旧市街の表通り

「呪いの力はひどく燃費が悪いんだ。あれを使うと魔力をごっそり持っていかれるから、兄さまはとびきり居眠りがちでね。睡魔はもう心の友なんだとか」


 魔力が減ると疲労を覚える。

 体力と同様、それが底を突きかければ憩いの休息を取らないと身が持たない。おおよその場合、眠くなるか腹が減るかだが、これも人それぞれである。中には人肌が恋しくなる術者もいる。


「魔力が切れたら、あたしは腹が鳴るクチだな。きみは?」

「わたしはその、いろいろ、一緒くたに……」


 もにょもにょと言葉を濁す、ラビはそのすべてが現れるたちである。魔力が切れると妙に色っぽくなると学生時代はよくからかわれてきた。それがいつも恥ずかしくてラビは穴があったら入りたくなる。


 根がすなおだと身が憩いたがる慾求もまっすぐ。


 魔術の畑にはこういう通説もあるくらいだが、この手の体質はことのほか厄介であり、たとえ無意識の所作であっても――宿舎や学校など閉鎖された空間である場合は特に――誰某に色目を使ったとかいう紛争の種になりがちだ。


「それはそれで見てみたい気もする」


 館の門前、庭木の小径で立ち止まり、アルルはあごに手を添えてラビの姿をしげしげと眺め回した。


「これは魔術師としてイの一番の基本だけどさ、体力に自信があっても魔力はできる限り温存するようにね。ミナミの迷宮は閉ざされているところもあるから、そこで惚れた腫れたをやられても、めんどうごとが増えるだけよ。仕事の依頼主と一緒にもぐることもあるからさ。こじれると大変だよ。後腐れも悪いし」


 ラビはこっくりとする。


「やけにしおらしいな。その様子だときみ、過去に何度かやらかしてきたね」

「……はい」


 うなだれるようにうなずく。

 そのつもりがないのに、というのは本当に厄介である。これも〈安定〉の星のなせる業なのかもしれないが、そこは別に〈安定〉しなくてもいい。


「それを逆手にとって女の武器とする手もあるぞ」

「うーん、遠慮しておきたい」


 くつくつ笑い、アルルは頭の後ろに手を組んで歩く。


 ミナミの街は迷宮の上に建つ都市だ。地下にもぐる迷宮の竪坑に近い都心ほど古い街並みが佇む、そこはラビにとって初めて訪れるところばかり、目まぐるしい往来の人いきれに賑わう旧市街の表通りは露天商が集い、よそ見に忙しいラビは人にぶつからないよう気をつけるので精いっぱいだ。

 ふうわりと漂う香りも感じたことのない匂いばかり、たとえ匂いに色がついているならこの街は総天然色に見えることだろう。


 西に内海航路、東は大陸陸路が続き、商港湾部を抱くヒトとモノの玄関口でもあるミナミは多文化のまじわる土地柄のため異邦の彩りは折々に強く、そこに住む人々も生粋の種族が主というよりかは混血が多い。その価値観はまさに多様、自由、混沌としてたちどころに落ち着くことは少なかった。


 アルルは顔見知りの商人(あきんど)たちをひやかして回り、総菜の出店を構える主を前にして、あれがうまい、これがまずい、と忌憚なく市井の御意見を述べては目当てのものをてんで気ままにつまみ食いだ。


 つられてラビにも香ばしい〈おこぼれ〉が回ってくる。

 うまうまと舌鼓を打つアルルを眺める店の主たちも、その頬を落とす様子にはまんざらでもないようだった。


「ところでアルル、そっちの村娘は誰だい」

「この子はうちの新人だよ」

「そりゃあ気の毒に。あんたも大変だね」

「どういう意味だよ」


 ひとしきり露天商たちと騒ぐと、アルルはぐいとラビの身体を引き寄せた。目を白黒とさせラビは面食らうが、アルルは小悪魔めいた笑みを浮かべていた。


「うふふ」


 背後を振り向けば、帽子を目深にかぶった少年がいささか表情を曇らせている。なおも笑顔のアルルが気さくに片目をつむってみせると、エルフの少年はそそくさと立ち去っていった。

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