第42話
駐屯所を後にした僕たちは、くうくうお腹を鳴らせながら、昨日の食堂へと足を運んだ。
「にゃー、少年。あの行き遅れも悪気があって少年をイジメてたんじゃないのにゃ」
「あははははー。分かってますよお姉さん」
ふらりとやって来た、どこの馬の骨とも分からない旅人が、二日連続でテロに関わったのだ、疑うなと言う方が無理である。
「むー、少年はこんにゃに素直で可愛いのに、それを疑うなんてひどい奴だにゃ!」
お姉さんはそう言って僕の頭をなでて来る。キャットピープルの皆さんは、一旦相手を気に入るとスキンシップが過剰になるのは、ミコット姉さんで学習済みと言っても、昨日であったばかりのお姉さんに、こうもして貰えるのは少しばかり照れくさい。
「それで、お姉さんは今日、何をしていたんです?」
「みゃ? うちにゃ? 聞いてくれにゃー」
お姉さんはそう言うと猫なで声で甘えて来た。
「全くひどいんだにゃ、今日はお役所仕事の手伝いだったんだにゃ!」
「はぁ、お手伝いですか」
「そう、お手伝いにゃ! やつら子供お駄賃で、散々うちをこき使うんだにゃ!」
それが、お役所仕事と言うものなんだろうか。まぁ風来坊の僕には関係のない世界だ。
「ギルドの担当も、お上とつながりを持つためにがみゃんしろって言って碌なサポートをしてくれにゃかったにゃ! 全く持って貧乏くじだったにゃ!」
こんな事なら、最初に通報なんてしてあげなけりゃ良かったと、ジェシーお姉さんはお怒りの模様だ。
「まぁまぁ、そうやって貸を作っとくのは悪くない事なんじゃないんですか?」
「みゅふふふふ。少年、お主も悪よにょう」
僕がそう言うと、お姉さんは表情を一転して、ニヤニヤとそう笑う。全くキャットピープルの人たちは見てて飽きないなぁ。
僕は旅するにあたって大雑把なルールを決めた、その一つは一つの街には3日と言うこと。その3日が二泊三日になるのか、三泊四日になるのかは気分次第だが、取りあえずの身安として3日と言う区切りを作ったのだ。
明日でこの街は3日目になるけど、今日一日の半分が部屋掃除、半分が取調室で過ごしてしまったので、この街は三泊四日コースにしようと思う。
つまりは、明日は丸一日散策に使い、明後日の朝にこの街を後にすると言う訳だ。
「にゃー、そんにゃこといわにゃいで、しばらくこの街に居るって言うのはどうにゃのかにゃー?」
食堂を出た道すがら、その予定を話すと。お姉さんはいじいじと僕の胸に指を当てながらそう言ってきた。
「いやー、そうやってずるずる行くと、何時まで経っても目的の場所にたどりつきませんからー」
「にゃー、つれにゃい少年だにゃー」
「あははははー。まぁ、お姉さんのお部屋の掃除はしっかりとやっておきますよ」
「にゃ! みゃったくよくできた少年だにゃ!」
お姉さんはそう言うと僕を抱きしめて来る。
「わわっと」
突然の抱擁に、僕がバランスを崩しそうになると、お姉さんは僕の耳元でささやき声を上げて来た。
「少年。このまま抱き合ってる振りをするにゃ」
その声は、低く鋭く殺気のこもった声だった。
僕は、無言で頷いて、お姉さんの背中に軽く手を回す。
僕の目の前に広がるのは、星明りに照らされた、薄暗い街並みだけだ。だが、夜目の効くお姉さんにとっては、昼間と同じぐらい見えている事だろう。
「お姉さん?」
何時まで経っても反応のないお姉さんに、僕はそっと呟いてみる。
「んにゃ? うちの勘違いだったかにゃ? 妙な視線を感じたと思ったんだがにゃ?」
お姉さんはそう言うと、抱擁を解いてくれた。
「変な視線……ですか」
「にゃ。けど勘違いだったみたいだにゃ」
心配かけたな少年、と言ってお姉さんは僕の頭をなでまわす。変な視線とは十中八九テロリストの視線だろう。その標的は、お仕事を邪魔した僕たち二人。無事にこの街から出られるか、疑問になってきてしまう。
やっぱり、明日の早朝にこの街を後にすべきかな? けど何度も予定を変えるのは、流石にちょっと恥ずかしいし、テロリストの都合に左右されるのはちょっと癪だ。
僕がそう言う風に考えていると、それを肯定する様に、腰のイグニスが、キンと震えた様な気がした。
「お姉さん」
「ん? にゃんだにゃ? もう一度かにゃ?」
お姉さんはそう言うと、両手を広げて僕を抱きしめようとする。それはそれで、とても魅力的な提案であるが、僕の腰にはイグニスが居るのだ、あまり浮気をするわけには行かない。
「いえ、それでは無くですね。実は、明日の調査には僕も参加させてほしいんです」
「うみゃ? にゃにゆえにゃ? 少年」
「いえいえ、それ程、複雑な事情がある訳ではありません、ただ単にこっちの予定を狂わせられっぱなしだと少々癪に障るってだけですよ。それにこんな体験中々出来る事じゃありませんからね」
「にゃはははは。遊び半分でテロ屋のじゃまをするってか。随分と豪気にゃしょうねんだにゃ」
「行けませんかね?」
「みゃあ、少年がマークされているのは今更にゃ。だったら、うちの傍に居る方が安心ってもんだにゃ」
お姉さんはそう言うと、困ったような顔をして僕の頭をなでてくれた。
「……なんで貴方が一緒にいるの?」
「あはははー。心境の変化と言うか何と言うかでしてねー」
翌朝、凄く微妙な顔をしたスカリーさんと顔を合わせる。
「にゃははははは。そう硬い事をいうでにゃいぞ、スカリー。猫にょ手が二本ににゃったら掻けない所にゃぞありはしにゃい!」
ジェシーお姉さんはそう言と、スカリーお姉さんの背をバンバンと叩く。
「いえ、僕も疑われっぱなしでは、この街を出て行き辛いんで。多少なりとも捜査にご協力出来ないものかと」
僕がそう言うも、スカリーお姉さんは疑惑の目を深めるばかり。まぁ駄目なら駄目で大人しく引き下がる予定だったが、それこそまさに猫の手も借りたい状況なのか、意外にもスカリーお姉さんは僕の同行を許可してくれたのだった。
今日の捜査は、昨日の爆発騒ぎの聞き取りだ。だが、変身魔法なんてものが有るこの世界。あのトランクケースを置いて行った人を探すのなんて、砂浜から一つの砂を見つけ出すようなものだ。
「と言う訳で、一応これが人相書き。まぁ十中八九あてにはならないだろうけど、それでも何の手がかりも無いよりはマシでしょう」
スカリーお姉さんはため息を吐きながら一枚の人相書きを渡してくれた。そこには何とも言いようの困る、ごくごく普通の、人間の男性の姿があった。
「にゃー。カバンの方はどうにゃのかにゃ?」
「勿論そっちの捜査も進めているわ。けれど、貴方たちの担当はこっちの方。余計な気を回さないで、しっかりと捜査してよね」
うーん、猫の手。僕たちは正しくその他大勢として捜査団の末席に加わった。
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