第10話 アステラの好奇心

「俺はアステラっていうんだ。よろしく」


 名を名乗った男──アステラがにかりと笑う。黄水晶シトリンの黄金色の髪に精悍な相貌が、人の良さそうな好青年の気配を醸し出していた。


「……俺はフェルミット」


 反対にフェルミットは淡々とした声音で名前だけを返す。笑顔がないのは相手の用事が分からない怪訝さと、そもそも人付き合いの上の表情というのが苦手だからだ。

 怪しまれていることを察したアステラの表情が苦笑へと変わる。


「そんなに驚くなって。一応は同じ部隊にいるってのに、声をかけるのがそんなに不思議か?」

「……それは、まぁ」


 不思議だ、と暗に言うフェルミットにアステラは肩を大げさに落とす。


「いや、そう言われちゃ俺もどうしようもないけどよ。そうか、不思議か……」

「で、一体何の用なんだ?」


 直球というか、遠慮のない質問に溜息をついてからアステラが答える。


「噂の『勇者』と初めて同じ作戦をやることになったからな。どんな奴なのか見に来たってわけだ」


 あぁ、とフェルミットは内心で納得をする。こういった人間は今までも時折はいた。化け物だ怪物だと呼ばれる存在を、見世物か何かのように思って好奇心を働かせる。大抵は遠くから好奇の視線を送ってくるばかりで、直接話しかけてくるのはかなり珍しい方だが。


「感想は?」

「思ったより普通だな。俺でも勝てそうだ」


 前言撤回。かなり珍しいではなく、初めての相手に訂正。ただの人間に勝てそうだ、などと言われたことは今まで一度もなかった。


「お前は知らないんだろうが、俺は一応、部隊内じゃちょっとした有名人なんだ」

「そうなのか?」

「そうとも。お前が来るまでは、俺が『勇者』だった」


 言葉の意味が分からずにフェルミットは首を傾げる。『勇者』というのはそれこそ歴史を変えるほどの力を有する存在の呼び名だと王族たちは言っていたはずだ。

 目の前の相手は、どうもそうは見えなかった。


「要は俺が一番、戦績が良かったんだよ。今でも仲間たちには頼りにされている」

「なるほど」


 どうやら勇者というのは違う意味だったらしい。紛らわしい。

 鋳鉄製鎧の首回りの隙間から覗き見れる襟元には、確かに勲章だか武勲だかを表す星型の装飾品が見えていた。

 ただ、フェルミットはそこに何の感慨も浮かばなかった。


「さっきの戦いだって、お前がのんびり敵と戯れている間に俺が活路を開いたおかげで、今回の作戦は成功したってわけだ」

「それはご苦労様」


 その一言にアステラの微笑が消えて、怪訝さへと変わる。


「お前、何も気にならないっていうのか?」

「何が?」

「俺は作戦で一番活躍したのはお前じゃないと挑発したつもりだ。なのにお前はどうでも良さそうにしている。むかつかないのか?」

「別にむかつかない」


 アステラの言うとおり、フェルミットにとってそれはどうでもいいことだった。彼の活躍で作戦が成功したのなら良いことだし、のんびり敵と戯れているという部分も事実だった。

 フェルミットにとって重要なのは魔族を率いている『魔王』を討つこととと戦うことであって、どういった作戦でどう活躍するかなど気に留めることではない。

 だが表面的な態度からはそれを知ることはできない。だからアステラにとっては全く不可解なことだった。


「分かんねえ奴だぜ。何が楽しくって戦ってるんだ?」

「楽しい?」


 今度はフェルミットが不可解さを覚える番だった。


「そうさ。俺は楽しんでる。戦って、敵をぶちのめして、仲間から賞賛される。危険を感じながら、その危機を突破したときに生きてるって実感できる」


 大仰に両腕を広げながら、黄金色の双眸に興奮の輝きが灯る。


「生きる実感を得ながら金と名声が手に入るんだぜ。こんな最高の仕事は他にねえだろ」

「……」


 フェルミットは黙っていた。アステラの言っていることを、一つたりとも理解することができなかった。戦っていて楽しいと思ったことは彼女を相手にしているとき以外にはない。もっと言ってしまえば、もない。


「よく分からないな」

「何だよ、つまんねえな」


 それ以上、アステラは説明しなかった。ただ、理解できないということを理解できない表情となっていた。

 溜息をついてから、籠手に覆われた指が一つ立てられる。


「じゃあもう一つの用件がある。一勝負しよう」

「勝負?」

「そうだ。俺とお前の一騎打ちだ。俺は自分が最強じゃないと納得がいかないんでね」


 そう来たか、とフェルミットは思う。理由は男として分からなくもないしやったところで時間がかかるわけでも何か損をするわけでもない。なので一騎打ちとやらをすること自体は構わなかったのだが、一つだけ問題というか懸念があった。


「いいけど、人と戦ったことがないから加減が分からない」


 懸念をそのまま伝えるとアステラはむ、と顔を顰めた。


「おいおい。どっちが強いか決めようっていうのに、お前は加減を前提にしてるのか? 舐めてやがるな」


 挑発的な笑みを浮かべて続ける。


「そんな下らねえこと気にしなくていい。お前が本当に化け物なのか、俺が確かめてやろうっていうんだ。大怪我しようがどうなろうが恨みはしないって」


 その答えに尚もフェルミットは少しばかり悩んだ。怪我をさせないかどうかというよりは、殺さないかどうかが不安だった。加えて、もしも強さを目の当たりにしたアステラが改めて化け物呼ばわりしてきたら、結構辛い。

 とはいえ、断っても不機嫌になりそうだった。


(まぁ……当人がこう言ってるしいいか)


 アステラの言うことをフェルミットは信じてみることにした。


「分かった。じゃあやろうか」

「よし、構えな」


 長椅子から立ち上がってフェルミットとアステラがお互いに向き合う。

 アステラが使い古された鈍い鉄色の剣を引き抜き、フェルミットが白銀の直剣を正眼に構える。


「──行くぞ!!」


 アステラが踏み込みフェルミットが剣の切先を下げる──


「アステラー! 集合だぞー!」


 二人の動きが飛び込んできた声に静止させられる。


「あ、くそ、時間切れか。どうやら後処理が終わったみたいだな」


 アステラは舌打ちをして剣を収める。フェルミットもそれに倣った。


「いいところだったってのによ! おい、待ってろよ、すぐに続きやるからな!」

「あ、ああ」

「アステラー!」

「今行くって!」


 外から聞こえる声に返事をしてアステラが廃商店から出ていく。

 フェルミットは一人ぽつんと残されてしまった。

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