第3話 はい、チーズ 4
4
「一枚どうですか?」
赤沼稜太は疲れた笑顔を貼りつかせて、今日何度目かの声かけを行った。
遊園地のスタッフジャンパーを着て、手にはカメラがある。
アルバイトだった。時給は九八〇円で週六日の八時間勤務。
メリーゴーラウンドのそばで、お客さんと遊園地のマスコットキャラクターの写真を撮り、法外な値段で売りつけるバイトだ。
働いてみてわかったのは、それでも記念に買っていく人がいて、だからこそビジネスとして成立しているのだなということだった。
ノルマがあったわけではないが、人が度々に様々な笑顔を見せるのがおもしろくなり、天文写真専門だった赤沼は真面目に声かけを行っていた。
時刻は夕暮れ。今日の仕事もそろそろ終わりだ。よく晴れた日だった。いま辺りはカラメル色に染まっている。赤沼はこの時間帯の遊園地が一番好きだった。はっきりとは憶えていないが小さなころ両親に連れてこられたような気さえ、する。
近くで小さな女の子をつれた若い母親が、メリーゴーラウンドに向け手を振っている。
きっとこの親子が最後の客になるだろう。
さきほど男の子とその父親がメリーゴーラウンドに乗った。それを見送っていた小さな女の子と母親に、赤沼は声をかけた。
「一枚どうですか?」
女の子は母親の足に隠れ、はにかんでいる。
赤沼はしゃがみ、女の子に目線をあわせて微笑む。
「大丈夫だよ。彼はやさしいからね」
そう、マスコットキャラを親指で示す。
マスコットキャラは華麗にターンすると、決めポーズをとる。
ふふ、と笑った母親が言う。
「じゃあお願いします」
ありがとうございます、と立ち位置を指示してから三脚まで移動して、カメラを設置する。
四角いファインダーを覗いて、震えが走る。
(そうか、だから――)
カラメル色がいっそう濃く染まり、そのなかで鮮やかに光を散らして回転するメリーゴーラウンド。
マスコットキャラは母親と女の子の肩に手を置いて、不敵な笑みをカメラに向けている。
まだ少しはにかんでいる女の子は母親の足の後ろにいて、どこを見ていいのか迷っている。そんな彼女に母親が二言三言告げる。
すると、花が咲いたように女の子は笑うのだった――。
眩しく輝く世界に、赤沼は泣きそうになりながら手をふりあげカウントを始める。
「では、撮りまーす! 三、二、一」
はい、チーズ。
了
星のトリロジー 川口健伍 @KA3UKA
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