第12話 残り物の福

 フェルミットは各監視班に顔を出して手伝えないかを尋ねて回った。そしてほぼ全ての班に様々な方法──怖がられる、怒鳴られる、武器で威嚇される、ときには普通に──で断られた。

 話せばいいとは言われたものの、そもそも会話をするのさえ難しいのが現状だった。


(そんないきなり上手くはいかない、か)


 夕暮れはとうに通り過ぎて夜が訪れていた。頭上に広がる漆黒の天幕には真円の光輝。朽ち果てた都市の墓標のように屹立する建造物の群れが月光に照らされて、酷く引き伸ばされた影を街全体に落としていた。

 その暗闇に覆われた路地をフェルミットが歩く。最後に向かうのは北東方向を監視している班のところだ。

 作戦部隊は少数ごとの班に分かれて《エオリエルの盾》を中心に円形に広がるように定めた監視地点から周囲の警戒を行なっている。これから向かうのは最も外側となる第三円の北東地点というわけだ。

 因みに場所はアステラが教えてくれた。


(まぁ、空振りに終わりそうだけど)


 フェルミットはもうあまり期待していなかった。何せ他の班全てに断られているのだ。最後の最後に上手くいくとはどうしても思えなかった。

 辿り着いたのは背の高い建造物の残骸。斜めに崩れ落ちた断面が月光に映し出されて各階の部屋を見上げることができた。

 その最上階に、軍服に軽装甲を張り付けた軽装の女弓術士が座りながら満月を眺めていた。

 月明かりを受ける褐色の端正な容貌には力強さと美しさ。切れ長の目元と暗赤色の瞳には仄かな色気が漂い、繻子の輝きを持つまっすぐな夜色の髪が夜風に靡いていた。


(……妙に絵になるな)


 真下から遠くに眺めるフェルミットにさえ、月が照らす彼女は一枚の絵画のような麗姿と見えた。

 女弓術士──ファラーシャが眼下のフェルミットに気がついて顔を向ける。どういう反応をされるのかと緊張しながら、フェルミットが片手を挙げてみる。

 するとファラーシャも片手を挙げ返してきたので、とりあえず彼女がいる階まで上がることにした。

 断面を晒す一階の奥に階段が見えたのでそれを使う。比較的まともに残っていて崩落の危険性はなさそうだった。四階まで上がると、彼女がこちらを向いていた。


「……あんた、噂の『勇者』サマだよね?」


 先に口を開いたのはファラーシャ。訝しむ表情。見目の麗しさに反して口調と声音の印象は男勝りなものだった。


「そうだ、とは答えたくないな。あれは王族が勝手に言いだしたことで俺が名乗ってるわけじゃない」

「え、そうなの?」


 がくっとフェルミットの肩が落ちる。まさかそんなことを思われていたとは夢にも思っていなかった。


「そんな酷い通称を自分から名乗るかよ!」


 こればっかりは否定しなくては、と口調が強まる。その必死さにファラーシャが笑い出す。


「あはは! あたしはそれを自分から名乗るような自惚れ屋だと思ってたよ!」


 酷い誤解を受けていたことが判明。フェルミットは胸中で溜息をつくが、ひとまず会話はできている。反応も悪くないので一安心だ。


「それで、その自惚れ屋でない『勇者』サマが一体何の用?」

「手伝いにきたんだよ」

「手伝いに?」


 警戒されていないことが確認できたフェルミットがファラーシャの隣に座る。


「魔族は魔力エオリムの塊のような生き物で、俺は魔力エオリムを感知できる。警戒業務の手伝いぐらいならできるだろうから」

「そりゃあ助かるけど……でも、どうして?」


 首を傾げたファラーシャの黒髪が肩を流れ落ちる。


「アステラに言われたのさ。軍人が俺を嫌うのはよく分からないからだ、って。だから話せば少しはマシになるかと思って」

「え、あいつがそんなこと言ったの!?」


 驚くファラーシャ。フェルミットの疑問の視線を受けて続ける。


「いやぁ、あいつ、いつもあんたのこと目の敵にしてたからね。俺はあいつを倒して一番に返り咲いてやるーって言ってたから」

「あぁ、そういうことか。それなら一騎打ちの約束もしたよ」

「は? 一騎打ち?」


 呆れた声と共に溜息。


「あいつも馬鹿だなぁ。そんな子供みたいなことするわけ?」

「……まぁ」


 フェルミットが曖昧に頷く。自分としては結構、簡単に理解できたために呆れられるとちょっと困る。やはり女には分からないものらしい。

 その後もしばらく「あいつ、顔はいいけど結構馬鹿だもんなー」とか「子供っぽいんだよねー」と悪口が続く。


「あいつと仲良いのか?」

「あー、まぁね。同期だし」


 あ、と言ってファラーシャが手を叩く。


「そういえば名前聞いてない。あたし、ファラーシャ。よろしくね」

「フェルミット・ベイル。よろしく」


 笑みと共にファラーシャが名乗る。朗らかな笑顔を向けられてフェルミットは少しこそばゆい気分だった。

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