一枚の銀貨

揣 仁希(低浮上)

ポケットの銀貨


「・・・それでさぁ、そこの店のケーキがマジ美味いんだって」

「え〜ホント〜?」

「ホントだって!なぁハルキ!」

「うん、まぁ確かに美味しいとは思うよ」


 今僕の目の前では、悪友のトモヒロがクラスの女子を遊びに誘おうと必死になってる。

 ご苦労なことだ。


「ハルキ君も来るの?」

 僕にそう聞いてきたのは、チカさん。

 クラスではあまり目立たない子だ。


「多分ね、断ってもトモヒロに連れて行かれると思うから」



「・・・でな、カラオケでもいってさ、たまには息抜きも必要だろ?」

 トモヒロは変わらずクラスの女子を誘っている。


 やれやれ、周りで見ていた男子も若干の呆れ顔だ。


「トモヒロ君は、誰かお目当ての子がいるんだね」

 チカさんは、変わらず必死で女子を誘っているトモヒロを見てそう呟いた。


 チカさんも、トモヒロのことが気になるのか。

 僕とトモヒロは小学校からの付き合いで俗に言う腐れ縁みたいなものだ。


 とは言っても僕は俗に言うモブで、トモヒロは輪の中心にいるタイプの男子だ。

 僕なんか引き立て役にすらならない。


 結局、トモヒロが張り切ったおかげで男子6人、女子6人で遊びに行くことになった。


 もちろん僕は断ったんだけどトモヒロに無理やり付き合わされることになった。


 トモヒロが言っていた店のケーキは確かに美味しく女子たちは、一人を除いて満足そうだった。


「チカさんは甘いもの苦手なの?」

「えっ、ハルキ君?ああ、これ?違うよ、甘いものじゃなくて果物が駄目なの」

 チカさんのケーキ皿の上にはイチゴが乗ったショートケーキ。

 僕のは、オーソドックスなチーズケーキ。

 この店はビッフェスタイルだからトモヒロが適当にケーキを持ってきたのだ。


「僕、イチゴが好きだから良かったら交換してもらえないかな?」


「いいのよ。気を使わなくても・・・」

 僕は、彼女の返事を遮って皿を交換する。


「ごめんね、ありがとう」

 気にしないでと、そっぽを向いた僕の顔はちょっと熱かった。


「ふ〜ん。ハルキはああいうのが好みなんだ」

 そっぽを向いた僕にトモヒロが耳打ちしてくる。


「そんなんじゃないよ!何言ってるんだ?トモヒロは」

 明らかに動揺して棒読みになってしまった。

 これじゃ、肯定してるみたいなものじゃないか。


 くくっとトモヒロが悪巧みを思いついたときの笑い方をする。

「トモヒロ、頼むから余計なことはしないでくれよ」

「ああ、わかってる。わかってる」

 トモヒロは手をヒラヒラとさせて笑いながら他の女子と話しをしに戻っていった。


「そろそろ、カラオケでも行くか〜」

 トモヒロたちはぞろぞろと店から出て行く。


「あれ、チカさんは行かないの?」

「う、うん。私あんまりこういうの得意じゃなくて。気にしなくていいからハルキ君は行って」

「そんなわけにもいかないし、ちょっとトモヒロに言ってくるよ」


「・・・というわけなんだけど、どうする?」

「どうするもこうするも、ハルキがついて行ったらいいじゃないか」

「えっ僕が?」

「ああ、男子と女子1人づつ抜けたらこっちも丁度だしな」


 そう言ってトモヒロは、僕の背中を叩いて他の人に聞こえないように言った。


「頑張ってこいよ!」

「〜〜余計なお世話だよ!」

「ははっなら余計ついでに俺のお守りを貸してやる」

 そう言って僕の掌に一枚の銀貨を握らせた。


 ほら、早く行けよ!とトモヒロに背中を押されて僕はチカさんの方に歩いていく。


「ハルキ君?」

「あの、僕もあんまりカラオケとか得意じゃないからさ、その、あの」


 ちらっと後ろでトモヒロたちが騒いでるのが視界の片隅に入った。


 僕は、ポケットの中で銀貨をぎゅっと握る。

「あの、僕と2人で遊びに行きませんか?」


 チカさんは、驚いた顔をして僕を見てから、騒いでいるトモヒロたちの方を見る。


「・・・はい」

 耳まで真っ赤になって小さな声で返事をしてくれた。


 僕は改めてポケットの銀貨を握りしめる。

 ありがとな、トモヒロ。


 トモヒロのお守りの銀貨を僕は昔から知ってる。


 古い銀貨。

 フクロウが描かれたアテネの銀貨。


 bring owls to Athens


 ほんと余計なお世話だよ。




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一枚の銀貨 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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