第40話

「はぁ……変な話聞いちゃったなぁ」


 お姉さんの言う事には、今回のクエストは、とある荷物を街の色々な所に運んでいくことだったそうだ。たったそれだけで、普通の低級クエストと同じ賃金が舞い込んだと大喜びしていた。

 ぐでんぐでんになったお姉さんの世話を対象に任せて、僕は宿屋へと舞い戻る。大部屋の雑魚寝だけど、節約の為仕方がない。

 この街に居る間は、夜はあそこのお店にお世話になるかな?

 そんな事を考えつつ。暗い夜道を歩いていた時だった。ふと振り返った物陰に、夜よりもなお暗い黒装束の人間と視線がばったりと合ってしまった。


「……」

「……」


 僕は、何事も無く視線を戻し――


「ってやっぱり追ってくるの!?」


 黒装束の人たちは、問答無用とばかりに追いかけて来る。こんな時姉さんだったら返り討ちに出来るだろうけど、生憎と僕にはそんな腕は無い。

 だけど――


「逃げ足だけは、姉さんのお墨付きだ!」


 疾風の様に夜の町を駆け、一直線に大衆宿へっと言いたい所だったけど……。


「あれ? ここ何処だろ?」


 来たばかりの知らない街、それも明りの落ちた暗い夜道と言う事で、僕はすっかり迷子になってしまっていた。

 気づけば行き詰まりのどん詰まり。袋小路に足を踏み入れてしまっていた。


 そして、ピンチはそれに尽きない。僕がどうしようかと迷っていると。背後から多人数の足音と荒い息遣いが響いて来た。


「困ったなー。お金で勘弁してもらえないかなー」


 まったく自信なんてありはしないが、僕はしょうが無しに、イグニスの柄へと手を伸ばす。彼女に見せる最後の光景が、こんな薄汚い路地裏と言うのも申し訳ない。何とかして逃げ延びないと。


