第3話 『勇者』の伝説

『勇者』──それは超常的な力を持ち人間たちを救う存在に与えられる名。

 大昔にも人間たちと魔族との間で戦争があった。それは今とは違い人間側が絶滅しかけるほどの壮絶なものだったと伝えられている。

 そんな人間たちの窮地を救ったのが『勇者』と呼ばれる存在だ。圧倒的な力で人間たちを救い、魔族たちの王である『魔王』を討ち戦争を終わらせた──という言い伝えがある。


 だがそんな言い伝えを信じている人間は殆どいない。作り話だというのが常識だ。

 フェルミットが王族から『勇者』だと呼ばれているのはその伝説と結びつけて扱うためだ。『勇者』なのだから王族が支援しても問題はない、と主張するためらしいが、当人としては無理やり持ち上げられているようでいい気分はしない。


「俺は『勇者』なんかじゃないですよ、メルヴィン王子」


 首を横に振って否定してみるが、メルヴィンは媚びた笑顔を張り付けたまま言う。


「またまたご謙遜を。伝説そのものだと王族我々は認識しておりますよ」


 白々しいことを、とフェルミットは思う。大昔に、まだ真実だと信じられていた『勇者』の伝説を真っ先に否定したのはその王族だ。その頃は魔界と交流があったため、魔族からすれば大量殺戮者である『勇者』はいなかったとした方が魔族たちの機嫌が取れると当時の王族たちは判断したと聞く。要するに保身のためだ。


 自分たちの都合で事実を変えるのが王族、というのがフェルミットの認識だった。

 下らないおべっかを聞きにきたわけではない。さっさとやることをやろう。


「報告します。今回の領土奪還作戦は失敗に終わりました」

「なんと」


 メルヴィンが驚いた顔をするがフェルミットは気にせずに続ける。


「詳しい報告は後で現場の指揮官が行うでしょうが、死傷者が多数出ています」


 内心でうんざりしながらフェルミットは言い終える。

 本来であれば作戦終了の報告はそれこそ指揮官が行えば済む話だ。だがメルヴィンは王家が派遣した特別な戦力である『勇者』にも報告するように言ってきていた。


 大方、『勇者』を一兵卒ではない扱いにすることで戦場の主役にし、ひいてはそれを派遣した王家の威光を強める狙いがあるのだろう。こっちとしてはいい迷惑だった。

 この特別扱いのせいで現場の軍人たちからは日夜白い目で見られているのだから。もっとも、理由はもう一つあったが。


「むむむ。あれだけの兵力を傾けたというのに『勇者』殿の援護もまともにできないとは、兵士の質が知れるというもの。指揮官の責任を追及しなくてはなりませんな!」


 まさにその責任を負う立場であるはずのメルヴィンが鼻息を荒くして言う。


「お言葉ですがメルヴィン王子。今回の作戦の立案は王子が行なったのでは?」

「う、それは……」


 フェルミットの指摘にメルヴィンは口ごもった。

 視線を彷徨わせた挙句、言い訳の理由を見つけたらしく司令官が力強く答え

る。


「さ、作戦はこの上のないものでした、それは私の高貴なる血筋に誓って間違いありません! であれば、此度の作戦が成就できなかったのは、ひとえに現場指揮官の責任と言えるでしょう!」


 そう言いながら完璧な理由を答えられたという笑みを浮かべていたので、フェルミットは溜息をつく他なかった。


(高貴なる血筋とやらに誓われても、困るんだけどな)


 その血筋が悪いのでは、とは言わないでおいた。


「領土の奪還をしろ、接敵した時には命を使ってでも勇者の援護をしろ、というのは作戦とは言えないと思いますが」


 代わりに作戦そのものの非難はしておく。


「な、何故ですか!? 『勇者』殿の力を最大限に活かせば、領土の奪還など」

「相手に俺と同等の力を持った存在がいるからですよ。お互いがぶつかれば、後は軍隊同士の戦いです」


 メルヴィンの頭上に疑問符が浮かぶ。

 自分と同等の力を持つの存在を知らないわけではない。知らないわけではないのにメルヴィンは話を分かっていなかった。

 溜息をついてフェルミットは説明を付け加えた。


「つまり、俺の力は突破口にならないってことです。領土の奪還はやはり軍の力を利用するしかない」

「なっ……!?」


 司令官が衝撃的な事実を目の当たりにした顔となる。別名は間抜け顔だろう。

 これで納得してくれると思ったが、メルヴィンは頭を振ってまたも媚びた笑みを浮かべていた。


「いえ……そんなはずがありません。『勇者』殿の力を私は信じております。あなた様の力を十全に発揮できれば領土の奪還など容易。やはりそれができなかったということは兵士どもの怠慢でしょう!」


 かなり厄介な方向にメルヴィンは勘違いと強固な意思を発揮していた。他の王族がどうかは知らないが、メルヴィンが『勇者』の伝説を信じきっているというのは本当かもしれない。『勇者』ならば何とかなると本気で思っているようだ。


「そうですか……」


 これ以上の説得は無理そうだった。そう思ってフェルミットは踵を返す。

 そのとき、警報が鳴った。哨戒部隊が敵部隊を発見した知らせを受けた際に発せられる独特の高音が基地中で鳴り響く。


「『勇者』殿!」

「言われずとも」


 フェルミットは急いで外へと向かった。

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