第41話
「にゃーにゃーにゃー、ちょっととっ散らかってるけどかんべんするにゃ」
それは、住居と言うよりは巣穴と言った方がしっくりくるような家だった。いや別に、せまっ苦しい家と言う訳ではない、ただ単純に物で溢れかえっていて、居住スペースが極めて狭いと言う事、つまりは。
「これが、世に言う汚部屋ってやつですかー」
「にゃはははは。少年そう誉めるにゃ」
ジェシーお姉さんはそう言ってポリポリと頭を掻くが、世間一般では汚部屋と言うのは褒め言葉だったのだろうか?
それにしても酷い、食べかけの物がゴロゴロしてるし、脱ぎっぱなしの服があちこちに散乱している。綺麗好きのオネリア姉さんなら発狂物の光景だ。
「みゃあ適当にくつろぐにゃ」
ジェシーお姉さんはそう言って床に散乱した衣服を足でどかしてスペースを作る。
はぁしょうがない、3日とは言えここでお世話になるんだ、少しでも人に見られる部屋にするとしよう。
僕は、散らばる下着をつまみながらそう思った。
「にゃにゃ?」
「おはようございます、ジェシーさん」
「にゃむ、うーーーみゃぁ」
寝ぼけ眼のジェシーお姉さんが、鼻をひくつかせながら、フラフラと幽鬼のように起き上って来た。
「うみゅ? 少年、この匂いはなんにゃ?」
「ああ、朝食ですよ、材料は勝手に使わしてもらいました」
今日の朝食は燻製肉と、卵のサンドイッチ。本当ならば2、3日水に戻してからの方が柔らかくておいしいのだが、今回は一晩戻しただけ。それを細かく刻んで、スクランブルエッグと混ぜ、香辛料で味つけすれば出来上がり。
「ふみゃ! こいつは中々いけるじゃにゃいか!」
「あはははー。それは何よりです」
オネリア姉さん秘伝の味付け、お味の方は保証つきだ。ジェシーお姉さんはむしゃむしゃとサンドイッチを口に放り込む。
ミコット姉さんから戦闘技術あるいは逃走技術を叩き込まれたように、オネリア姉さんからは家事スキルを叩き込まれた。もっともそれは僕に魔法使いとしての才能が全くなかった事の穴埋めかも知れない。けど、こうして役に立つのなら結果オーライ。旅人、言い換えれば冒険者に必要な能力は、何も戦闘能力だけではない、旅の大部分を支える家事能力もそれに劣らず大事なものだ。
今朝はまたスカリーお姉さんの所に顔を出さなきゃいけないと言う、ジェシーお姉さんを見送ってから、部屋の掃除を始めてようやくひと段落。日が真上に差し掛かったところで、僕はリュート片手に部屋を出た。
「それにしても、テロねぇ」
お昼ご飯を食べるために、街をぶらぶらと散策する。折角旅に出たのだ、色々と見て回らないと勿体無い。
「あー、お姉さんにお勧めの食堂でも聞いてりゃよかったな」
まぁいいや、自分の足で探すのも旅の醍醐味、もし外れを掴まされたとしても、それはそれで話のタネだ。
僕は繁盛しているオープンカフェを見つけて、ぷらりとそっちへ足を延ばす。店構えは古くもあり新しくもある、つまりはピカピカに磨き上げられた老舗と言う事だ。
こいつは期待できそうだと。お店に入ろうとした時だ、視界の端に、何かが目についた。
違和感、微かな違和感を感じ、僕はドアに手を掛けたまま、キョロキョロと当りを見渡す。
「あれ? 忘れものかな?」
違和感の正体に気が付いた、オープンテラスの座席の下に、こじんまりしたトランク1つ。
忘れ物、アレは単なる忘れ物。だが、奇妙な違和感を感じてしまう。僕はドアノブから手を離し、急ぎ足でそっちに向かう。
リンと、腰に下げたイグニスが鳴ったような気がした。
「危ない!」
僕は反射的にそう叫び、トランク向けてイグニスを投擲する。
イグニスが、トランクに突き刺さったのと、それが爆発したのは同時だった。だが、僕が投擲したのは、折れたとは言え人々を守護する焔の聖剣。炎は一瞬大きく膨らむものの、イグニスはその炎を吸い込み被害を最小限に抑え込んだ。
「また貴方なの? けどお手柄ね、ありがとう」
「いえいえー、どういたしまして―」
現場に駆け付けたスカリーお姉さんは、僕をジロリと睨みつつも、そう労いの言葉を掛けてくれる。あれれー? ちょっと疑われてる?
まぁ、僕は何の後ろ盾も無いただの旅人だ、僕にできるのは精一杯の笑顔でその場その場をごまかす事だけだ。
「やっぱりテロなんですかね?」
「まぁね。まだ犯行声明はでちゃいないけど」
スカリーお姉さんはそう言って頭を掻く。
「……坊や、貴方ホントに、奴らとは無関係なのよね?」
「僕に何のメリットが?」
言っちゃ悪いが、この街がどうなろうと所詮僕には他人事だ。
「冗談よ、半分はね」
「本気ですよ? 丸っと」
まぁ人を疑うのを仕事しているお姉さんにとっちゃ、僕は疑惑の塊だろう。だけど知らない物は知らないんだよなぁ。
結局事情聴取と言う事で、半日ぶりの取調室へ。硬くて座り心地の悪い椅子に腰かけて、お姉さんと世間話をすることになった。
はぁ、ジェシーお姉さんの部屋の掃除終わらなかったなぁ。
「少年、いるかにゃ?」
「ああ、ありがとうございます、お姉さん」
迎えに来てくれたジェシーお姉さんは、僕の姿を確認するなり、抱き付いて来た。
「あんた何よ、そう言う趣味があったの?」
「にゃー! 酷い事を言う女だにゃ! この少年はうちの部屋を片付けてくれた天使みたいな男の子なんだにゃ!」
ぎゃいぎゃいと、僕を挟んでお姉さんたちが喧嘩をする。
「ははは。そんなに感激するなら、自分でもやったらどうですか?」
「いやだにゃ!」
ジェシーお姉さんはきっぱりとそう宣言する。一体この人はどうやって暮らしているのだろう?
「はぁ……。まぁいいわよ。今日の所はこの辺で勘弁してあげるから、大人しく帰っておやすみなさい」
「はい、そうします」
「にゃー! にゃんて言い草だにゃー! 善意の第三者を捕まえてこの仕打ち! そんなんだから何時まで経っても独り身なんだにゃ!」
「それはお互い様でしょ!」
「にゃはははははーーー!」
相変わらず仲がいいようで何よりだ。こうして僕たちは取調室を後にしたのだった。
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