第13話 郷愁
互いの自己紹介を終えた後も二人は話し続けていた。
「アステラに言われて誤解を解こうとしてるってわけね。確かに、正直あんたは嫌われてるからなー」
「今日だけでも実感したよ。どこに声をかけても聞く耳を持ってもらえない」
まさか最後の班に至るまで誰もまともに会話さえしてくれないとはフェルミットも思っていなかった。
「あーでも、嫌ってるというよりは怖がってるっていう方が正解かな」
「そんなに怖いか?」
んー、とファラーシャが考える。
「よく分からないから怖いって言う奴もいるし、強すぎるから怖いっていうのもいる」
「お前は?」
「あたしは戦場で巻き添え食って死ぬのは嫌だな、ぐらいかな。話した感じ、少なくともわざと巻き込んだりはしなさそうだけど」
それを聞いてフェルミットは内心で安堵する。一番大事なことが達成できたようだ。
「派手にやってるように見えるかもしれないけど、味方を巻き込まないことぐらいは考えてる」
「まぁそりゃそうだよねー。敵じゃないんだからさー」
ぐっとファラーシャが伸びをする。背筋が反らされて豊かな胸が強調される。ついフェルミットは視線を引き寄せられ、すぐに戻したが遅かった。ファラーシャに悪戯めいた笑みが浮かぶ。
「見てる。えっち」
「……不可抗力」
「言い訳は男らしくないなー。恥ずかしがり屋なんだから」
思わずフェルミットは顔を逸らす。恥ずかしさもあったがそれとは別の罪悪感もあった。
(……別に浮気じゃないよな)
フェルミットの心中など知らないファラーシャはけらけらと笑っていた。
「可愛い反応するじゃん。女慣れしてないんだ?」
「いや……いいだろ、その話は」
「えー、もっと教えてよ。自分のこと知ってもらうために来たんでしょ?」
ぐ、と詰まる。それを言われると困る。
「……だったら、もうちょっと違う話からしよう」
「違う話って?」
「何で軍人になったのか、とか」
「……ああ、それか」
シャリーアの双眸が僅かに伏せられる。朗らかだった表情に影が差す。
「……あんまり、楽しい話じゃないよ?」
§§§§
今から十年前のことだ。この世界の平和はその日に突然崩れ去った。
魔界と人間界を繋ぐ扉から一体の魔族がやってきた。女の姿をしたその魔族は観光や仕事のために互いの世界を行き来する人間と魔族の群れに混じって、国境代わりとなっていた都市フラーレに入り込んだ。
そしてそのたった一体の魔族の手によってフラーレは崩壊した。国境警備隊も、当時の第一方面軍第一部隊も、全てが殲滅された。
一晩経った後。魔族は配下を引き連れてアルターリに攻め込んだ。アルターリもまた、一日と持たずに廃墟に作り変えられた。
突如として襲ってきたその魔族は自らを『魔王』と名乗り、魔界へと姿を消していった。
それ以来、人間界には魔界の軍勢が絶え間なく侵攻してきている。
「あたしはあの日、このアルターリにいたんだ」
少女の双眸が朽ち果てた都市に向けられる。在りし日の姿を追想するように。
「珍しく仕事のない父さんに連れられて街を歩いていた。屋台の綿菓子を買ってもらってそれを頬張って、いつもより幸せな日だった」
両手が膝を抱きかかえる。唇が悲しげに引き結ばれる。明るかった表情はもう見る影もない。
「でも『魔王』がやってきて、父さんは私を逃がすために囮になって……」
ファラーシャの声が詰まる。
「……もういい、悪かった。十分に分かったよ」
気軽に聞いていいような話題ではなかった、とフェルミットは後悔した。それ以上はいいと止めようとするが、少女は首を振った。
「いい、言わせて。乗り越えなきゃいけないことだから」
顔をあげるファラーシャの表情には悲哀を振り払う固い決意があった。
「囮になって、父さんは死んだ。あたしは母さんと一緒に街を逃げ出した。その後、いつか父さんを殺した魔族たちに復讐するために、あたしは軍人になったんだ」
一息に言い終えたファラーシャが目尻の涙を指で拭う。涙を浮かべども流しはしないのは彼女の強さだった。
フェルミットもまた悲痛な表情を浮かべていた。どれほど焦がれても戻せない時間と取り戻せない大切なもの。手を伸ばしたところで決して届くことはない。家族と故郷を喪失する悲しみはそれこそ痛いほどよく分かる。
「これがあたしの理由。湿っぽい話になったけど気にしないでよ」
そう言って彼女は微笑んだ。その微笑にフェルミットは目を奪われる。今までの笑顔と表面的には何も変わりないというのに、まるで違うもののように見える。
その微笑みに宿る気高さは心を打つほどに美しかった。
「強いんだな」
言葉が口を突いて出た。照れたようにファラーシャは手をぱたぱたと振る。
「やだなぁ、やめてよ。恥ずかしいじゃん」
それから彼女はフェルミットに向き直って尋ねる。
「ねぇ、あんたはどうして戦ってるの?」
答えるのをフェルミットは一瞬だけ躊躇う。過去から来る小さな痛みが胸に走った。
「俺も、同じ理由だよ」
その答えにファラーシャが目を瞠る。
「あんたもアルターリにいたの?」
「いや。俺がいたのはフラーレさ」
「え、でもフラーレって……」
ファラーシャの驚愕は当然のことだった。『魔王』が単騎で滅ぼしたフラーレには生存者はいなかったと言われているのだから。
それにフェルミットは首を振る。
「一人だけ、いたのさ」
フェルミットの燻んだ栗色の双眸が墓標のように屹立する廃墟の先、未だに再び足を踏み入れることさえ叶っていないかつての故郷を遠くに見つめる。
──追憶が脳裏から浮かび上がる。
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