フクロウのポッポちゃん

家宇治 克

靴屋の番人

 ギラッと光る目が怖い。

 闇に紛れられる羽色が威圧する。

 鋭いくちばしをカチカチと鳴らして警戒しているのに。



「よ〜しよしよし。いい子でちゅね〜」



 ──何で先輩はあの鳥を愛でるんだろう。


 傷害事件の現場の靴屋で、僕は先輩に呆れた目を向けていた。


 現場に入ってすぐにフクロウを見つけるなり「(動物が)いらっしゃる!」と叫んでからべったりな先輩を。


 自分の歳を自覚もせずに、フクロウに表情を緩ませる先輩を。


 あからさまに嫌われているのに可愛がる先輩を。


 鑑識官に肩を叩かれ、僕はようやく目を離した。鑑識官は先輩をちらっと見ると、諦めた表情で手帳を開いた。

 ……気持ちは同じだ。


「えぇっと、被害者は杉本すぎもと一郎いちろう82歳。犯行時刻は夜中の1時過ぎ、壁と床に血痕が残ってますが、おそらく被害者のものかと」

あらそった形跡もあるし、被害者と鉢合わせたんでしょうね。ご老人が回復したら病院に行ってきます」



 僕はため息をついて現場を見渡す。

 防犯カメラはなく、レジに触った形跡はない。お金も無事だ。靴屋内は売り物の靴と、先輩が離れない看板フクロウのみ。鳥籠は開いていた。

 残っている証拠は下足跡ゲソコンと血痕。


 僕が仕事をしていても、鑑識官の情報共有も現場も眼中になし。鳥籠に入ったフクロウをずっと、可愛い可愛いと眺め続けていた。


「ちょっと先輩、仕事してください」


 鑑識官の嫌悪感のある視線を感じ、耐えかねた僕が先輩に注意をした。だが、先輩は「お前だけでいいじゃん」と聞く耳を持たない。

「被害者は靴屋の主人の82歳男性。犯行時刻は夜中の1時過ぎ。血痕が……」

「いいっていいって、そんなの。お前がちゃんとしてればそれでいいだろ。 俺はポッポちゃん可愛がるので忙しいの」

「……そのフクロウは『八兵衛はちべえ』って名前ですよ」

「そっか〜! 八兵衛っていうのかぁ! いい名前だねぇポッポちゃん!」


 ──ダメだ。聞きやしない。


 先輩の動物好きに悩まされるのもウンザリだ。証拠品を集め、一度警察署に戻る。

 先輩をフクロウから引き剥がし、引きずるように車に乗せた。


 ***


 指紋は無し。

 血痕は被害者のもののみ。

 警察のデータベースに一致する人物は無し。

 目撃情報も無く、捜査は難航中。


 四日も経ってこの程度か。

 僕はまだ白いホワイトボードを眺めてそう思った。中身のない会議は周辺の警戒と、迅速な捜査を言いつけられて終了。

 僕はため息をついて自席に戻った。隣の机では先輩が鳥籠のフクロウを眺めてニコニコしている。


 ────フクロウ?



「先輩それ持ってきちゃったんですか!?」



 先輩はフクロウの羽を指先でなぞる。フクロウは嫌がって羽を広げて威嚇する。先輩はそれにもデレデレとしていた。

 僕の話なんて聞いちゃいない。


「先輩! フクロウ持ってきたんですか!?」

「ん〜? 可愛いだろぉ? 被害者の家族がまだ引き取れねぇっつーから一人だと可哀想でなぁ。証拠品としてな?」

「な? じゃないですよ! 何考えてるんですか!」


 先輩は魚肉ソーセージを鳥籠に入れた。フクロウがそれを足蹴にすると「つれないなぁ」と笑う。

「ポッポちゃ〜ん」

「八兵衛ですよ」

「何言ってんだ。昔っから鳥はポッポちゃん、犬はポチ、猫はチャゴスって決まってんだよ」


 ──あ、タマじゃないんだ。


 先輩と話すと異様に消耗する。僕はコーヒーを飲んで事件の整理に取り掛かった。

 先輩は度を超えた動物好きだ。署内では動物のついたポスターが無いくらい──ポスターの動物を眺めて一日そこに張りついてしまうから──動物が好きだ。

 それが仕事をしなくなるくらいだとは思っていなかったが。どうしてこれが先輩なのかと、不運な己が身を嘆いた。

近藤こんどう、ちょっとネズミ買ってこい」

「はぁっ!? 先輩が買ってきてくださいよ! てか売ってるんですか!?」

「フクロウをペットとして売ってんだ。エサのネズミも売ってるよ。いいからさっさと買ってこい。先輩命令だ」

「こんな時だけ先輩面しやがって!」


 先輩はキリリとした顔で僕に命令するが、「はい、買ってきます」なんて言うわけがない。どうして言うことを聞くと思っているのか。


「八兵衛のエサよりも仕事してください。資料は置いときましたよ」

「腹が減ったら辛いだろ!? それはポッポちゃんも同じなんだぞ! 人も動物も腹は減るし眠くもなる!

