第43話

 人相書き片手に一日かけて足を歩き詰めてもさしたる成果と言うものは無し。成果と言えばこの街の風景を余すことなく体験できたこと位だろうか。


「にゃー。やっぱり奴らは変装魔法をつかってるにゃー」


 当りの無いくじ引きにすっかり飽きたお姉さんは、ベンチに腰掛けそう愚痴を漏らす。


「うーん、そうみたいですねー。今日の収穫はそれを確認できたって事ですか」


 相手が変装魔法を使って姿を曇らせているのなら、変装魔法を使える人物を探していく方が手っ取り早い。まぁそっちの方もすでに当たっているだろうけど。


「テーロリストーにょーくそッたれー! こそこそ隠れていじけ虫―!」


 やけになったお姉さんはとうとう即興の歌を歌い始める。歌……歌か、そうだな。

 僕はリュートを取り出して、お姉さんの歌に合わせて伴奏を奏でる。


「テーロリストーにょーくそッたれ―! 出来ることにゃどありゃしにゃいー!」


 お姉さんは僕の伴奏に乗り、調子上々、声高らかに歌い始めた。

 歌声は響く、どこまでも。夕暮れ時の町角に、リズムに誘われ、どんどん人が集まってくる。

 お姉さんの歌は即興の分単純だ、それ故覚えやすく、繰り返し易い。この街は平和な街だ、取りあえず表向きは。故に街の平和を脅かすテロリストには反感を持っている人達が大多数。その人たちはお姉さんの歌に合わせて歌い出す。


「テーロリストーにょーくそッたれー! 口も出せにゃい臆病もにょー!」


 お姉さんがノリノリでテロ撲滅ソングを歌っている時だ。外周がにわかに騒がしくなる。


「テーロリストーにょ?」

「掛かりましたか! 計算通りですねお姉さん!」

「にょ?」


 追って駄目なら誘い出す。公衆の面前で罵倒してやれば、血気溢れる下っ端の皆さんが引っかかってくれると思っていたらその通りだ。


「お姉さん、あの人をわざと逃がして」


 僕はお姉さんにそう耳打ちする。下っ端さんを釣った所で意味は無い、釣り上げるなら大物だ。


「わっ、分かったにゃ! 少年」


 お姉さんはそう言うと、テロリストを解放するために、彼の傍に群がる同僚に対して小石を投げる。


 お姉さんの投擲は百発百中、テロリストは包囲が緩んだ隙間を逃さずと、一目散に逃げ出した。


「にゃししししし。この街の追いかけっこでうちに勝つつもりかにゃ」

「分かってますよねお姉さん。ちゃんとアジトまで案内してもらうんですよ」

「にゃししししし。勿論だにゃ少年」


 お姉さんはそう言うと、音も残さず屋根の上に飛びあがった。





 やれやれ、これで一泡吹かせられる。僕がそう思いながらお姉さんを追っていたその時だった。路地裏から爆発音が鳴り響き、火柱が立ち上る。


「お姉さ!?」


 ドンドンと爆発は連鎖的に広がり、周囲は一気に炎の海と化した。


「くっ、甘く見てた」


 立ち上る熱波が皮膚を焦がす。罠に嵌ったのは僕たちの方だった。入り組んだ路地裏は炎と煙が立ち込めて、それを避けるため這いつくばる事しか出来やしない。


「やばいなぁ……まだ旅に出たばっかりだと言うのに」


 こんな所で終わってしまったら、僕を見送ってくれたミコット姉さんたちに顔向けできない。


「深入りすべきじゃなかったか」


 後悔しても後の祭り、今は何とかここから生還する術を探さないと。とは言え周囲は一面の赤。逃げ道なんて分かりはしない。


 少しでも、少しでも炎が少ない方へ向けて這い進む。カシャンカシャンと腰に下げたイグニスが音を立てる。あの時とは状況が大きく異なる、とは言え他に術はない。僕はイグニスを引き抜いて炎の中に突っ込んでみる。


「……そう都合よくいかないか」


カフェテラスでイグニスが炎を消せたのは、あれが魔法の炎だったからだ。いわば攻撃呪文をキャンセルした様なもの。こうして燃え移り自然の炎となってしまったら、イグニスの手には負えやしない。


 ボンボンと景気よく爆発音が連鎖する。絶体絶命どうしようと思った時だ。バキバキと言う音が上から響いて来て――


「うわっと!」


 上から炎にまみれた瓦礫が振り落ちて来る、これで逃げ道は完全に塞がれてしまった。


「あーあ、お姉さんは無事なのかな?」


 一昨日の身のこなしだと、ミコット姉さんには及ばずとも中々の使い手だ。僕の様に何時までも炎の中でトロトロしてはいないだろう。


 酸素がドンドンなくなっていき、意識が朦朧としてきた。このままじゃ本当にヤバイな。そう思っていた時だった。


 ベキベキと言う音が鳴り響き、横の壁が崩壊する。


(あっ、ヤバイ、死ぬ)


