ミナミの下町

 言問い顔のラビがなにかをいう前に、アルルはその手を引いて表通りを曲がった。


 すぐそこに両替商の店がある。軒先の暖簾をくぐり、ドワーフの若檀那(わかだんな)に例の黄金を見立ててもらうと、いまの相場を聞くだけ聞いて金臭い店を出た。吝嗇に費やせばラビならゆうに半年は暮らせる額である。


「両替をしないのですか」

「ここは〈けれんみ〉が足りなくていけない。いつも適正価格だからね」


 ラビは店の暖簾を振り返り、それから怪訝そうにアルルを見やる。


「では、なおさらここで」

「うちは金に困らないだろ。早くおいでよ。迷子になるよ」


 アルルに連れられて日陰の暗い脇道に入る。


 外套を翻して気風よく歩くアルルとすれ違いざま、エルフの少女がやくざの親分にするように頭を下げた。それだけすると一目散に走る。ラビが振り返ると小さい背中はいましも街角を曲がり、表通りの光を浴びるところだった。


 脇道を進むにつれて湿っぽい、ある種の饐えた匂いが強くなる。都大路に抜ける手前の暗がりで、アルルはラビを待ち構えていた。


「ここから先はミナミの裏通り、あまたの文物、慾望、生と死、謎が集まり、この世界の目と耳と声にあふれるところ。――さあ、迷宮の十字路にようこそ」

 

 騒がしい裏通りに踏み入ると、アルルが横合いから尋ねてきた。


「表通りとどう違う?」


 雑多の店構えが軒を連ねる雰囲気は向こうと一緒だが、有体にいえば、こちらは人々の層と活気が違う。強面の素牢人(すろうにん)が多い、装いと背格好が剛健にすぎる一目でそれとわかる旅姿の冒険者たちばかりだが、それにも増して、


「小さい子が多いですね」

「このあたりはミナミの下町だから。決して貧民窟と嘲っちゃいけないよ。誰しも好んで孤児になったり、貧しい暮らしをしたり、蔑んでほしいわけじゃない。押しつけがましい価値観なんてドブにでも捨てちまえってね」


 調子をつけるようにアルルは口笛を吹いた。


「三国一と名高い都の美しいところばかりを見に来たわけじゃないだろ? 探偵なんてものは世の中の仄暗いところを眺めてなんぼの生業でもある。心構えを正すなら、なるたけ早いうちのほうが身のため。――ラビ、きみはどうかな」


 アルルが微笑むと、ラビは目をしばたいた。


「初めて名で呼んでくれましたね」

「この迷宮の裾を踏んだからにはね、きみはもう、あたしの道連れよ」

「道連れ……物言いはせめて語路のよいものに」

「道行きの連れ合いには違いないサ。――死なば諸共!」

「駆け落ちの一幕でもないような……」


 古典を引き合いに出せば、アルルは円舞曲を口笛にラビの手を取ってくるりと道中を踊り出す。アルル即興の男役は板につきすぎだ。好きなように振り回されてしまった。


 アルルの舞が終わると、いつの間にか数人の子どもたちに囲まれていた。

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