この街では情報が早い
「おや、集まったかい」
「アルル、今日はなにするの」
「このおねえさんの荷物持ちってところかな。何人かいないね。――アズールは?」
「あっちでヘソを曲げてるよ」
ドワーフの少女が指を差すほう、薄汚れた酒屋の露台に腰かけて頬杖をついている少年がいる。先ほどの帽子の少年だ。ラビと目が合うと、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「あいつの目的はきみだった」
ラビの懐を示してアルルは手刀で切る仕草をする。
「ちょいと衣の仕立てを切って、財布をすろうとしていたのさ」
ラビはぎくりと身を強張らせる。
あわやのところをアルルに救われたわけだ。財布を盗まれるならまだしも、そんなことされたら下着がもろに覗いてしまう。
「未然に防げたわけだから許してやってよ。あたしの顔に免じてさ。新手の魔術師に関しちゃ相変わらず耳が早いよな、あいつは」
怪訝に眉をしかめるラビに、やれやれとアルルは手のひらを振る。
「あたしがなんのために表通りで騒いでいたと思っているんだい」
「アルルさんの小腹を満たすためでは?」
ラビはおでこを小突かれた。
「きみと一緒にいることを暗に触れ回っていたんだ。この街では情報が早い。アズールが既知ということはもう、この界隈にはとっくに伝わっているだろう。――ヒースの小鳥はヘルメス・リドルが預かったとね。それに手を出すと、どうなるか……」
偽悪をもってアルルが笑えば、アズール少年は帽子を押さえながらこっそりと路地裏に逃げるところだった。
「ちょっかいを出してきたのは結局あいつだけか。遠巻きに観察されるだけなら実害はないけどね、ラビ、きみもある程度は用心するように」
改めてラビに念を押すとアルルは周りの子どもたちに向き直り、いくらかの心づけを手渡した。
「またあとで呼ぶからね、それまで解散」
そういってアルルが手のひらを出すと、子どもたちは飛び跳ねながら銘々その手を打ち返して街角に走り去っていった。
裏通りにて両替商も兼ねるという薄暗い質屋を訪ねると、顔色のよくないドワーフの女が店番をしていた。アルルの姿を見たとたん、女主人は顔をしかめて魔除けの仕草をする。
「なんの用だい、アルル」
「こちとら客なんだから愛想くらい浮かべてよ」
「闇市の禁制品なら取り扱わないよ」
アルルに促されてラビが〈がま口〉から黄金を出すと、鼻を鳴らしながらも女主人はその品をつまびらかに鑑定した。
「もぐりの冶金(やきん)じゃないようだね。仕上がりと純度はいい」
「上方(かみかた)銀貨でいくらになるの」
ドワーフの女主人がその額を提示すると、もう一声をまからせたいアルルとの押し問答がはじまった。けれんみとは値切りの掛け合いのことなのだろうか。
「だめだね。これ以上は色をつけられないよ」
「それなら質草をなにか〈おまけ〉してよ」
「いいだろう」
儲け儲けとアルルは手をこすり合わせる。女主人は秤をしまうとじゃらりと上方銀貨を都合して、ラビの〈がま口〉にはちきれんばかりに詰め込んだ。
「このとっぽい娘っこが噂の耳長(みみなが)なのかい。グラミーの盗賊団を手ひどく叩きのめした魔術師には見えないね」
「そう見えないのがいいんだよ」
アルルは店の奥にある木琴を叩いて軽やかの音色を響かせていたが、ばちを放ると壺の下敷きになっていた古本を引き抜いた。格子の窓から差し込む明かりに経年の埃がむっと浮かび上がる。
古本をぱらぱら流し読みするとそれも放り出して、今度は壺の中から猫じゃらしを取り出した。一振りすると掘り出し物でも見つけたかのように、にやりと笑う。
「おもしろい。手土産にこれを貰おう」
「好きにしな」
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