 僕は、薄れゆく意識の中ボンヤリとそんな事を考えて――


「ここが、旅の終わりなのか?」

「君は……」


 その崩壊から僕を庇ってくれたのは。顔に大きな傷のある隻腕の女性だった。


「ここが、平和な世界なのか?」


 平和な世界? そんなものは夢物語だ。この世は所詮弱肉強食、平和な世界と言うものは何かの犠牲無くして成り立たない。

 僕と姉さんたちが暮らしていたあの世界だってそうだ、僕たちの生活は薬師としてのオネリア姉さんに支えられていた、それはすなわち、誰かの不幸に支えられていたと言う事。

 僕は彼女の質問に、ゆっくりと首を横に振る。


「問おう、貴方は何を望む」


 何を……。

 僕に望みなんてものはありはしない。僕の過去は全てあの炎の中で燃え尽きた。今の僕はただの抜け殻だ。


「問おう、貴方は何を祈る」


 抜け殻の僕を支えてくれたのはミコット姉さんたちだ、そしてその中に満たされているのはとある勇者の祈り。


「問おう、貴方は何を願う」

「……約束を、託されたんだ」

「……」

「……約束、大事な約束」

「それは……何だ?」

「約束……平和な世界を……見つけるって」

「了解だ、マスター」


 彼女はそう言って、僕の手を取った。

 清浄なる炎が吹き荒れる。それは爆発的に膨れ上がり、巨大な火柱となって、周囲の建物を吹き飛ばした。


 はじけ飛ぶ瓦礫の向うに、大きな口を開ける火蜥蜴の姿が見えた。そうか、やけに景気よく燃えると思ったら、彼らは火蜥蜴を使役していたのか。


 自分の体が、自分の意思とは別に動く。


― 斬 ―


 炎を纏った火蜥蜴を、炎の剣が一刀両断に切り裂いていく。進む、いや駆ける、いや翔ける!

 街を燃やす火蜥蜴を鎧袖一触切り裂いていく。


「見つけた!」


 燃え盛る街を、やられて行く火蜥蜴を、焦りながら見守る男。


「あああああ!」


 僕はその男を、折れた聖剣を握りしめた手で殴り飛ばした。





「全く、どう言ったらいいのかしらね」

「「はい、済みません」」


 僕とジェシーお姉さんは平謝り。幸い人気のない倉庫街だったおかげで、怪我人こそは出なかったものの。被害は相当なものらしい。

 倉庫街を全焼させた火事は、それを上回る火柱によってかき消された。その中心で気を失っていた僕を、何とか難を逃れたジェシーお姉さんが見つけてくれたと言う訳だ。


「にゃ、にゃー。けど、奴らのアジトは見つかったにゃ」


 罠を仕掛けるなら勝手知ったる自分の庭で。全焼した倉庫街の一角には、テロリストたちのアジトがあったそうだ。

 それに、僕がのした件の男は指名手配中の大物召喚師だった。

 被害は甚大だが、手柄も大きい。結果としてはマイナスだろうけど。手柄の方を無視するには大きすぎると言う所だ。


「それにしても、どうしてこんな事になったのかしら」

「さあ? あまりにも火勢が強すぎて、燃やすものがなくなったからじゃないですかね?」


 イグニスの存在が表に出ることは極力避けよ。それは姉さんたちから言われていた条件の一つだ。それに従い、僕はとぼけたふりをする。


 ジロリとスカリーお姉さんが僕を、そしてその後ろを睨みつける。


「はぁ、まあいいわ。そう言う事にしておきましょう」


 と言う訳で、今回の事件はテロリストたちが起こした事故と言う事で片が付いた、まぁスカリーお姉さんにとってもその方が処理しやすかったんだろう。


「終わったのか? マスター」

「うん。お待たせイグニス」


 お説教が終わった僕は待たせていた相棒の元に駆けつける。


「にゃー、結局彼女はにゃんにゃんだ?」


 ジェシーお姉さんの疑問も最もだろう。全てが燃え尽きた倉庫街。そこにいたのは僕だけじゃなく。見知らぬ人がいたのだから。


「彼女はイグニス。僕の大切な相棒ですよ」


 僕はイグニスの手を取りながらそう言ったのだった。





 こうして僕は旅を始めた、傍らには1人の女性。

 彼女は顔に大きな傷痕のある隻腕の女性だ。

 彼女はかつて世界を救った聖剣が人間の形を成したもの。

 僕と彼女は炎の中で出会った。


 心を無くした僕と、片腕を無くした彼女。

 お互い何かを無くしたもの同士の二人旅。

 そんな二人は一つの約束を道しるべに旅を続ける。


 いつか、いつの日か、平和な世界を見つけられますように。



 巡る世界のグランギニョール  完結

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巡る世界のグランギニョール まさひろ @masahiro2017

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