った机。そして、2人の私物がそれぞれの机の周りで陣取り合戦をしているくらいだろう。
定はパソコンを打ち続けていた。と、急に視界に向かいから身を乗り出して定のパソコン画面をのぞき込むフォルテが入って来て、定の手元がぶれる。{~この事件についてwwwwwwwwwwwwwwwwwwww}。
「お、お嬢様ああああああああああああああああああ。」
定は自分でも驚くほど大きな叫びをあげてすぐに、やってしまったと反省した。少し間が開いて、
「おい、うるさいぞ!!」
とドアが乱暴にたたかれる。これで済むならと思う定とは裏腹に、フォルテは何も無かったかのように、
「ねえ定、何であなたはわざわざ手でやろうとするのよ。」
などと聞いてくる。
「お嬢様、せめて邪魔だけも、、、、。」
「どれどれ。こんなのわたしの魔法でチョチョイのチョイだわ。我、かの星々とメラクの名に命ずる、、。」
定は止められないと悟り、半ば投げやりになっていた。フォルテはその後もごにょごにょと呪文をかけていたが、
「よしできたわ! さあ、働いてください!」
と、歓喜にあふれる声で言った。
すると、フォルテの言葉が合図だったのか、定のキーボードのキーたちがカタカタと震え始めた。さらに、ムクムクッとボードから盛り上がったかと思えば、手足が生えた小さなキー人間達が、お互いをポコポコ殴り始めたではないか。
どうよ、とフォルテは満足気だったが、定は怒りに力んだ声で必死に呪文を念じていた。と、同時並行でパソコン画面には、確かにハイペースで文字が並べられていく。
〔謝罪文(第35号)3月9日 ***県警 刑事部 非科学的難事件解明課〕
この度は、本当に申し訳ございませんでした。警察官としての心得を意識出来ずに、このような~~。}
「~打ち消したまえ!」
定の怒りのこもった声に、キー人間達は姿を消して、彼らの功績もすべて消えてしまっていた。
それを見たフォルテが不服そうに、
「何で? 『謝罪文』また書いてたわけではないの?」
といって、自分の席に戻っていく。
「違う! 『活動報告書』を書きたいのに、ほとんど活動していないのが問題なんだ! お前みたいな何も考えず、、。」
吐き出そうとした言葉を、とっさに飲み込んだ。違う、俺にはわかる。彼女は苦しんできたはずだ、俺のように。
落ち着こうとコーヒーを飲む定の肩に、一羽のフクロウが止まった。
「ヘンドウィッグ! 今日もかわいいなあ。おっと、依頼は今日もなしか、、。」
「ハリーポッターのパクリかっ、なんか違うし。」
さっきのことで、気分を悪くしたフォルテにお構いなく、定はフクロウを撫でていたが、急に何かに憑りつかれたかのように手を動かし始めた。
驚いたふくろうは窓から飛び出し、フォルテも面白いことを求めてどこかに消えた。
~パソコンの画面~
〔活動報告書 3月9日***県警 刑事部 非科学的事件解明課 貪狼 定〕
2月20日発生 ボロアパート殺人事件
ここ、***県警 刑事部 非科学的事件解明課 に用意された部屋には、今日も俺、貪狼 定 しかいない。1人は遊んでいるのか最近来ないし、もう1人は他の部署で毎日忙しく捜査している。この状況おかしくはないでしょうか? いつも通り、何もせず終わるかと思っていたが、今日は違った。
急にドアが乱暴に開かれて、まさに刑事といった姿、茶色のロングコートを羽織った50代位の男が部屋に入ってきた。男は何の抵抗もなく入ってきて、何の前触れもなくただこう言った。
「行くぞ、定。苦しくも、お前の力が必要になってしまった。説明している時間はない、さあ、早く。」
そんな男に対して、定も、何も言わずに身支度をする。と言っても、床に落ちていた斜め掛けのショルダーバックを拾うくらいだったが。
二人はお互い何も言わずに車に乗り込むが、表情は明るく、どこか楽しげであった。定がハンドルを握ったが、正直運転は苦手だった。
「ここ以外で時間つぶすの久しぶりですねえ。小林さんは、相変わらずに忙しそうで。」
「定こそ、相変わらず暇そうで、、、、。」