 ポッポちゃんが空腹になってるんだから早くエサをやらないと…… 」

「ポッポポッポうるさい! 仕事しろ!」

「だって、めんどっちいじゃんかぁ」

 フクロウの写真を撮りながら、先輩はぶつくさと愚痴を言った。

「指紋もなく髪の毛も無い、ほとんど証拠がねぇ。目撃者もいねぇし、レジの金は無事だったんだろ?なら泥棒ではないだろうし、身内は全員シロだ」


 先輩は大きく伸びをして、フクロウにまた魚肉ソーセージをあげた。だがフクロウが踏み潰す前に先輩は手に持ったそれを引っ込め、青白い顔で鳥籠を開けた。



「ポッポちゃんどうした! 血がついてるぞ!」



 嫌がるフクロウを押さえて先輩はフクロウの口元をまさぐった。だが、すぐに首を傾げて「おかしい」と呟いた。



「血がついてんのに傷が見当たらねぇ……」



 ──傷が……?

 僕はハッとして先輩からフクロウを取り上げると、鳥籠に戻して科捜研に駆け込んだ。後ろから先輩がフクロウを名を叫ぶ。

 だが八兵衛フクロウは無反応で、むしろ解放されて安心したようだった。


 ***


 科捜研ではちょうど休憩していたらしく、コーヒーと小袋の菓子が机に転がっていた。


「すみません! このフクロウの嘴、DNA鑑定してくれませんか!?」


 怪訝な顔をされた。だが嘴を綿棒で擦ると、血が綿棒に移った。科捜研にフクロウを預け、他に付着物がないか探してもらった。


 結果は思っていたより早かった。

 血痕は被害者のDNAとは一致せず。足の爪から衣服の繊維が発見。これも被害者の衣服とは一致しなかった。


「これで事件が進展しそうですね」


 科捜研の人も喜んでいた。

 フクロウの頭を優しく撫でてやると、フクロウは嬉しそうに目を細めた。


 ***


 捕まったのは不動産勤務の男だった。

 取り調べ室で見た男は肩をすくめ、額に包帯を巻いていた。

 僕と先輩が聞き出すと、男はぽつりぽつりと白状した。


「邪魔だったんです。土地を譲ってくれと、何度も頼んだんですけど、断られ続けて……」


 男は夜中に店を荒らしに行ったらしい。そうすれば、店を畳むしかないと考えて。

 だが、いきなりフクロウに額を抉られて被害者に見つかり、揉み合いになって、突き飛ばしたら頭を怪我をさせたという。

 動かなくなって死んだと思い、そのまま逃げてしまったそうだ。

「何度も説明したんです! 近々大規模な土地開発があるから、立ち退いてくれって! 土地代だって見積もりの倍額出すって言ったんですよ! それでもあのジジイが動かないから!俺、焦ってて……」


「だからって、やっていいのか?」


 先輩が男を制した。手を組んで睨むように男を見据える。

「だからって店荒らしていいのか?人を傷つけていいのか?仮にお前が土地を手に入れられたとして、お前は嬉しいだろうが、あの老人は悲しむんじゃないか?行く所もなくなって仕事場も失うんだぞ」

 先輩は淡々と語り、男はそれを黙って聞いた。

 僕も先輩の真面目な姿勢に背筋が伸びた。

「自分があの老人の立場だったならどうだろう。老人にどんな理由があるだろう。それも考えずに己が意見を押し通すのは、人としてどうだろうか。出来ないから無理やり成し遂げようとするのは子どものすることだぞ」

「刑事さん……」

 男は鼻をすすり、涙を机に零した。

 先輩は男の肩を叩き、「何度でもやり直せる」と声をかけた。

 記録を残している別の先輩も涙目になっていた。しかし、僕だけが涙を流さなかった。



 ──先輩、何もしてねぇじゃん。



 ***


 事件が解決し、フクロウも無事に被害者の元へと帰って行った。

 先輩が名残惜しそうにフクロウを見送ったが、僕はフクロウの疲れきった瞳を忘れない。動物の感情があまり分からない僕でも先輩が嫌いだったのは理解出来た。

 署に戻る道すがら、僕は次の事件の情報を確認する。先輩が珍しく僕の方を見た。

 僕は先輩にあまり見つめられた事がなく、たじろぐことしか出来なかった。

 しかし、先輩は頬を緩め、僕の横を指さした。


「ねぇあれ野良猫かな? 可愛いよなぁ」

「へっ? えっ、猫……?」

「こんなキレイな三毛猫は初めて見たなぁ。おいで〜チャゴス」

「チャゴッ………先輩! 置いていきますよ!」


 先輩は三毛猫を追いかけてどこかへ行ってしまった。僕は呆れて、先輩を置いて帰った。

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