第1章 『勇者フェルミット』

第1話 少年と少女の剣戟

 倒壊した家屋の中から、砂塵を舞い上げながら一人の少年が空へと飛び立つ。

 栗色の髪に燻んだ同色の瞳を持ち、深い紺色の軽装に身を包む。右手には白銀色の直剣。まだ幼さの残る顔には頬から喉を通り鎖骨にまで続く歪な模様の刺青が入っていた。

 彼の背中からは白色に輝くが翼の形となって生えている。それが一度大きく羽ばたき、少年の周りの細かな砂塵を吹き飛ばした。


 少年の栗色の瞳が何かを探すように細かく動き、止まる。次の瞬間、弾かれるように少年が急旋回。背後から襲いかかるものを剣で迎撃する。

 直剣と打ち合ったのは漆黒色の大剣。美しい紋様と細かなひびの入った剣身に鍔が続き、白い細指が柄を握りしめていた。

 大剣を持つのは少女だった。群青色の髪に深い青の瞳。革細工の施された身軽な服装の上から黒のマントを羽織る。可憐な顔立ちの綺麗な少女だ。

 少女の周囲では風が旋回して彼女を包み込んでいた。それが彼女を浮かせていた。


 白銀の剣と漆黒の大剣が互いに噛み合い拮抗していた。微かに震えながらも僅かにさえ動かない。


「やるね」

「そっちこそ」


 少女が言い、少年が答える。どちらの口元にも小さな笑みが浮かんでいた。


 少年が半身となり、白銀の剣が唐突に下げられる。力の拮抗が崩れて、少女の大剣が下へと導かれる。ガラ空きとなった胴体へと少年の直剣が水平に薙ぎ払われる。

 金属音。漆黒の大剣が素早く旋回してそれを受け止めた。


 即座に白銀の剣が離れ、別の箇所へと剣撃が打ち込まれる。呼応するように大剣が阻み、反撃が放たれる。一合、二合と打ち合いが続き、高速の剣戟へと発展した。

 無数の金属音が楽曲のように鳴り響き、一瞬にも満たない僅かな間に何十もの攻防が繰り返される。

 一際大きな激突音の後に両者が離れる。互いに息一つ乱れていなかった。


「本当にきみは強いね。人間の癖に、生意気だ」

「君だって魔族にしても強すぎる。おかしな奴だ」


 お互いの強さを疎ましく思っているかのような言葉が、笑みと共に向けられる。どちらも言葉の上だけの嫌悪感だった。

 前触れなく少年の身体が一瞬だけ急上昇して、少女の斜め上から突撃する。高速の突進を少女は大剣を構えて受け止め、二人が剣で打ち合いながら落下していく。


 天井の崩落した神殿の中へと二人は降下。少女が地面に足をつけ、少年が飛びかかって剣を振り下ろす。軽やかな足取りステップで少女が躱すと、背後にあった瓦礫に剣が直撃。数メトロンの厚さの瓦礫が一瞬で両断された。

 少女が回転しながら大剣を振り払い、少年が跳躍して回避。刃が同じく瓦礫に切り込んで水平に両断。十字に斬られた瓦礫が崩れ落ちて轟音を響かせる。


 砂塵を振り払いながら少女が接近。天井の大穴から射す光の中で、二人が舞うように互いの刃で斬りつけ合う。その舞踏に巻き込まれた神殿の柱が切り崩され、壁が破壊され、神像が切断されていく。


 ついに神殿そのものが支えを失い、崩落が始まった。瓦礫が降り注ぐ中で、なおも二人は戦いをやめなかった。まるでお互いしか見えていないかのように。

 互いの肩が裂け、腕が斬られ、脚を突き刺される。二人の血が床に飛び散り混ざり合って一つとなっていた。


 二人の真上から一際、巨大な瓦礫が落ちてくる。鍔迫り合いをしていた両者が同時に跳び退き、その間に瓦礫が落下。少年が白銀の剣による高速の斬撃を瓦礫に叩き入れて斬り刻み、少女が漆黒の大剣を剛力で打ち込んで粉砕する。

 両側から破壊されて細かな石塊となった瓦礫の残骸の中を二人が疾走。剣と大剣がぶつかり、衝撃波が石塊を吹き飛ばす。


 二人が同時に跳躍。降り注ぐ瓦礫の驟雨の中を、それらを足場としながら飛び上がっていく。

 完全に崩壊した神殿の屋上に二人は出た。

 少年は、敵である魔族の少女の姿を見つめる。


 群青色の透き通るような美しい髪。滑らかな白い肌に、丸みを帯びた頬。意志の強さを感じさせる濃青の瞳。整った目鼻立ちと、瑞々しい紅色の唇。それらが完璧なバランスで配置されていた。

 それだけでも綺麗だと少年は思う。けど、心を惹かれるのはそれだけではなかった。


 激戦で薄汚れた全身を赤い血で染めながらも大剣を構えるその姿こそが──無性に綺麗だと、そう思った。


「見惚れてる?」

「ああ、もちろん。いつだってそうだ」


 少女の言葉を少年は簡単に肯定した。少女の白い頬に朱が差す。


「……きみって、たまにそういうこと言うよね」

「悪いか?」

「別に……人間の癖に変だなって思うだけ」


 少年は彼女の言葉に満足気に頷く。嫌がられていないなら、それで十分だ。


「ほら、まだ決着はついてないんだから、来なよ」


 勝気な笑みを浮かべて少女が誘い、少年が微笑む。

 そして二人が同時に踏み込んで──


 ──神が座す祭殿の頂上で、白色と黒色の極光が激突した。

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