第17話 神託

 フェルミットはかつての故郷で起こったことを掻い摘んでファラーシャに話した。フラーレにいた一人の女性を助けたこと、それが『魔王』エルネスティーネであったこと、その気まぐれで自分だけが生き残ったこと。

 そして創造神エオリエルに見出されて命拾いしたことを語った。


「……普通なら笑い飛ばすところなんだけど、あんたが言うなら本当なんだろうね」

「これが嘘なら俺も楽なんだけどな」


 苦笑するフェルミットが背中の薄膜を手で掬い取る。馬鹿げた話だと彼自身も思っていたが、それが事実だという証拠がここにあった。


「それは一体何なの?」

「精霊との契約の証さ」

「精霊?」

「精霊が何なのかは俺もよく分からない。エオリエルがそれと契約することで力を与えると言っていた」


 夜風に薄膜が靡く。手を離すと滑らかな絹のように滑り落ちていった。


「そうして力を手に入れたときに身体が変化して、この薄い膜が背中から生えてきたんだよ」

「そういう理由だったんだ。それも知らなかったよ」


 ファラーシャがそう言って微笑む。ずっとこの身体を指差されては化け物と呼ばれてきたフェルミットはその笑顔を内心で喜ぶ。


「何だか不思議だね。あたしとあんたって同じだったんだ」

「故郷のこと?」


 ファラーシャは首肯した。


「軍にもいっぱいいるよ、アルターリ出身の人。話せばあんたのこと分かってくれるんじゃないかなぁ」

「どうだろうな。お前が言うんならそうかもしれないな」


 フェルミットには少し自信がなかった。だが、ファラーシャが言うなら信じる気になれた。


「きっと大丈夫だよ。あたしはあんたが話せる奴だって分かったしね」


 ファラーシャが再び微笑む。何だか少し照れ臭くなってフェルミットの視線が泳ぐ。


「あ、ありがとう」

「あ、照れてる」

「照れてない」


 あはは、と陽気に少女が笑う。それだけでもここに来て良かったとフェルミットは思えた。


「じゃあそろそろ真面目に監視しますか。交代で休憩しようね」


 彼女に頷きを返す。それと同時に何か違和感が脳裏を走り夜闇に覆われたアルターリを振り返る。


「どうしたの?」

「……いや」


 まただ。アステラと別れるときにも感じた何かが今もまたあった。

 魔族の気配ならば間違えることはないし、気配が消えるなんてこともありえない。


(だったら何だ……?)


 今までにない経験にフェルミットは戸惑う。正体を探ろうにも手掛かりが全くない。

 考えても仕方がない、と思考を中断。視線を戻して監視を続けることにした。



§§§§



 監視業務を交代して眠りに就いたフェルミットは純白一色の空間で目を覚ました。


「……またあんたか」


 彼の目の前には純白の法衣に身を包んだ女神の偉容。創造神エオリエルが立っていた。


「フェルミット、神託を与えます」

「相変わらず仰々しいな。今度は何なんだ?」


 かつては命を助けられた相手に対してフェルミットは敬意の無い態度を取っていた。何かにつけて神託と称しては指示を出すこの女神のことを好きにはなれなかった。


「あなたの元に強大な魔の手が迫っています。決してその都市から離れてはなりません」

「強大な魔? 彼女じゃなく?」


 エオリエルがわざわざ強大などと言うような魔族の存在に心当たりがなかった。聞き返したというのに返事がない。思わず舌打ちをする。


「良いですか。決して、離れてはなりません。あなたは戦う定めにあるのです」

「いつも一方的に勝手なことを言いやがって。その強大な魔というのは一体誰のことだ!」


 女神の姿が強烈に光り輝きフェルミットが腕で目を覆う。光が収まるとエオリエルの姿はなくなっていた。


「……いつもこれだ、全く」


 少しずつフェルミットの意識も薄れ始める。

 やがて全身が浮遊感に包まれて、彼の意識は深い水底へと沈んでいった。

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