他人を呪わば
朝寝坊のアルルがせっかちに朝飯の用意をするさなか、ぬるめの茶をすすり、あくびを殺す探偵の目にはクマができている。
「飯の支度はできる限り当番制だから……ちなみに料理は」
「人並み程度には」
「そう」
アルルは思いのほか料理が上手だった。その味にラビが目を丸くしていると、これも花嫁修業の一環なのだ、と本人は鼻高々である。
食後にリドルが吹かす煙草の煙を見て、ラビは尋ねた。昨夜、探偵が煙草の煙にかけた不思議の魔術のことを。
「あれは……この世の真実そのもの、あるいは、ぼくの呪いそのものだ」
探偵はたゆたう煙を見つめながら答えた。
「あの煙には、ぼくの呪いを解く魔術がかけられているんだ。あるひとつの謎に対して、その〈真実〉をぼくが当てることができれば、無事に呪いが解けるわけだけど、その謎に対する〈答え合わせ〉をするのが、あの煙の役目というわけ。――青く煙の色が変われば正解。ハズレの場合は色が変わらない」
「でもそれって、定数に対して消去法をしていけば……」
「そう、いつか謎は解ける。背理によって。
たとえば……殺人の容疑者はふたり、そのどちらかが殺人を犯した場合、なにも事件の情報がなくたって、一度、ぼくが煙草を吹かせば犯人がわかる。その場合、容疑者の数がものすごく多くても根気よく続ければ犯人はわかる」
探偵は舌を鳴らした。
「だから、そういうズルはできないように、ぼくの呪いはできているんだ。こちらが謎の〈答え〉を用意するだけでは呪いは解けてくれない。
――その〈答え〉に思い至った理由、どうしてその結論に辿り着いたのか、その答えに付随する〈理由ないし証明〉をこちらが用意できていなければ、あの煙はなにも答えてはくれない。
しかも、ひとつの謎に対して、ぼくがあの煙に答えられるのは一度きり。ただの一度でもハズレを引いてしまうと、その謎を煮ようと焼こうと呪いは解けない」
探偵は煙草を口からはずすと溜息を落とした。
「どう考えても嫌がらせだよ」
「謎に対して、リドルさんは公正に取りかからないと呪いは解けないというわけですね。間違いは許してくれない」
「そういうこと」
「謎が解けなくて呪いが強まることは」
「いまのところそれはない。もっともひどくて文字が読めなくなるだけで」
「その状態で紋章の式は」
「描ける。扱い慣れているものならね。頭の中での暗算みたいなものだから」
ラビは唸る。
「これは……かなり高等の呪術ですね。物事を縛りつける条件が多い。あざなえる魔力の縄で〈相手の魂〉と〈術者の魂〉を括りつけ、その意に従える、この手の他者を強制する呪いは見返りが大きいですが、それ相応の代償が術者にも必要のはずです」
「他人を呪わば穴ふたつ」
探偵はうなずいた。
「向こうもぼくと同じ呪いにかかっている。ともとするとあっちのほうが呪いは強いかもしれない。けれども向こうは、とんと〈見えて〉いないから」
「すると盲目?」
「そうじゃない。きちんと晴眼だけど、文字は読まない、読む必要もない。この世の書物よりも首ったけのモノがある……」
探偵は頭をかきむしり、煙草を灰皿にぎりぎりと押し潰した。
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