第18話 襲撃、深淵に潜む死神
アステラは奇妙な物音に目を覚ました。
「……何だ?」
暗闇の中で耳を澄ませる。確かに何かが聞こえた。
彼と部下たちは《エオリエルの盾》を交代で警護していた。すぐ近くの損傷が軽微な建物を臨時の宿舎として利用。部下たちと共に仮眠していたところだった。
物音は少し遠くから聞こえてきた。この建物からではない。残る可能性は隣の技術班の仮宿舎か、少数で警護している外か。
(敵襲だとしたら、どっちでもあまり愉快じゃねえな)
慎重に傍らの剣を引き寄せて、無音のまま隣の寝台で眠る部下を起こす。
「おい、マレク起きろ。妙な物音がした。見に行くぞ。二人も起こせ」
「え、あ、はい」
起こされたマレクも物音を立てないように剣を手に取り、カティーブとフェルカを起こしてから四人で建物の外へと移動。
外には複数の松明が設置されており十分な明るさが確保されていた。一瞬だけ目が眩むがすぐに慣れる。
真っ先にアステラは《エオリエルの盾》を確認。無事だ。音源はここではない。三人に指示をして技術班の寝ている仮宿舎の様子を窺う。こちらにも異常はない。
「隊長、何か?」
警護に当たっていたエリピアとオスフールが突然出てきた四人に訝しげな表情を浮かべる。
「妙な音を聞いた。お前たちは聞こえなかったか?」
「いえ、自分たちは何も」
「私も聞こえませんでした」
「となると、音源は宿舎の向こう側か。お前たちは引き続き《エオリエルの盾》を守っていろ。マレク、カティーブ、フェルカは俺と一緒に宿舎の反対側を調べる」
直感が異音は勘違いの類ではないと伝えてきていた。部隊長が抜剣すると部下の三人もそれに倣い各々の武器をいつでも使える状態にした。
宿舎の反対側へと移動するために小道に入ると完全な暗闇が充満していた。目を凝らしても僅かな道しか見えていない。
「……慎重にいくぞ」
視界が十分に確保されていないために四人は牛歩の足取りとなる。最前列にアステラが、その後ろに弓術士のカティーブ、魔術師のフェルカ、殿に剣士のマレクが続く。
静寂の中に微かな息遣いと足音だけが響く。時折、吹く夜風の音が耳障りに聞こえる。
小道を抜けて隣の大通りへと差し掛かる。《エオリエルの盾》を中心に円状に定められた監視用の配置のうち、ここは第一円に相当している。
(確か、第七班が担当だったか)
路地の出口から通りの様子を窺うが、暗くてよく見えない。第七班の担当する監視場所は通りを挟んだ向かい側に見えていた。
目を凝らす。建物の出入り口に違和感。何かがある──死体だ。
物音。発生源は真上。
「全員構えろ、上だっ!!」
叫ぶと同時にアステラは反転しつつ跳躍。カティーブとフェルカが同じく路地から飛び出す。
マレクは反対方向に跳躍。四人がいた場所に
「マレク、後ろっ!!」
女魔術師が叫ぶ。外套の袖が振り上がり巨大な爪が表出。前後から鎧ごとマレクが切り裂かれて両断。血飛沫をあげながら上半身と下半身が地面に倒れこむ。
「マレクっ!!」
フェルカが絶句。カティーブが素早く弓を引き絞る。射出された矢が高速で迫るも前列の敵が跳んで躱し後列の敵が爪で弾き飛ばす。跳ねた一体が上空から最前列にいたアステラに強襲。五指の刃を振り下ろす。
「くそったれっ!!」
絶死の一撃を剣が跳ね上がって迎撃。重力の加算された熾烈な攻撃を剣士の剛力が受け止め切る。
再び敵が跳躍。後方に控えていた一体が入れ替わるように突進。爪と剣が激突して耳障りな金属音を鳴らし火花を散らす。
アステラの左脚が閃き敵の側頭部に蹴りを叩き入れて振り抜く。脚部の軽装甲が同質の金属と激突した音と衝撃が返る。直撃した相手は吹っ飛び床を転がった。
跳躍した敵はフェルカに襲いかかる。振り下ろされた爪を魔力障壁が受け止めるも一瞬で切断。女魔術師の肩から胸、脇腹を刃が斬り裂き血が噴出。断裂した内臓を裂け目からはみ出させて倒れる。
「フェルカっ! くそ、冗談だろ!!」
アステラは腕の僅かな痺れを感じていた。先ほど敵の一撃を真正面から受け止めたせいだ。魔力障壁も並大抵の攻撃では打ち破れるものではない。敵の攻撃があまりにも重すぎる。
(今までの敵とは違う……どうなってやがる、一体何でこんなにこいつらの戦闘能力が上がってるっていうんだ!)
自分一人で一体を相手取るならまだ何とかなる。だが他の人間は複数人でなければ太刀打ちできるものではない。
今度は敵がカティーブに向き直る。
「てめえの相手はこの俺だっ!!」
その背中目掛けてアステラが高速で接近。剣を振り上げ落雷の一撃を叩き込む。両腕の爪が交差して盾となって防御。巨大な衝撃音と共に剛力同士が拮抗する。
(やっぱりそうだ、膂力が上がっていやがる! 俺の全力の一撃を真正面から受け止められる魔族なんかそういねえってのに!)
カティーブの矢が飛来して敵が跳ねて回避。その隙にアステラがカティーブの直衛につく。
「あいつらと合流するぞ、俺たちだけじゃ相手しきれない!」
「りょ、了解です!」
二人は同時に大通りを駆け出す。
壁が多い路地は機動力の高い敵と戦うには不利となるため使えない。《エオリエルの盾》を警護している三人の部下と合流するには迂回するしかなかった。
走りながらカティーブが矢を真上へと放つ。上空で閃光と轟音。敵襲を知らせるための警鐘だ。
(後は他の監視班が気づいて助けに来てくれりゃいいんだが……!)
如何に敵が強くとも二体であれば数の力でどうとでもなる。そこに活路を見出すしかなかった。
問題はそれまで自分たちが生き残れるかどうかだ。
背後に迫る死神の気配を感じながら、漆黒の闇に覆われる街中を二人の兵士が駆け抜けていく。
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