第3話 はい、チーズ 3



「やあやあ、ちょうどよかったですよ。何度もお手紙さしあげたんですが、読んでくださったんですね、ありがとうございます」

 田舎の役場の職員のような気さくさで、遊園地のマスコットキャラクターが、つまり異種知性体のエージェントが声をかけてくる。ポケットからハンカチを出して顔の汗でもぬぐいそうな勢いだった。

 異種知性体の外交機関――巨大な立方体のなかは外見からは信じられない明るさだった。真っ白な光に満ちた廊下を、エージェントについて赤沼は歩いていく。

 どうにか外交機関のなかに入ることができた――赤沼はエージェントの言葉に応えない。

 黙っている。

 もしかして腹のうちに抱えている目的に気がつかれたのだろうか。

 しかしそれにしては拘束される様子もない。視界の範囲で見えるのは、このエージェントだけだ。

 エージェントが赤沼の返事がないことを受け、不思議そうにふりかえる。ピエロメイクはこの明るさのなかだとよけいに滑稽に見えた。

 どう答えるか少し悩み、しかし無闇に話を合わせるとすぐにぼろが出そうだった。だから素直に訊くことにした。

「手紙?」

 エージェントは目を見開き、言った。

「――や、そうでしたか。では今回は別のご用件でしたか。いえね、本来であれば我々のほうが足を運ぶべきなのですが、なにぶんほら我々、フィジカルな身体がありませんもので」

 エージェントのこの姿も、代替現実オルタナだという。

 きっとそうなのだろう、赤沼に驚きはなかった。

 なぜ異種知性体の姿がこんなローカルな遊園地のマスコットキャラクターであるのか、その点に疑問は残るが、他人には別の姿で見えているとブルーアースの研修でそう教わっていた。

 見る者がもっとも害意を感じない姿をアバターを選んでいるという。

 この話を聞いたときケアボックスから頭を覗かれているような気分になったものだった。

 ただ、であるならばやはり疑問が残る。なぜ遊園地のマスコットキャラクターなのだろうか。

 どうしたって攻撃のことを、妻と娘を喪ったことを強く意識させるというのに――見たくもなかった。

 だが、それもあと少しの辛抱だ。

「お持たせしました、こちらです」

 いつのまにか目前には扉があり、エージェントがさきに部屋に入る。

 赤沼もなんでもないように扉をくぐり、部屋に入る。

 白い光が部屋にも満ちていて広さがわからず一瞬目がくらむが、すぐに輪郭線が現れて部屋の広さを可視化してくれる。

 部屋の中央にはイスがあった。

 エージェントに促され、赤沼が座るとこれには実体があった。

 すぐに目線の高さに長方形の輪郭線が引かれ――ディスプレイが現れた。

 赤沼の顔が映っている。頬がやつれ、目にだけ異様に力があり、だが、その奥にあるのは――。

「いやあ今日は本当にありがとうございます。実は赤沼さんにお伝えしなければいけないことがありまして。まずこの映像を見ていただきたいんです」

 見下ろすような画角――監視カメラの画質の悪い映像。

 場所は例の遊園地。

 マスコットキャラクターと妻と娘が並んで立っている。

 その向かいでは作業着姿の赤沼がカメラを構えている。

 この映像は、攻撃の瞬間だ。このあと妻と娘は――。

 怒りで視界が赤く染まり、喉の奥から自分の声とは思えない、叫びがあふれだす。

 その一方で赤沼のなかで違和感が広がる。

 そんな、どうして、あれはまるでスタッフジャンパーじゃないか。

 撮影の合図か、カメラを構えている赤沼が手を挙げ、指でカウントダウンを刻んでいき――次の瞬間、画面が乱れ、映像は途切れる。

「赤沼さんの蘇生の際に、我々はあなたの記憶をもとにケアボックスを調整したのですが、最近の調査でどうやら間違いがあることがわかりました」

 申し訳ありません、とエージェントは頭を垂れる。

「この場で、新たに調整させていただきます」

 顔をあげたエージェントがパチリと指を鳴らす。

 赤沼の世界は一瞬で塗り変わった。積み重なっていた思い出が音を立てて崩れた。

「ついでと言ってはあれですが、お腹の中の異物も除去しておきますね――」

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