***警察署に向かう車の中で雰囲気よく話す2人だったが、ふと表情が切り替わる。
「うちに来たってことは、それが絡んでるってことでよろしいですか?」
「ああ、一通り調べた。あと少しのところまで来ているが、どうもそこが引っかかっている。お前でも名前なんかは聞いたことがあると思うぞ、マスコミが騒ぎ始めているからな。」
「分かりました、俺なりにやってみましょう。」
小林さんがドアを開けて捜査本部に戻ると、多くのものがメモをする手を止めて、
「お疲れ様です。」
と言った。しかし、定が入ってきたときに、場には不穏な空気が漂った。あるものは、ほぼ軽蔑に近い目で見て、あるものは好奇心を向けているようだ。それは仕方ないことかもしれない。ほとんどが定を見たことさえないだろうし、ましては活躍を見たことがあるのは、ほんの僅かだろう。だから俺も、お前らを寄せ付けたくないんだ。
定は後ろの壁に寄りかかり、次々と挙げられる報告と、写真や黒ペンでぐちゃぐちゃになったホワイトボードを暗記する。会議はその後すぐに終わり、刑事たちは聞き込みに出かけていく、、。
「どうするんだよ、お前は?」
「もちろん現場検証ですね。だいたいの全容は頭に入れたので、この事件なら今日中に解決ですね。」
現場は、よくある住宅街の隅にある、2階建てのボロアパートの2階の一室だった。マスコミや警察車両がアパート前の道路にひしめき合っている。小林が人の波をかき分けて中に入り、定も遅れぬように必死についていく。
車を運転しつつ、定は事件の状況を頭の中で整理していた。被害者は現場に住んでいた30代男性。右胸をナイフで一刺しだそうだ。聞き込みや現場検証で捜査線上に上がってきたのが、同じ大学に通っていた2歳上の男性だという。近くの公園で近所の人が犯行時刻に目撃したらしい、何しろその様子も変だったとか、、。彼らの必死の捜査で、すでに2人の関係から動機になりうるものもあげられていた。あと少しのところで彼らを悩ませているのが、証拠が少なすぎる点だった。
「何しろ現場に残された証拠が少なすぎる。現場からあらゆる物を片っ端から調べていったのですが、犯人のものと思われるものが一向に出てきません。どの鍵も閉まっていて、密室殺人ができています。」
鑑識の隅泉が苦しげに小林に話すのが聞こえた。
定のほうも捜査を始めた。まずは、大きく鼻から息を吸う。うん、確かにかすかだがあの独特のにおいがする。次に、被害者が発見されたリビングに入る。リビングは、主に食事をとるために使用されていたらしく、机と、その上にキャンドル。銀の燭台と燃えかけたキャンドルを指でさすって、定は笑みを浮かべた。
次に被疑者が目撃された公園、凶器のナイフ、被疑者に話を訊いたことで、定の推測は確証となっていった。それから小林に、被疑者と鑑識の隅泉を現場と間取りが同じ隣の部屋に、夕方に集めるように言った。そして1人、車でどこかに向かった。
そして夕方、現場の隣の部屋に、3人の男が集まった。部屋は、小林が事件現場と同じようにセット済みだ。急に小林のガラケーがなり、部屋に緊張感が漂う。
「俺だ。お前今どこにいるんだ? お前の言ったとおりにしたぞ。」
「はい、俺は今、被疑者が目撃された公園にいます。そして今から、事件が起こった日を再現します。聞こえていますか? 皆さん。ではまず、、、、。」
あと少しだ、と定がパソコンから目をそらすと、そこには不機嫌なフォルテが立っていた。あっ、終わった、、、、。お嬢様は、途中からこれを読んでいたらしく、
「やってしまって、ヘンドウィッグ!」
と、冷たい声で言った。すると、定の死角から一羽のフクロウが、back spaceキーに、止まった。定の功績が白紙に戻り、
「やり返しよ、まあどうせ、嘘、でっち上げを報告できないし、、。よくやったわ、ヘンドウィッグ!」
定は、机に倒れこみ叫ぶ。
「お、お嬢様ああああああああああああああああああああああああああああ。」
あの星々は沈まない。 庭花爾 華々 @aoiramuniku
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