 狭い路地裏が更に暗くなる。出入口は黒装束の皆さんに封じられてしまった。


「あのー、僕は何も見てないし、そもそもただの旅人なんでそこを通して貰えませんかね?」


 彼らが何を企んでいようと、僕には関係のない話だ。お互い見なかったことにすればそれでいいのに。


 だが、彼らは油断なくじりじりと迫ってくる。僕の逃げ足から見て、よほどの手練れだと判断されたのかもしれない。


 どうしたものか、ホントにピンチだ、僕がそう思っていると。上から声が振り落ちて来た。


「にゃはーはっは。少年、巻き込んだようで悪かったにゃ」

「あれ? お姉さん?」


 しゅたりと、お姉さんは屋根の上から足ともなく飛び降りて来る。

 突然の闖入者に、黒装束の皆さんからどよめきの声が上がった。


「ふっふっふーん。あんにゃ怪しいクエスト、裏を疑うなってのが無理にゃ話にゃ」


 お姉さんはお酒臭い息を吐きながら、そんなセリフを口にする。


「あのー、ちょっとフラフラしてるんですけど、大丈夫ですか?」

「みゅっふっふー、らーいじょうぶ、らいじょうぶにゃ」


 どうしよう、全然安心できない。


「あのー、巻き込んだって……」

「みゅっふっふー。うちは酔っぱらったと見せかけて、周囲に分かり易いように、わざと少年に耳打ちしたにゃ」

「はあ……僕をおとりに使ったんですか?」


 黒装束の皆さんとは、たまたま目が合ったと言う訳で無く、最初から目を付けられてたと言う事か。


「にゃししししし。すねるにゃ少年、後でお姉さんが良いことしてあげるにゃ」

「いえ、結構です。それよりも此処を無事にやり過ごしたいのですが」

「にゃししししし。それこそお安いごよう――にゃ!」


 お姉さんは突っ込んできた黒装束の皆さんの攻撃を弾きながらそう言った。





「にゃしーー! ししょぽうごろげろうげうぽぽ」


 うわぁ、大参事。

 お姉さんは、自分がのした黒装束の皆さんに向けて、吐瀉物をぶちまける。


「お姉さん。大丈夫ですか」

「まったく、だらしない」

「ん?」


 お姉さんの背中をさすりつつ、知らない声に僕が振り向くと、路地裏の出入口に明りが灯り、そこから大勢の人間が顔を出した。


「あのー、あなた方は?」

「私は、その酔っぱらいの関係者よ」


 その人は人間の女の人だった。腰まで届く長い黒髪に、キッチリとした制服姿。こんな夜中にそんな服、それも大人数と言う事は。


「もしかして騎士団さんとかそんな感じの方でしょうか?」

「そっ、そんな感じ。悪かったはね坊や、変な事に付き合わせて」

「って事は、もしやこのお姉さんも?」


 僕はげーげー言ってるお姉さんを指さした。


「いいえ彼女は協力者。流石にウチはそこまでたるんじゃいないわ」

「にゃししししし。酷い言いようだにゃー」

「全く、経費で落ちるからって、好き勝手飲んでからに」

「結果オーライ。これで全部解決したんだから問題ないにゃ」


 お姉さんはまったく悪びれる事無く、そう言った。





「あのー、結局何がどうなったんですか?」


 堅苦しく飾り気のない建物に案内された僕は、外観と同じく味気のないソファーに腰掛け、黒髪のお姉さん(スカリーさんと言うそうだ)にそう尋ねた。

 お姉さんは、疲れた様子で、僕の向かいに腰掛けると、ため息まじりにこう答えた。


「旅人に余計な話をするのは何だけど、巻き込んでしまったお返しに、話せる部分だけは話して上げるわ」

「はぁ」

「この街の印象はどう?」

「はぁ、とても賑わっていて活気のある街だと思いますけど」

「そうね、この街の町長は頭が良くて抜け目なくてね。大戦で国家が疲弊していくにも関わらず、その隙間を縫って、したたかに稼いだわ」

「それが?」

「それが気にくわない人たちも大勢いるって事」


 ちょいと失礼、彼女はそう言ってタバコを取り出す。

 紫煙と共に吐き出されたソレは、愚痴半分の言葉だった。


「この街はテロの標的になっているの」

「テロ……ですか」

「そう、暇人たちが、暇人を焚き付けて、何やらしでかそうとしているのよ」


 こいつは旅の始めから景気の良い事だ。この街をへこましたからと言って、シーソーゲームみたいに自分たちの境遇が良くなるわけでもないだろうに。

 いや、そうなる筈と信じて行かないとやっていけないほどに、その人たちは追い詰められているのだろう。


「となると、キャットピープルのお姉さんが運んだって言う荷物は?」

「勿論、曰くつきの厄介者、ありていに言えば爆弾ね」

「それはまた」


 お姉さんに依頼した人も、孫孫孫受けとかそんなところだろう。間に人を挟むと話が大きくなる反面、出所が分かりにくくなる利点もある。


「あの子と私は、小さいころからの付き合いでね、ギルドに変な依頼があるって報告してくれたのよ、それで罠を張っていたって訳。まぁ一般人を危険にさらすような事になるって最初っから分かっていたら止めてたんだけどね」


「ごめんなさいね」とお姉さんは謝ってくれた。まぁ僕としては、腹いっぱいにただ飯を食べられたんで結果オーライなんだけど。


「まぁ僕は気にしてませんよ、それじゃー宿屋に帰らせてもらいますね」


 僕が荷物を纏めて、席を立とうとした時だった。「ちょっと待って」とお姉さんに呼び止められる。


「ん? なんですか? まだほかに何か?」

「貴方戻るって何処に戻るの?」

「はあ、しがない貧乏一人旅ですからね、町はずれの宿屋で雑魚寝ですよ」


 僕がそう答えると、お姉さんははぁとため息。ちょっと待ってなさいと言った後部屋を出て行った。


「にゃー、にゃにすんにゃ、耳をひっぱるにゃー」


 帰って来たお姉さんが連れて来たのは、件のキャットピープルのお姉さんだった。

 お姉さんは寝癖の付いた頭を傾げ大きな欠伸をしつつ、僕に「よっ少年」と手を上げて来る。その様子だと、休憩室とかで一眠りしていたようだ。


「ジェシー、あんたこの少年を巻き込んどいて、自分は高いびきって随分と言いご身分じゃないの」

「にゃはははは。そこはスカリーを信頼してるからにゃ」

「こら、調子の良い事を」


 お姉さんたちはそう言うと、何やらごそごそと話し始める。


「にゃー、わかったにゃ、しょうがにゃい」


 話が付いたのか、ジェシーお姉さんは、僕の方に来てポンと肩に手を置いた。


「巻き込んじゃったお詫びだにゃ。少年がこの街に居る間、少年の安全はうちが見るにゃ」


 お姉さんはそう言って、ぐっと親指を上げる。こうして僕はこの街に滞在中、お姉さんの家にお邪魔になる事になったのだ。

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