第9話 作戦終了

「どうやら、向こうは終わったみたいだ」


 フェルミットが手を止める。もう一つの戦場から聞こえていた戦闘音が途絶えていた。


「負けちゃったか。どっちの軍もそれなりに強いし、しょうがないね」


 ベルゼトスが大剣を足元に突き刺して杖代わりとしながら、少し残念そうな表情を浮かべていた。


「私たちの決着もまた今度だ」


 そう言って汗を手の甲で拭う。額についていた血糊が一緒になって伸ばされる。

 どちらの身体にも無数の傷が刻まれていた。服のいたるところが切り裂かれあちこちから血が出ている。


「いつでも挑戦を待ってる」

「それはこっちの台詞!」


 フェルミットの不敵な笑みに同じような笑みをベルゼトスが返す。

 二人が同時に空を見上げる。正確には街の外周部分を。その場所の風景が歪んで見えていた。さらにその歪みは地面からせり上がるようにして少しずつ上へと広がっていた。


「あー、なるほど。高濃度の魔粒子マナによる防壁ってわけだ」

「らしいね。とりあえず、これでこの都市は取り返せたことになる」


 防壁の展開が行われているということは《エオリエルの盾》が作動し始めたということだ。それはすなわち、ベルゼトスたちの敗走を意味していた。

 自軍の敗北にもベルゼトスは慌てていなかった。フェルミット同様、彼女の役割は敵の主力を足止めすることであって、それ以外は関与するところではない。

 軍での立ち位置はどちらも似たり寄ったりだ。


「じゃあ閉じ込められる前に帰ろうかな」

「そう言わずに長居してもいいんだよ?」

「なーんかやらしー。そういうお誘いは私を倒してからにしてよねー」


 大剣を担いでベルゼトスが浮遊。フェルミットが手だけを掲げる。


「じゃあ、また」

「うん。またね」


 別れの挨拶をお互いに交わしてベルゼトスはそのまま飛び去っていった。

 一人残ったフェルミットは剣を鞘に納めて重たい溜息をつく。


「……じゃあ、現実に帰るとしますか」




 部隊に戻ると、激しい戦闘の痕跡が目についた。

 殆どを殲滅したらしく魔族の死体は無数にあった。だがそれと同じぐらい人間の死体も多かった。

 今は負傷者の治療と遺体の搬送、周囲の警戒などで兵士たちが忙しなく動き回っている。


(……やることがないな)


 フェルミットに仕事はなかった。彼に与えられた命令は《エオリエルの盾》を起動することと、襲撃があったときにこれを守ることだけ。それ以上の細かなことをやれとは言われていなかった。

 もちろん、手伝おうと思えばいくらでもできる。ただそれを当の兵士たちが嫌うのだ。曰く、化け物に戦い以外まで構われたくない、と。


(そこまで嫌わなくても、いいんじゃないかなぁ)


 彼らの嫌悪感が今ひとつ、フェルミットにはぴんと来なかった。戦場を一瞬で塗り替える破壊の化身。超常的な力を振るう神の御使。人間たちからどう見られていようとも、当人はやれることをやっているだけのつもりだ。


(見た目のせいも、あるのかもしれないけどさ)


 風が吹いてフェルミットの背中の透き通るほど薄い白色の皮膜が靡く。戦闘時は翼となって移動を補助する特徴的な部位。高濃度の魔粒子ラフェルで構成されたこの薄膜は時折、人の視線を浴びる。


 嫌悪感の理由として思い当たるのがもう一つ。あの司令官の特別扱いだ。

 はっきり言って人望のない司令官だ。そんな奴が誰を重用していたところで誰も気にしないものだが、彼の無茶苦茶な方針──『勇者』第一主義とでも呼ぼうか──のせいでフェルミットは余計に嫌われていた。

 どんな作戦を行うにせよ必ず『勇者』の力を当てにして軍人たちを『勇者』を生かすための道具か何かだと考えている。彼らからすればたまったものではないだろう。


 厄介なのは、軍人たちからすればフェルミットも共犯のように見えていることだ。あの馬鹿げた方針の片棒を担いでいる扱いになっているのは、正直かなり嫌だった。

 止めても聞いてくれない、と言っても誰も耳を傾けてくれないだろうとフェルミットは思っている。

 とにかくフェルミットは第一方面軍第一部隊でメルヴィン王子と一緒になって嫌われ者だった。


(……でも、こう忙しそうにされると、なぁ)


 退屈さも相俟って何かをしたくなってくる。手近なところで邪魔な瓦礫を除去している兵士たちがいたので近づいてみる。


「……なぁ」


 フェルミットが声をかけると、瓦礫を持とうとしていた女兵士が肩を震わせ別の瓦礫を持っていた男兵士が睨みつけてくる。


「な、な、なんですか!?」


 完全に怯えた顔をされた。フェルミットは溜息をついて手を振る。


「いや、何でもないよ……」


 肩を落としてその場を立ち去る。フェルミットが完全に離れるまで、男兵士は睨んだままだし女兵士は怯えたままだった。

 その後もフェルミットは何度か誰かの手伝いをしようとしてみたが、全て駄目だった。ある兵士には逃げられ、ある兵士には剣を抜かれた。しかも指揮官のファリムに直接、「何もせずじっとしていろ」とまで言われた。

 仕方なく、まだまともな形状を保っている店に入って残っていた長椅子に座ってじっとしていた。


「完全に邪魔者扱いだよな……」


 軍人たちと進んで仲良くしよう、なんて意識はフェルミットにはなかった。ただ手持ち無沙汰なのもあってちょっと手伝うぐらいならいいか、ぐらいの軽い気持ちだった。

 だったが、ちょっとした善意を思いっきり拒絶されると結構、心にくる。


「まぁ、向こうにとっちゃ大事らしいし、仕方ないか……」


 彼ら軍人たちからすれば、今は仲間が大勢死に、何とか作戦を完遂させてその後始末をしているところだ。

 そこに厳密な意味では部外者の(しかも嫌われ者の)自分が軽い気持ちで来ればあしらいたくなるのも分かる。そう思ってフェルミットは納得することにした。


「後は向こうの仕事が終われば帰るだけ、か。それまではここで待っておくか」


 長椅子に寝転がると、男の顔が覗き込んできた。


「……誰?」


 見覚えがあるようなないような顔にフェルミットが怪訝な表情となる。対して男は小さな笑みを浮かべていた。


「こうして直接話すのは初めてだな。『勇者』様」

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