第2話 前線基地
カヴァレリア王国第一方面軍第一部隊の前線基地は陰鬱な空気がのしかかっていた。
いくつもの遺体が担架に乗せられて運ばれていく。運搬する軍人たちの表情は暗く、ときには涙を浮かべている者さえいた。
魔族との戦いの中で仲間を失った悲しみが基地全てを覆っていた。しかし、フェルミットはその雰囲気に従うことができずにいた。
人の死は確かに悲しい。人並みに悼みもする。それでも泣くほど悲しめるかと言われれば違っていた。
彼らと自分は厳密には仲間ではない。その事実がフェルミットに他の軍人たちと同じ振る舞いをさせずにいた。
基地の端の方から、どこか他人事のような気持ちで葬列を眺めるフェルミットに何人かの軍人たちが近寄ってくる。
「おい、化け物」
おおよそ、人間に向かって使うものではない呼び名で、その男はフェルミットを乱暴に呼びつけた。
返事がない。苛立ちを加速させた様子で男がもう一度呼びつける。
「おい、化け物。聞いてんだろ」
「聞いてる」
今度は返事があった。だが男はさらに怒りを膨らませてフェルミットに一歩近寄る。
「お前のせいで大勢が死んだ。どう責任とるつもりだ」
男の背後に並ぶ男と女の兵士の群れが一様に頷く。
フェルミットは返事を悩んだ。相手の言っていることは半分合っているが半分は間違っている。それを指摘したところで、頭に血が上っている状態では聞き入れてもらえないだろう。
それは分かっていたが、それでも事実とは異なる八つ当たりを受け入れる理由は見つからなかった。
「彼らが死んだのは俺のせいじゃない。魔族のせいだ」
「よくそんなことが言えるな!!」
フェルミットの答えに男が激怒する。予想どおりの反応に、溜息が出た。それが余計に相手を刺激してしまったらしく、胸ぐらを掴まれる。
「あいつらはお前を援護するために死んでいったんだぞ! お前とあの女の戦いに邪魔が入らないように!」
堰を切ったように男の怒号が続く。
「なのに何の戦果もあげられずに逃げ帰ることになった! それをお前は何とも思わないっていうのか!」
男の言っていることは今度は全て正しかった。確かに彼らの任務は自分の援護だったし、彼女と戦っている最中に他の魔族が入らないようにしていた。確かに今回の領土奪還作戦は失敗して何ら得るものもなく自分たちは基地に戻ってきていた。
そして何とも思わないということが、同じように悲しまないのか、という意味ならば、確かに自分は何とも思っていなかった。
「戦果があげられるような状況じゃなかった。あのとき撤退していなければ、もっと死んでいた」
「貴様ぁ!!」
落ち着き払ったフェルミットの言葉がついに男の限界を超えさせ、男の腕が振り上がる。
「やめないかっ!!」
低い壮年の男の声が割って入る。フェルミットが階級章を横目で確認すると、自分を殴ろうとしている男の上官にあたる人物だった。
上官に見咎められた男は舌打ちをしてから手を離し、その場から離れていった。
助けられた形となったフェルミットだったが、壮年の男は去り際にこう吐き捨てた。
「ふん、化け物め」
化け物。フェルミットは第一部隊の軍人の殆どからそう呼ばれていた。慣れてはいるが、呼ばれて嬉しいものではない。
「……報告にでも行くか」
これ以上、この場にいても余計に絡まれるだけだろう。そう思ってフェルミットは司令棟へと向かった。
司令棟は前線基地の中で最も安全な最南端に位置していた。部隊全てを統括する司令官の所在地なのだから当然なのだが、ここにいる人物のことを考えるとまるで臆病さの表れだな、とフェルミットは思う。
『第一方面軍第一部隊司令棟』と書かれた看板を見上げながら、フェルミットは扉を開く。
無機な金属の続く通路を進み、司令官室と書かれた扉を叩いて声をかける。
「失礼します」
返事を待たずに中へと入る。
司令官室の中は、王宮の一室であるかのような荘厳な内装を施されていた。小綺麗な調度品の数々に華美な
最前線の基地の司令官室とは到底思えない部屋に、戦場とはかけ離れた風貌の丸々と太った男が座っていた。
職人の施した色とりどりの刺繍の入った上な服が樽のように丸い身体を覆い、太った指につけられたいくつもの宝石類が醜くぎらつく。美しく仕立てられたこの部屋もこの男がいることによって一気に成金めいた醜悪なものに見えてしまう。
何もかもが場違いなものだったが、フェルミットの前にいるこの男こそがこの基地の司令官だった。
「ただいま戻りました、メルヴィン王子」
「おお、よくぞ戻られましたな、『勇者』殿」
フェルミットに呼びかけられたその男──カヴァレリア王国第二王位継承者は口元を歪めて媚びるような笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます